スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

Sir Kay~Brother Of King~外伝 <2>

2回に分けて更新したオリジナル小説中編の<2>を1つにまとめました。
来週にはサイトの方にアップさせます。
本当は土曜日にやろうかと思ったのですが、うっかり忘れていました(苦笑)。

さて、そろそろ次回に取りかからないとな。
ぎりぎり間に合うくらいになるかもしれない……。
早く本編も再開したいのに(-_-;)。



   外伝「ルグス遠征」<2>



 太古の昔。『聖杯』より潤う水と、ダーナ神族のルーが流した涙からひとつなって生まれたのが今で言う海だ。その海には、神々の戦でバラバラになった大地でそれぞれ独自の文化を築いた国と国を繋ぐ道が存在している。
 それが『パス(小径)』と呼ばれる道だ。
 解明されていないが、このパス(小径)の中は現実から離れた異空間になっており、通常の船では入ることさえ出来ない。通過が可能なのは、方舟(アーク)と呼ばれる特殊な船のみである。
 方舟(アーク)もまた太古の神の遺産ではないかといわれているが、その詳細は不明。分かっているのは、この世界で人類が現れた頃から存在し、他国への唯一の移動手段として一度も止まることなく稼働し続けている、というだけだ。
 異空間だけあって、パス(小径)の中は普通では経験の出来ない景色が広がっている。人の言葉では表現しきれない、神秘に満ちた景色が。初めてその景色を見た者は、誰もが目を奪われ言葉を失うという。

 しかし、何事にも例外はいる。

 方舟(アーク)の手摺りに体をもたれかけ、腕組みをしながらケイは甲板にいた。目線は広がる美しい景色へと注がれているものの、思考が別の方向へ向いているために全く頭には入っていない。この方舟(アーク)はログレスによって貸し切られており、他の先客はいないが、もし乗っていたら自分の不機嫌なオーラを不審がる者もいただろう。だがどうせいないのだから、わざわざ隠す気にもなれなかった。
「機嫌が良くないな」
 左から聞こえてきた声と近付く気配に応える気も起きない。声で誰かは分かっていたし、正直今は相手にしたくなかった。間接的に自分が不機嫌な理由に関わっているからである。
 それでも前方に立たれては流石に視線を落とさざるを得なかったが。
「方舟(アーク)に初めて乗ってそんな顔をする者はいない」
 顔を前方に向ければそこにはベディヴィアがいつもの無表情で立っていた。長身のために目を合わせるのもひと苦労だ。
 大きなお世話だという感情を舌打ちで表現する。普通に乗っていたならば、普段どのような景色を見てもそれほど何も感じない自分でもこの異空間の神秘さには溜め息をもらしていたかもしれない。だが、今のケイにはそんな美しい景色を楽しめる余裕すら持っていないのだ。
 そもそもそんなことを言いに来たわけではないだろうに。
「文句ならここにいない奴に言えよ」
「別に文句ではない」
 じゃあ何なんだ。そう言いたい気持ちを無理に抑えつける。今この男に苛立ちをぶつけたところで単なる八つ当たりになってしまう。間接的に関わっているとはいえ、自分が腹を立てているのは彼ではないのだから。
 顔を横に背け、ケイは昨日の出来事を思い出す。

