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Sir Kay~Brother Of King~外伝 <1>

春になったのでテンプレートを変更。
綺麗なお花が春の暖かさを感じさせますね。

オリジナル小説の中編で、ひとつのお話を前後編で分けて更新しているのですが、ひとつにまとめ直すのをすっかり忘れていました。あと目次にリンクを貼るのも。
更新するだけで満足してしまっていたようです(^-^;)。

というわけでひとつにまとめて目次にもリンクを貼りました。
続きはできるだけ早く更新したいですが……これって毎月言っているのですよね。だからあまり説得力ないかな? でも月1更新は絶対に守っていきたいです。



   外伝「ルグス遠征」<1>



 ダン、と静寂の会議室で机を強く叩く音が響く。
「断固として拒否するべきだ!」
 同時に野太い男の怒声が木霊する。
 拳を握りしめ、怒りの表情をしている騎士・ガウェインの姿に、ログレスの宰相の地位にあるケイはデジャブを感じていた。
 否、大抵の彼はいつもこうなのだから、デジャヴという表現はおかしいか。むしろ見飽きているという方が正しいだろう。

 何故彼がこんなにも怒りにみなぎっているのか。
 事の発端は、ログレスの隣国『ルグス帝国』より使者が参上したことが始まりである。

 ルグス帝国はログレス同様、世界でも稀少な自然に囲まれた国だ。この世界は元々大きなひとつの大地が人間や妖精、今存在する生物の祖であるダーナ神族とフォモール族の戦いにより、いくつもに分断されて出来た世界である。そのためひとつの国の大半が占めるのは、人工によって作られたコンクリートの床と建物ばかりだ。
 その中でログレスとルグスは、天然の大地を所有する数少ない国として名を馳せており、両者も隣国であることからも友好的な関係を築いていた。
 しかし、遡ること二十数年前。ログレスは深刻な大飢饉に見舞われた。田畑には穀物が全くといっていいほど実らず、海洋の魚もまるで絶滅してしまったかのごとく姿を見せない。そのような状況が長く続いたのである。
 これを聞きつけたルグス皇帝・ルキウスは、物資の補給を申し出てきた。ルグスも少なからず飢饉の被害があったが、機械を完全に阻む結界に覆われているログレスとは異なり、多少人工の道具を取り入れることができるので蓄えを保つことが可能だったからである。
 ただし、ルグス寄りの同盟を結ぶという条件付きで、だ。
 当時のログレス王は冗談ではないとこの申し出を叩き返したかったが、このままでは民が飢え、それがやがて国を崩壊させる方向へ向かうとかもしれない。その現実を考えれば無理な話であり、背に腹は代えられぬと泣く泣く条件を呑んだのだった。
 ルグスの支援により、国の崩壊は阻止できたけれど、以降ログレスはルグスの植民地も同等の立場に追い込まれることとなる。このことは多くの騎士達の自尊心を傷つけたものの、民達が飢えから救われたことを考えれば天秤にかけるまでもない。
 こうして誇りと引き替えに手にした平穏な時が続くかに思えた。

 先代王『ユーサー・ペンドラゴン』が逝去するまでは。

 今から16年前。イグレーヌという女性に横恋慕をしたユーサー王は彼女を手中に収めんがため、彼女の夫であるゴルロイス卿に戦を仕掛けた。
 稀代の魔導士・マーリンの助力もあり、戦いの末イグレーヌを手に入れたユーサー王であったが、結婚後まもなくして毒殺されてしまう。2人の間に産まれた後継者アーサーは、ユーサー王とマーリンの密約により、その存在を隠されて育つこととなる。
 そしてアーサーが15歳に成長するまで、ログレスは王不在の時代が続き、その間に他国から侵略者達に荒らされていった。
 残った騎士達はルグスの協力を要請した。たとえ実際は植民地のような扱いでも表向きは同盟を結んでいる。それにルグスも誇り高き騎士が統べる国だ。きっと力を貸してくれる。彼らはそう思っていた。
 しかし、一向に支援が来ることはなく、更に駐在していた騎士達も足早にルグスへと帰って行ってしまった。
 王を失い、秩序さえも崩れかけているログレスをルグスは見限ったのである。
 もし、ルグスが協力を受け入れてくれていたなら、ログレスがここまで他国の侵略者達に荒らされることもなかったかもしれない。故にアーサーがログレスを統一し、平和を取り戻した今もルグスを憎む騎士達は少なくはなかった。曲がったことが大嫌いなガウェインもその一人である。
 憎む気持ちは分からないでもない。だが、憎しみからは何も生まれないのだとアーサー達は時間をかけて彼らを説いていくつもりだった。ケイ自身としてはそのような純粋な気持ちではなく、余計な不穏分子は除去したいからだったが。

