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思い出は美しい

という言葉をどこかで聞いたことがあります。
昔のことほど綺麗に感じられるといいますか。
今日はその言葉と未来悟飯について考えてみました。
完全妄想の域のお話です。



『絶望への反抗』を見ていて、未来悟飯はそんな面があるのではないかと思えてきます。
未来悟飯は悟空だけでなく、ピッコロもベジータもクリリンも、他の仲間も皆子供の頃に殺されていますよね。
悟空と精神と時の部屋に入って修行もしていないので、彼らとの思い出も現代悟飯と比べると少ないでしょう。
……だからその分、数少ない思い出もいくらか美化されているんじゃないかと感じられるわけです。

何故こんなことを考えたのかといいますと、トランクスが悟飯にベジータのことを聞く場面があるじゃないですか。
あのとき悟飯はトランクスにベジータのことを、

「気難しいけど、強くてとてもプライドの高い人だった」(若干うろ覚え)

と教えていました。
……う~ん、決して間違ってはいないのですが、未来悟飯はそれほどベジータと関わったようには見えないのですよね。過ごした時間のことを抜きにしても。
もちろん描かれていないところであったのかもしれませんが、一番ベジータと関わったはずのブルマでさえ、別次元のベジータがトランクスをセルに殺されて怒ったことを驚いていました。未来悟飯がそのブルマ以上にベジータを理解していたとは考えられないのですよね。
ただ、上の台詞は少し曖昧にも感じるので、トランクスを傷つけないよう言葉を選んで言ったのかもしれませんが、そうでなかった場合、未来悟飯の中でベジータは些か美化されている可能性が出てきます。

ベジータがそれほど美化されているなら、悟空やピッコロなんて最早神格化されているのでは?
そんな彼らの代わりに地球を人造人間から守るという使命の元、未来悟飯は戦っているわけで、未来悟飯に感じる、あのどこか張り詰めたような雰囲気は、その美しい思い出に生きる皆の存在があるためなのかもしれません。
思い出は美しい。けれど時として残酷……というところでしょうか。



……まあ、これ全部私の妄想なのですが。
細かい感想のときにもう少し細かく書きたいな。

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2006年5月16日開設

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