 何故自分がこうも不機嫌でいるのか。
 それは全てここにいない、ベディヴィアの兄のせいだ。

 ルグスへの遠征が決まったことで、ログレスの中心地『キャメロット』は準備で一気に慌ただしくなった。特に今回はアーサー及び円卓の騎士が揃って国を出ることから、彼らがいない間、城の管理をどうするかなども決めなくてはならず、それも含めて三日という期限内で済ませるのはかなり肩の折れる作業であった。
 初めての他国遠征であることから、ケイは柄にもなく少々緊張していた。他国でこちらの欠点を見せてしまえばそれが後にルグス以外の国にも伝わる切っ掛けになる可能性もある。常よりも慎重に行動を起こさなければならないだろう。
 しかし、遠征を明日に控えた夜。ケイはそんな緊張も一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの事実をルーカンから聞かされることとなる。
『行かない!?』
『ああ、私は今回の遠征には参加しないよ』
 何でも他にしなければならないことがあるからだとか。アーサーの許可はもうもらっているらしいが、自分は聞いていなかった。
 円卓の騎士の中では、これまで他国へは外交担当だったルーカンと護衛として付いていったベディヴィアしか行ったことがない。だからてっきり彼らは来るものだと思っていたし、交渉の点では安心していたのだ。それを。
『こういう交渉事に一番手慣れているのはお前じゃねえか。それに今回のルグスにはお前一辺行っているだろ』
『だから行かないのだよ。交渉が決裂することは分かりきっているからね。皇帝は魔女に操られているだろうから』
 さも当たり前のようにそう告げられ、ケイは目を見開く。
 自分達がルグスへ行くのは、表向きは再び自国寄りの同盟を結べと文書を叩きつけてきた(ようにケイは感じている)ルキウス皇帝と話し合うため。実際は皇帝が魔女に操られているというもうひとつの文書が真実であるかを知るためだ。
 皇帝の傍には彼から寵愛を受けているひとりの男がいる。その男は魔女である可能性があり、皇帝は男に操られていると、ルグスの騎士の中にはそう思っている者がいるらしい。彼らの推測が当たっているのかをこの目で確かめるために今回の遠征は決定されたのだ。それが交渉は決裂することも皇帝が魔女に操られていることも分かりきっている、とこの男は言う。
『お前……それが分かっていて何で今回の遠征に賛成したんだ?』
『何故って絶好のチャンスだからだろう』
 一体何がチャンスだというのだ。この男の言うことはいちいち遠回しで苛立つ。
 さっさと説明しろと睨み付けることで伝える。ルーカンは苦笑を浮かべて続けた。

 皇帝を魔女から無事に救い出し、ルグスに平和を取り戻す助力が出来れば必然的にログレスは彼らに貸しを作ることになる。ルグスは騎士の国だ。恩義のある者を無下にすることは出来ない。
 そもそも彼らがこれまでルグス寄りの同盟を強制出来たのは、飢饉に陥ったログレスに物資の補給などの支援をすることでこちらに借りを作らせていたからだ。だが彼らを救うことでその借りも返すことになる。これでルグスと我が国は同等の関係に戻れる、という。そのチャンスを掴むことが今回の遠征最大の目的なのだ、と。