 そのような時にルグスの騎士達はやって来たのだ。
 しかも、あの同盟は今でも消えていないのだから我らに従え、というルキウス皇帝からの文書付きで。
 これには説得に回っていた者達も怒り心頭に発した。
 そしてこのことが先程のガウェインの怒声に繋がる。
「ルグスは異国の者達によって踏みにじられた我がログレスを見捨てたのだ! そのような者達に従う余地がどこにある!? たとえ剣を向けることになろうともログレスの騎士たる我らの誇りを奴らに見せつけてやろうではないか!」
 高らかに声を上げるガウェインの宣言に周囲の騎士たちも賛同の声を上げる。会議室内は一気に異様な熱気に包まれていく。
 相変わらずこの男の暑苦しい演説は人の心を掴む。ケイはほとほと感心してしまう。口を開けば開くほど人の心を離していく自分とは全く正反対だ。
 周囲を見ると、座っている騎士達は異常に盛り上がる彼らにどう対応すべきか戸惑っている様子。確かにこの熱気の中、意見を出すにはそれなりの勇気がいるだろう。
 ちらりと横目で隣に視界を移せば、ランスロットが険しい目ルーカンは涼しい表情、ベディヴィアはいつも通りの無表情でこの状況を見つめているのが見えた。基本的に会議で主に口を開くのは王のアーサー、そして円卓の騎士に選ばれた自分達だ。その一人であるガウェインの意見に他の者は黙っている。
 つまり、これは自分の出番ということなのだろう。ケイは溜息を吐くと、ゆっくり立ち上がった。
「……盛り上がっているところ悪いが、俺は賛成できない」
 次の瞬間、室内が一気に静まった。
 ケイはそれほど大きな声を出したわけではない。だが、会議室を包む熱気とは明らかに異なる冷たさを感じ取ったのか、今まで騒いでいた騎士達が一気に口を閉ざしたのだ。
 変わらなかったのは、最初の男だけだ。
「何だと、ケイ卿! 貴殿はルグスの不当な要請に黙って従うのが正しいと言うのか!」
 予想通りの返答に自然とまた溜息がこぼれる。
 人の話を最後まで聞かないのもこの男の特徴だ。
「そんなことひとつも言ってないだろう。俺が言いたいのは、金はどうするのかってことだ」
「金……?」
 ガウェインが眉間に皺を寄せる。こちらの言わんとしていることが理解できないのだろう。彼の周りの騎士達も同じような表情でざわざわと話し始める。ケイは構わず続けた。
「剣を向けるってことは、早い話ルグスと戦をするってことだろう。戦をするには金がかかる。正直今ログレスの財政は国を立て直すので精一杯で戦をする余裕なんてないぞ。一体どこからそんな費用を調達するつもりだ? まさか民衆から搾り取るつもりじゃないだろうな」
「し、搾り取るなど! そのようなこと、俺は……」
「大体誰が好きこのんで自分達の生活費削ってまで戦のための金なんか出したがる。夢や理想を語れば誰でも付いてくると思うなよ。まあ、お前の一族が全て負担すると言うんなら、考えなくもないけどな」
 遮ることが出来ないほどに捲し立てられ、ガウェインは口を開閉させるだけで何も言えない。当然だ。自分と同じ円卓の騎士ならば、分からない筈がないのだから。
 今言ったことは、以前から考えていたことである。宰相となり、国の政治を担うこととなったケイがまず驚いたのは予算のなさだ。異国からの侵略者達に荒らされ、彼らからログレスを取り戻すため大きな戦を繰り広げたとはいえ、正直ここまで貧窮しているとは思わなかった。それに加えて、アーサーが即位したと同時期に老練の騎士達が引退し、城に残っているのは自分達のような若輩者だけ。新しい国造りは、新しい世代の者達に築いて欲しいという気持ちからだったのだろう。それを汲み取ったアーサーは彼らを止めることはしなかった。
 正直ケイとしてはある程度手伝ってもらってから隠居していただきたかったところだ。そうすればここまで苦労することもなかった筈。かといって、王が決めたことを覆すのはあの状況では難しかった。
 だからこの一年は、ある意味侵略者達と繰り広げたもの以上の戦いだったのだ。それは共にこの国の政治を担ってきたガウェインなら知っている。知っていてもらわなければ困る。
 しかし、同じものを担っていたとしても根本的に異なる者同士では考え方までは一緒にはならない。
「……! お前は騎士の誇りより金を優先するのか!」
「ああ、そう思ってもらって結構だね」
 やっと吐き出したガウェインの反論も、ケイはあっさりと冷ややかに肯定する。
 騎士としての誇りを優先するガウェインと、現実思考のケイ。
 正に水と油といっていい関係だ。
 そしてこの水と油を間に立つ者も決まっている。