 ケイはあまりに予想外のシナリオに言葉を失ってしまう。皇帝と話し合う、という表向き理由の裏に魔女の存在を調査する目的があるのは分かっていた。しかしその裏には更に裏があったというのか。
 そこでひとつの疑問が生じる。遠征を決めたのは他でもないアーサーなのだ。ならば、今のシナリオを考えたのも彼だというのか。あのアーサーがこのような、ある意味打算的な考えを持ったなど想像出来ない。
『……それはアーサーも同じ考えなのか?』
『いや、違うよ』
 ルーカンにあっさりと否定されたことに思わず安堵するも、思考はすぐに別のものへと切り替わる。では、今のシナリオを考えたのは一体?
『分かるだろう。アーサー達にはこんな打算的な考え方は受け入れられないことを。でもきっと私の言った通りになるよ。彼らは何の損得なく人助けをするだろうからね』
 彼ら、というのはアーサーの他にランスロットやガウェインが混ざっているのだろう。つまり、先程のシナリオはあくまでこの男の頭の中にあるだけということか。アーサー達の行動も全て計算した上での。その中にはきっと自分も含まれているのだろう。
 何だか段々と腹が立ってきた。
『だったら尚更お前が行けよ。その予想通りの結末を自分の目で確かめたらどうだ』
『だから他にしなければならないことがあると言っただろう。代わりに君が見てきてくれればいいよ』
 ケイは理解に苦しむ。自分で描いたシナリオ通りに事が進むのをその目で見るよりも優先しなければならないことがこの男にあるのか。
『そのしなければならないことってのは何なんだ? 場合によっては俺が代わってもいいぜ。今回の遠征には一番必要ねえのは俺だろ』
『それは駄目だ。アーサーは今回の遠征で初めてログレスから出る。不慣れな土地では普段の力が発揮出来ない可能性も出てくる。そのために君はアーサーの傍についていた方がいい』
『ランスロットやガウェインが一緒なんだ。別に俺がいようといまいと関係ねえと思うけど』
 これは事実だとケイは思う。宰相という立場上アーサーと共に行くことを選んだが、自分の性格は交渉には向かない。むしろ邪魔になる可能性もあるくらいだ。そんな自分が行くよりも人当たりが良く、交渉術に長けたこの男が行く方がアーサーの、ひいてはログレスのためになるに決まっている。誰だってそう思う筈ではないか。
『いや、君は必要だよ。絶対に、ね』
 返ってきたのは思いの外、鋭い声だった。同じくらい強い眼差しにケイはややたじろぐ。
 だからそれが何故なのかと問うが、男は何も答えない。この話題にはこれ以上触れるなということか。
 これ以上は問いただすことが出来ないとケイは察した。普段こちらから口を塞いでしまいたくなるほど饒舌なこの男が自ら話題を終わらせようとするときはよっぽどのことである。こうなっては詰め寄ったところで決して答えはしない。饒舌であると同時に言うべきではないと判断したことにはすこぶる口の堅い男でもあるのだ。
 ケイは仕方がないので話題を戻すことにする。もうひとつ、この男の話には腑に落ちない点があった。
『……何かお前の掌で泳がされている気がするんだけど』
 認めたくないが、この男の描いたシナリオ通りにいくことが一番ログレスのためになるだろう。皇帝が魔女に操られているならば、アーサー達は無償で救おうとするだろうし、騎士の国であるルグスは必ずログレスへ恩義に報いる。全ては上手くいくのだと分かっているのだ。
 だが、それが全てこの男の弄する策略の内だと思うと、素直には納得したくなくなってしまう。
 更に気のせいだろう、と涼しい表情で返してくるのが余計に苛立ちを募らせる。それに他にも問題がないわけではない。
『仮にお前の言うとおりになったとして、これまでの事を考えたら元の鞘に納まるなんてことが簡単に出来るのか? 俺達は納得出来ても民はどう思うか』
『確かに多少の混乱はあるかもしれないな。だけど君が想像しているほどにはならないと思うよ。また戦が起こるのを回避できて、更にどちらが上か下かになるわけではないのだからね』
 それはそうだろうが、果たしてそう上手くいくだろうか。民が知ることが出来るのはあくまで表向きの情報だけで、政治の複雑な事情など知るところではない。詳細を知らぬ彼らが自分達と同じように考えられるだろうか。
 こちらの不安が拭えないのに気付いたのか、ルーカンは笑って言った。
『国と国の繋がりで大事なのは、どちらが上か下かを競い合うかではない。如何に同等な関係を保つことだと私は思うよ。それを納得させるのも我々の仕事の内さ』
 口元に浮かべられた笑みが曰くありげに見えるのは、この男に向ける自分の感情のせいだけではない。
 ケイはようやく分かった。この男が何故ここに残ることを選んだのかが。
 たとえルグスで上手く事が運んだとしても自国で混乱が生じては元もこうもない。民が何かを言い出す前に手を打っておこうとしているのだろう。今回はその長けた交渉術をルグスの皇帝ではなく、自国の民に発揮されるということか。結局こちらが何を不安に感じたとしても問題はないのだ。この男は全てを享受しているのだから。
 やはり、自分達はこの男に転がされている。やや忘れていた苛立ちが腹の中で沸々と湧き上がっていく。

 しかし最も腹立たしいのは、それを受諾せざるを得ないということだ。

 苛立ちのまま怒鳴りつけたところで体力を消耗させるだけと覚ったケイは無言のまま背を向ける。これ以上この男の笑みを見てはいられなかった。
 足音も高く扉の前へ行くと勢いよく開く。そこで後ろから声がかかった。
『そうそう、もうひとつ面白い話があるんだけれど……』
『知るか! 弟にでも言っておけ!』
 振り向きもせずにただそう叫んだ。僅かな間の後。じゃあそうするよ、と返事が耳に入ったと同時に部屋を出る。
 そのままルーカンとは城を出るまで会うことはなかった。