「まあまあ。二人だけで白熱するのはそのくらいにして。他の者の意見も聞こうではないか。……ランスロット、君は今の話どう思う?」
 水と油を間に立つ……ルーカンは緊迫してしまった空気を解すように努めて明るく立ち回り、話を別の方向へ逸らそうと試みる。
 ランスロットは顎に手を当て、しばし考えてから答えた。
「……騎士としてルグスの用件を呑めぬ」
 一言そう言い、静かに立ち上がる。
「だが下手に戦を始めれば人間だけでなく、自然や動物達まで被害を受けることになる。私個人としては、それは避けたい」
 至極ランスロットらしい言葉だった。彼はエルフの養い親と共に自然の中で生きてきた身の上である。国云々よりもそちらに目を向けることは誰もが予想出来たことだ。
 しかしガウェインと同等、時にはそれ以上にアーサーの片腕と称されるランスロットが戦に反対する意見を述べたことで、ガウェインの怒りの声に心を揺さぶられた者達の表情にも変化が見られた。幾分冷静になったのか、先程までの興奮はまるで感じられない。
 熱気から静寂、不穏とわずか数分で室内の空気は様変わりしていき、今は所々でざわめく声が響いている。
 すると。
「貴殿らの想いは分かった」
 決して聞き逃すことのない、他の誰とも異なる澄んだ声音に皆が一斉に振り向く。
 視界に入ったのは、ゆっくりと腰を上げるアーサーの姿。その表情は国を一年治めてきた経験によって、自信に満ち溢れている。存在自体が神々しい光を放っているように感じるのは、長く美しい金の髪を持っているからだけではないだろう。
 室内にいる全ての者が立ち上がり、表情を引き締めて王の言葉を待つ。
 アーサーは自身を見つめる周囲にしばし目を向けると、再び口を開いた。
「確かにガウェインの言うように、再びルグスに下ることは、皆の騎士としての誇りを傷つけることになる。王としてこれ以上ログレスを踏みにじることは断じて許せぬ」
 ガウェインの表情に光が灯る。逆にケイの眉間に皺が寄る。二人が声を上げようとすると、先にアーサーの「だが!」という言葉に掻き消された。
「だが、それでも戦を仕掛けることは出来ぬ。ログレスは長年侵略者達により荒らされ、更に一年前の戦で深く傷つけられた。美しい森も、町並みも」
 一瞬、アーサーの表情が陰り、声の調子が落とされる。
「……そして民達の心も」
 泡のように儚い声だったが、その場にいる者、全ての耳にそれは響いた。
 アーサーは、一度視線を落とした後に顔を上げる。そこには先程の陰りは全く残っていなかった。
「それらを守ること。それこそが我ら騎士の誇りではないか。戦をすれば再び森は焼かれ、町は壊され、民達は悲しみに涙するだろう。もう二度とあのような事を繰り返してはならないのだ」
 首を横に振り、はっきりと強く言うその言葉に誰もが息を呑み、その心に突き刺さった。ガウェインや彼の言葉に賛同した者達は己の浅はかさを恥じ、ランスロットとその他の者達はアーサーの毅然とした姿に感嘆する。
 ケイも表情こそ変えなかったが、この一年で成長したアーサーに柄にもなく嬉しく思っていた。ルーカンとベディヴィアも同様だろう。
 少しの沈黙の後、アーサーは少しだけ口調を和らげて言った。
「ガウェインの言葉もケイ卿の言葉も、ランスロットの言葉も。全て各々が我が国を心から想っての言葉であることを私はよく分かっているつもりだ。だから、まだここで決めることは出来かねる。……それが今の私の結論だ」
 結論、という言葉の意味に気付いたものの、誰もすぐにはその場から動けなかった。
 代表して最初に動いたのは、ルーカンだった。
「では、今日はこれで解散いたしましょう。長時間の話し合いで皆も疲れているでしょうから」
 アーサーがそうだな、と頷く。
「では、一同解散!」
 ルーカンが号令をかけると、騎士達はアーサーに敬礼してから会議室を後にしていく。ケイはどっかりと椅子に座り直し、その波を少々疲れた顔をしながらぼんやりと眺めていた。
「ケイ卿」
 突然自分の名を呼ばれ、弾かれたように視線を動かす。いつの間にか横にアーサーが立っていた。
 慌てて立ち上がってしまうが、何とか動揺を出すのは抑え、はいと応えた。
「円卓の騎士の皆を連れ、『円卓の間』に来て欲しい。すぐにだ」
 下された命にケイは目を剥く。円卓の騎士だけが集まる。それは他の者には聞かせてはならない極秘事項がある、ということだ。しかし、一体何が?
 疑問だが、それを今ここで聞くことは出来ない。
「……分かりました」
 ケイが承諾すると、アーサーは安心したように微笑み、では後でと言い残すと自身も退出していく。
 首を傾げつつも、ケイは他の円卓の騎士を呼び止めるために動いた。



 退室しようとしていたランスロット達を呼び止め、出口とは反対にある奥の扉を抜ける。細く長い廊下をしばらく歩くと
 そこが『円卓の間』である。
 アーサーが正式にログレスへと即位した日。同時に彼をケイの父・エクターに預け、その後も陰で導き続けた稀代の魔導士・マーリンが自分達の前に姿を現す最後となった日、その老人がアーサーに贈ったのが『円卓』という古代の円テーブルだった。
 神話でさえ語り継がれていない神のひとつ、『ダーナ神族』。そのダーナ神族の神器とされるのが『円卓』である。そこには選ばれた者の名が刻まれ、その者が死ねば消えてしまうという。現にアーサーとここにいる六人の名が刻まれていた。
 この『円卓』の啓示により、アーサーとケイ達は『円卓の騎士』と名乗ることになったのである。
 更にマーリンはもうひとつの神器『聖杯』を探し出せ、と言った。それがあればログレスの平和は永遠のものになる、と。今のところ、その『聖杯』については調べてはいるもののこれといった情報は見つかっていない状況である。尤も神器といわれる代物なのだ。そう簡単に見つかるのも問題だが。
 また最後にアーサーへ衝撃の贈り物を残していったが、ケイにとっては思い出すだけでも気分の悪くなる出来事だ。そもそもあの老人の事自体頭に浮かべたくない。
 ケイは意識を扉へ戻した。重く頑丈なそれを両手で開き、中に入る。各々自分の席へと立ち、アーサーを待つ。
 数分後。再び扉が開き、アーサーが入室してきた。
「皆、よく集まってくれた」
 自身の席に立ったアーサーが静かに声をかけてくる。それに応えるかのようにガウェインが口を開く。
「それで陛下、お話というのは……?」
「その前にまずこれを見て欲しい」
 アーサーが円卓の上に一枚の紙を置いたと同時に皆の視線が一斉に集中する。紙自体は何の変哲のない、どこにでもある代物だ。皆の視線が集まったのは、上に描かれている紋章である。
 それは、確かにルグスの紋章だったのだ。
「これは?」
 視線をアーサーへ移し、ケイが問いかける。
「ルグスの騎士達が持ってきた、もうひとつの文書だ」
「もうひとつの文書?」
 ケイの問いにアーサーが頷く。
「ルキウス皇帝の文書を手渡されたとき、誰にも分からないよう、もうひとつ文書を渡された。それがこれだ」
 文書の入手経路を理解したケイ達であったが、何故ルグスの騎士達がそのようなことをしなければならないのか、皆目検討もつかない。
 疑問ばかりが誰もの頭を支配する中、ルーカンが文書を手に取り、ゆっくりと拝読し始める。
 その内容にアーサー以外の全員が驚きを隠せなかった。