 時間が経ち、苛立ちはある程度治まったものの、やはり納得のいかない気持ちは今も心に燻っている。それが表情や態度に出てしまうことがあったようで、アーサーが時折心配そうな視線を投げかけてくることもあった。
付き合いの浅い者には気付いていない。元々それほど人当たりの良い方ではないのが今回ばかりは幸いとなったようだ。尤もこれを幸いと呼んでいいのか微妙なところだが。
「もうすぐルグスに着く。それまでにその仏頂面を直しておけ」
 歯に衣着せぬ物言いで指摘するとベディヴィアは元来た道を戻っていった。船内へと消えてゆく背を横目で見送り、舌打ちをしてケイは再び空を仰ぐ。
 ベディヴィアの言うとおり、もうすぐルグスだ。いつまでも子供みたいに憮然としている場合ではない。初めての他国は何が起こるか全くの未知数なのだ。気を引き締めて行かなくては。それは重々承知している。
 だが、ケイにはルーカンにも言わなかったが、もうひとつ不安なことがあった。魔女の存在である。もしも皇帝の傍にいる男が魔女であることが真実ならば、これほど厄介なことはない。
 ケイは一年前から魔女という存在へ必要以上に敵意を持つようになった。あの……『モルガン』という魔女に出会ってから。
 警戒する理由はその類い希なる魔力だけではない。彼女のあの人を食ったような性格も含まれている。魔女と呼ばれる者が皆彼女のようであるとしたら、正直好きになれない人種だ。ただでさえ他国での揉め事だというのに何故その背後に魔女がいる可能性があるのだろう。ログレスは魔女に呪いでもかけられているのではないか。そんなことまで考えてしまう。
 皇帝が魔女に操られているのが嘘の情報であったらいいのに。そう願う反面、それは有り得ないだろうなとも思っている自分がいる。
 徐々に近付くルグスへの道が、まるで地獄への入り口のようにさえケイには感じられてならなかった。



 ルグス帝国は、世界でも有数の軍事国家である。
 天然の大地を所有するという点ではログレスと同等だが、ログレスには機械を阻む結界が施されており、国内でも使用することは出来ない。故に昔から自然崇拝を行っている国でもある。
 対してルグスはログレスのように機械を阻む結界は存在しないため、機械の使用は可能だ。自然に及ぼすダメージをなるべく抑えたいという理由から最小限に留めているらしいが、それでも機械を見ること自体が珍しいログレスの者達にとって、ルグスは驚きに満ちた国であった。
 方舟(アーク)から降りてまず最初に目に入ったのが、馬もなく荷台だけで走っている奇妙な乗り物。ベディヴィアによると『車』というもので、蒸気を原動力として稼働しているのだそうだ。仕組みを聞いたところで今イチ理解出来なかったが。
 次にログレスの騎士達を戸惑わせたのは、ルグスの中心地であり、ルキウス皇帝の居城である『スタルディ城』へ行くために乗った『蒸気機関車』だ。これもまた蒸気を利用して動いてるとのことだが、数十人もの人間を一気に移動させる乗り物など方舟(アーク)のような古代の遺産以外で一体どうすれば作れるのだろう。これが『科学』というものの力となのか。
 以前にルーカンから話に聞いてはいたが、あまりにも想像の範囲を超えている光景にケイは面食らってしまった。恐らく他の騎士達も同じ気持ちだっただろう。だが、ケイは驚きと同時に若干の嫌悪感も持った。
 理由は空気の悪さだ。車や機関車から吐き出される蒸気のせいだろうか、この国はログレスと比べて随分と空気が汚れている。そのためかは分からないが、方舟(アーク)を降りてから気分が悪い。出来ることなら、早くこの国から出たいとさえ思うぐらいだ。
 しかしこれも機械が原因なら、ルグス以上に機械の多い他の国の人間はどうやって生活しているのか疑問を感じずにはいられなくなる。それともこのように感じるのは、ログレス育ちであるからなのか。
 方舟(アーク)での苛立ちも相俟って気分は悪くなる一方だ。とはいっても、これから皇帝とその傍らにいる筈の魔女と対面するという時にそのようなことを考えている場合ではない。
 ケイは機関車の中で奇妙な揺れに悪戦苦闘しながら、無理矢理気持ちを切り替えることにした。

 機関車は無事スタルディ城へとログレスの騎士達を送り届けてくれた。
 降りて目に飛び込んでくる、よく言えば屈強な、悪く言えば無骨な城の外観。初めて見る他国の城は、優美なログレスのキャメロットとは全く正反対だった。流石は軍事国家というべきか。
 昔語りをすれば、ルグスは建国当初からそのような軍事国家だったわけではない。全ては四百年前。当時のログレス王だったドル・ドナが滅びかけたルグスを救ったことがそもそもの要因である
 四百年前、ルグスは未曾有の危機を迎えていた。『凶王』と呼ばれる男が多くの魔女を従えて国を乗っ取り、他国へも戦を仕掛けようとしたのだ。尤もその戦は実現することはなかったらしい。何故かは歴史書にも書かれていないので不明だ。
 戦は起こらなかったまでも、ルグスが滅びかけたことは確か。次第に殺戮の狂気に侵されていった凶王に民だけでなく騎士さえも震え上がらせ、被害はエルフやドワーフにまで最後は広がったという。
 その凶王を討ったのが、ドル・ドナ王である。他国の者が他国を救うという事例はこれまでの歴史にはなかったため、ドル・ドナはルグスを筆頭に世界中の英雄となった。彼が凶王を討った年から暦は『ドル・ドナ暦』と改正され、人々ならず、普段は人間を酷評するエルフやドワーフも彼の存在だけは認めている。
 他国との交友がさほど多くないこの世界で、ログレスとルグスが比較的友好的だったのは、隣国であること以外にもこういった理由があるからだったが、ログレスの者が口にしたことはない。ドル・ドナがルグスを救ったのに打算的なものは何もなく、ただ純粋に強大な力によって蹂躙される者達を守りたかった故の行動である。皆、彼の騎士としての理念を理解し、子孫へ語り継いでいっているからだ。
 だが、ルグスはログレスが飢饉から救うために自国に有利な同盟を結ばせ、他国からの侵略者達に荒らされると、あっさり見捨てた。それらは全て皇帝が魔女に操られているせいなのだろうか。
 考えても仕方がないだろう。それが真実かを知るため、自分達はここへやって来たのだから。

 城同様に屈強な城門の前に着くと、ルグスの騎士達はすぐさま門を開き、アーサー率いるログレスの騎士達を通してくれた。突然の訪問にも関わらず、これほど簡単に招き入れるとは。皇帝はこちらが出向くことを予測していたのか。否、あるいは魔女の方かもしれない。何にせよ、警戒すべきだとケイは思った。
 城門を潜り、城内へと入る。玉座の間へ案内される途中、目だけを動かして周囲を見回す。廊下には絵画や壺といった調度品はほとんど置かれておらず、代わりに剣や盾、槍などが壁の至る所に立てかけられていた。これなら奇襲を仕掛けられたとしてもすぐに戦えられるように対処出来るだろう。
 城は王の象徴ともいえる場所だ。ログレスの居城であるキャメロットもここまで物々しい雰囲気はない。一度凄まじい脅威に国を奪われたルグスの者からしてみれば、美しい芸術品も戦いには何の役にも立たないガラクタでしかないのだろうか。尤もこの内装も魔女であるという男が来てからのものかもしれないけれど。
 玉座の間まではそれほど遠くはなかった。扉の前まで来ると、見張りとして立っている2人の騎士によって開かれる。
 中では自分達をずっと待ちかまえていたかのように熟練の騎士達が幾人も立ち並んでいた。そして、奥の玉座に座る中老の男性と傍らに立つ蒼のローブを身に纏った青年の姿。彼らがルキウス皇帝と、噂の魔女であるという男だろう。その出で立ちに今ではどこにいるか分からないあの魔導士の老人を思い出されて、ケイは少し不快な気分になる
 フードを深々と被り、顔がよく見えないためではないが、皇帝の傍らに立つ青年からは明らかに普通の者とは異質な雰囲気を兼ね備えているのが遠目からでも分かった。確かに魔女だと怪しまれてもおかしくはない。
 だが、まずケイ達を驚かせたのは青年の方ではなく、皇帝の方だった。視界に入ったその姿にケイは息を呑む。恐らく他の者も同様だろう。
 遠くからでもはっきりと認識出来る青白い肌。痩せこけた頬。虚ろな目だけが前に出てしまっている顔。
 初めて目の当たりにした皇帝の姿は、正に生きた屍のような状態であった。
 主のこの痛々しい様を、ルグスの騎士は見続けてきたのか。話だけでは想像出来なかった現実に思わず同情を禁じ得ない。
 ずらりと立ち並ぶ騎士達の間を進んでいく。突き刺す視線が非常に痛く感じる。彼らは今何を思い、ここにいるのだろうか。
 玉座の前まで来ると、アーサーが皇帝へ一礼する。ケイ達ログレスの騎士も一斉に後に続く。間近に見る皇帝の姿は最早中老という年齢とは思えなかった。ログレスの騎士達に口の端を上げて笑うのも皮膚が動いてるだけにしか見えない。掛けてくる声も弱々しく嗄れていた。
「これはアーサー王。わざわざ遠路はるばる御足労おかけくださるとは」
「ルキウス皇帝陛下。突然の訪問であるのもかかわらず、こうして目通りが叶ったこと、感謝申し上げます」
 アーサーは再び一礼すると、今回の訪問について説明を始める。
「半年前、こちらに窺わせていただいたルーカンより、陛下が病に伏せっていらっしゃると聞きました。本来ならすぐにでも駆けつきたかったところですが、なかなか機会が出来ず時が経ってしまい……。ですが、こうして実際にお目にかかることができ、ようやく安堵いたしました」
 最後まで黙って聞いていた皇帝であったが、聞き終えると小馬鹿にしたようにフン、と鼻を鳴らした。
「我らの間にそのような建前など必要なかろう。儂がそなたの前に現れたのは、文書の返答をもらいたかったからだ」
 単刀直入に切り出される。前置きは必要ないということか。
「……ええ、その件につきましても陛下ご自身と話し合いたいと思っておりました」
「話し合う必要などない。ルグスに従うか。刃を向けるか。ログレスにある選択肢はそれだけよ」
「長きに渡り、侵略者達から自国を守るために戦ってきた我々が他国へ戦を起こす気など毛頭御座いません。全ての国と手を取り、平和を維持していくことが国を治める者の務め。それはルグスも同じなのではないですか」
 懸命に和平的な解決に励むアーサー。だが、皇帝は全く聞く耳を持たない。青白い顔に侮蔑の表情さえ浮かべて言い放つ。
「そなた達に戦を起こす気があるかどうかなど関係ない。文書に示した同盟は、かつてルグスとログレスの間で結ばれたもの。それを自分の国が平和になったから、なかったことにしようなど騎士道に外れた行為であろう」
「馬鹿な! ログレスが侵略者達によって荒らされたとき、見捨てた貴殿らに騎士道を語る資格などあるものか!」
「……おい!」
 耐えられず、後ろから声を上げたガウェインをケイが肩を掴んで止める。予測していた事態だったが、制するのが一歩遅れてしまった。
 実に理不尽な物言いだ。彼と同じ怒りはログレスの騎士の誰の中にもある。だからといって配下の騎士が事もあろうに王と皇帝の話し合いに割り込むなど言語道断だ。たとえその話し合いが表向きだったとしても。
 案の定、ガウェインの態度で皇帝の瞳に怒りを宿った。拳を握り、肘掛けを強く叩く。
「ええい、黙れ! 儂に楯突くのであれば、この場で切り捨てるぞ……!」
 荒げる声が不自然に途中で止まる。皇帝が突如身を屈め、口元を抑えて激しく咳き込んだためだった。
 すると、これまで沈黙を守っていた傍らの青年が動き、皇帝を支える。
「陛下。これ以上はお身体に障ります故、そろそろお部屋にお戻りになられた方が良う御座います。あとは私が……」
 甲斐甲斐しく背中を擦る青年に皇帝は安堵の笑みを向けた。
「おお、そうか。アンブロジウスよ。お主になら全て任せられる。頼んだぞ」
 嬉しそうに青年の名を口にすると、皇帝は他の騎士に支えられながら退出してしまう。その様子から、皇帝が如何にこのアンブロジウスという青年を寵愛しているかが手に取るように分かった。
「……ありゃ、相当だな」
 無意識に口に出てしまったことに気付き、ケイはハッとする。目だけで周囲を窺うが、どうやら誰にも聞こえなかったらしい。小声だったとはいえ幸いだった。
 改めて前方を見据えれば、アンブロジウスと呼ばれた青年が玉座の置かれた台座から降り、アーサーに近付く姿が目に入り、思わず前へと躍り出る。ランスロットとガウェイン、ベディヴィアも同時に動いていた。
 得体の知れない人間から主を守ろうとする自分達を見て、青年は口元に浮かべていた微笑みを更に深くする。近くに来たことでようやく垣間見えるようになったフードの下は、肌が少々浅黒いものの端正な顔立ちをしていた。
「ご紹介が遅れました。皇帝陛下のお側にお仕えする、アンブロジウスと申します。ここからは私が陛下に代わり、お相手致しましょう」
 腕を大げさに振り上げて会釈する様に、ケイは魔女モルガンと同じものを感じた。人を食ったような態度。妖しい笑み。更にそこはかとなく醸し出される、常人にはない存在感。
 やはり、この男も魔女なのだろうか。訝しく思っているケイを尻目にアンブロジウスの話は続いていく。
「皆様は少し勘違いされているようですのでご説明いたしますが、同盟の件は陛下の温情なので御座いますよ」
「温情だと?」
 眉を寄せて疑問を投げかけるケイにアンブロジウスは頷いた。
「そう。かつてドル・ドナ様が犯した罪を咎めず、ただ同盟を結ぶだけでお許しになると陛下はおっしゃっているのです」
「ドル・ドナ様の……罪?」
 アーサーが言葉の意味を図りかねるように首を傾げる。ケイや他の騎士たちも同様に気持ちであり、互いに顔を見合わせる。
 ドル・ドナはログレスでも名君と伝えられている人物だ。その名はルグスを救ったことにより、ログレスだけでなく世界中に知れ渡っている。更に人間以外の種族からも尊敬の念を抱かれているのだ。そのような人物は長い歴史の中でも五本の指に入るくらいしかいないだろう。そのドル・ドナに一体何の罪があるというのか。
「一体何の話をしているのか、こちらは皆目検討もつきませぬが」
 ケイが思ったままの疑問をそのまま口にすると、アンブロジウスは何かに弾かれたかのように少し顔を上げた。
「なるほど……そうですか」
 男の目が揺らぐ。見えたのは表面にある涼しげな態度には似つかわしくない、怒りと憎悪。声もどこか苛立ちを孕んでいるように感じ、ケイは背筋が寒くなった。
 だが、それは一瞬のこと。すぐに平静を取り戻したアンブロジウスは本題を再開する。
「まあ、いいでしょう。同盟を結ばなければ、陛下は確実に戦を仕掛けることでしょう。ルグスに従うことこそが、ログレスの為になるのですよ」
 脅しにも聞こえる言葉だったが、恐らくそれは事実だろう。今の皇帝にまともな判断が出来るとは思えない。かつての凶王の如く、理不尽な暴力をログレスへ振りかざす可能性は大いにある。皇帝を見た者なら誰でも予測出来ることだった。
 ケイ及びログレス全騎士の視線がアーサーへと向けられる。これは最早国の行く末が決まる選択だ。一騎士が口出し出来ることではない。主の決断を信じるのみである。
 流れる沈黙。これだけの人間がいながら誰も言葉を発しない空間は実に奇妙だ。窓からは陽光が降り注ぐばかりであり、鳥の囀りすら聞こえてはこない。
 張り詰めた空気の中、アーサーが動いた。
「ログレスはもう戦はしない。だが……ルグスに従う気もない」
 その言葉に後ろの騎士達は皆信頼に満ちた笑みを浮かべる。
 たとえ暴力に身を晒す可能性があったとしても人には譲ることの出来ない時がある。それが誇りというものだ。やはりアーサーはそれを分かってくれていた。元々疑う余地など微塵もなかったが。
 アンブロジウスは大げさに手を広げて芝居がかった口調で言った。
「これは素晴らしい。その真っ直ぐさは賞賛に値しますよ。流石は先王の子、といったところでしょうか。一度定めた想いの為であれば、どのようなことも顧みることはないところなど特に、ね」
 暗にユーサーがイグレーヌを手に入れるために戦を引き起こしたことを言っているのだと誰もが勘づく口ぶりだ。
 ログレス全騎士の表情が主を侮辱されたことへの怒りに変化するが、アーサーと男の間に割って入った人物を見て瞬時に驚きに移った。
 先程皇帝に食ってかかったガウェインではない。
 割って入ったのは、先程彼を止めたケイだったのだ。
 それはアーサーとベディヴィア以外でケイを知る人間にとって、あまりにも意外な展開だった。
 自分より頭ひとつ分は背の高い男を見上げて睨むケイ。アンブロジウスも面白そうにケイへ視線を向けている。
 正直ケイ本人も軽はずみな行動をとってしまったかと頭では思っていた。宰相という己の立場を考えれば、このようなことすべきではない。あまりにも短絡的すぎる。これでは先程のガウェインの行動を責められないだろう。
 だが。男の言葉が耳に届いた次の瞬間、気付いたときには体が動いてしまっていたのだ。目立つこと、揉め事の中心になることを嫌うケイにとっては実に珍しいことである。
 悔やんだところでこうなってしまった以上、もう後には引けない。ケイはアンブロジウスを睨み付けながら、ゆっくりと静かに口を開いた。
「……それはお褒めの言葉として受け取ってよろしいのかな?」
「もちろんで御座います。私はアーサー王の功績とお人柄に深く感銘を抱いているのですよ」
「それはどうも。私もルキウス皇帝陛下の懐の広さには感服いたします。貴殿のような者でもお側に置いておられるのですから」
 同じように皮肉だと分かる言い回しにアンブロジウスは笑みを深くする。尤も口元が上がっているだけで目は笑っていないが。
「……私もお褒めの言葉として受け取ってよろしいのでしょうか?」
「そう思っていただいて結構」
 一歩も引かず、牽制し合う両者。
 あわや一触即発の事態に見舞われるかと思われたが、今回の口論はアンブロジウスが身を引くことであっけなく終了した。
「美しいものですな。主を想う貴方がたのお心に免じて、5日の猶予をいただけるよう、私が陛下にお話ししましょう。それまでにお考えを改めて下さるのを期待しますよ」
 後ろを振り返り、玉座の方へと後退するアンブロジウス。肘掛けに手を掛けたところで顔だけアーサー達の方を向く。
「ですが、その間に妙な真似をなさろうとすれば、あまり良い結果は得られないことをお忘れなきように。特にそちらのお二人に忠告いたしますよ」
 視線を投げかけられ、ケイとガウェインは言葉に詰まる。2人の返答を求めてはいなかったのか、アンブロジウスは一礼すると自身もまた退出していった。異様な雰囲気を纏う2人がいなくなったことで、玉座の間の中は少しだけ緩和される。
 結局アンブロジウスという男が魔女であることも、皇帝が魔女に操られているのかについては決定打を得られなかった。
 ただ確かなのは、これで交渉は決裂したということである。否、最初から交渉といえるような話し合いではなかったか。悔しいが、ルーカンの言った通りだ。あのような状態の皇帝にどのような説得を試みようとも何の意味も成さなかった。
 アンブロジウスは五日の猶予を与えると言ったが、圧倒的に時間が足りない。しかし、その間に手を打たなければ、ログレスはルグスに攻められる。通常ならそれでも何とかったかもしれないが、一年前の戦いで疲弊している今のログレスでは勝利する確率は限りなく低い。第一、再び国を戦火に巻き込むような真似をすれば民からの信頼は激減してしまう。万一勝利したとしても民に信頼されない国の先にあるのは終焉だ。
 唯一の可能性は、もうひとつの文書の存在である。あの文書を記した騎士達と協力することが出来れば何か打開策を見出せるかもしれない。とはいっても、確実な方法ではないだけに不安を取り除くことは出来ないが。
 八方塞がりに近い状態にケイは溜め息を吐きたくなった。
 皇帝も男もいなくなった玉座の間で、改めて城内を見渡す。
 あの男が現れてから、この城も変化したのか。皇帝が変わったように。そう考えると、この城全体を包む重い空気は、今の皇帝が醸し出す異様さを表しているといえよう。
 この城からそれが消え去る日は果たして来るだろうか。
 自国の行く末も危うくなった今の自分達に他国の心配をする余裕などありはしないけれど。

 平和を取り戻して、一年。
 ログレスが真に戦から解放されるのは、まだ先のようだ。

 <3>へ

スポンサーサイト
[ 2008/04/13 22:22 ] オリジナル小説中編 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

春菜

Author:春菜
ニコジョッキーブログはこちら

2006年5月16日開設

ぬるいゲーマーです。

管理室

FC2カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。