 ルグス帝国の皇帝・ルキウスは全ての騎士から尊敬される公明正大な人物であった。しかし、ちょうどログレスに飢饉が訪れるほんの少し前、民情視察の帰り道でひとりの傷を負った男を拾ったことから全てが狂い始めた。何とその男は類い希なる力を持った人間。『魔女』であるというのだ。
 男はある出来事を切っ掛けに皇帝の信頼を得て、側近として仕えるようになった。だが、男が仕えるようになってから皇帝は次第に横暴な人物へと変貌していき、忠告をしてくる騎士を有無も言わさず斬り殺すなどと、その行動も狂気に満ちるほどになっていった。ログレスに飢饉が訪れたとき、弱いところにつけ込んでルグス寄りの同盟を結ばせたのも、ログレスが他国からの侵略者達に荒れされても無視し続けていたのもそのことが原因だという。
 最近では話をするのも男とだけになり、体も衰弱していくかのように痩せていっている。しかも皇帝は自分が死んだ後を男に継がせると宣言したのだ。このままでは近く皇帝は死に、国は魔女に乗っ取られてしまう。どうかログレスを救った英雄たるアーサー王に力を貸して欲しい。
 ルグスのため。そして、皇帝陛下のために。

 ルーカンが文書を読み上げた後、しばらく沈黙が流れた。
 ぎこちなく、ケイがそれを破る。
「これは……真の話なのですか? 正直、私は出来すぎているのではないかと思いますが」
「だが、ルキウス皇帝には魔女が一人仕えているという話は聞いたことがある。全て偽りと考えるのは早計だろう」
 ルーカンは半年ほど前、外交のためにルグスへ訪れたことがある。あいにく皇帝は病床にいた時であり、彼の傍についていた魔女にも会えず終いだったらしいが。その辺りの話はケイも聞いていた。
「皇帝に寵愛を受けている魔女を、ルグスの騎士に断罪することは出来ない。だから、我々に助力を求めてきたということか」
 ランスロットは神妙な面持ちだが、文書の内容に偽りがないと感じているようだ。
 確かにここ二十数年の皇帝の横暴さは尋常ではない。そこに魔女という未知の黒幕がいたとすれば、ある程度納得がいく。
 だが、それでもケイには信じられない。否、簡単に信じてはいけないと思った。
「それこそ策の可能性だってあるだろう。第一、自分の国の揉め事を他で解決してもらおうなんて虫が良すぎる」
 この世界は国と国が大いなるパス(小径)という海でしか繋がっていない。故に国同士の交流はあまり持たないのがほとんどだ。かつてのログレスとルグスのように同盟を結ぶことは稀である。
 更にログレスは豊富な自然と大地を持つために多くの国から狙われ続けてきた。先の侵略者達との戦いもそうである。ルグスにもログレスほどではないが自然を持つものの、助けを求めるふりをしてアーサーの命を奪うという可能性がないわけはないのだ。
 しかし、ケイのその意見にガウェインは首を横に振った。
「俺にはそうは思えん。彼らもまたルグスの誇り高き騎士。主の目を盗み、他国の者に頼み事をするのには覚悟がいった筈。彼らは誇りよりも主への想いをとったのだ。その決意に応えねばログレスの騎士の名が泣く」
 またか、とケイは舌打ちをしたくなった。この男は会議での再現をしたいのか。
 熱弁するのは結構だ。この真っ直ぐな心根こそガウェインの長所であることも分かっている。だが、時と場合を考えないのがこの男の悪い癖だと自分は思う。それに宰相である自分がどういう立場でいなければならないのかぐらいは理解して欲しいものだ。
「今は騎士道の話をしているんじゃないだろう。現実的にいって、ログレスも他を助ける余裕なんてない。確証がないことに付き合えるか」
 冷たく返すと思った通りガウェインが強い視線を向けてきた。それも想定していたから冷めた視線で見つめ返す。
 いつもの二人の間に、いつもの不穏な空気が流れる。
「……真だとしたら?」
 ガウェインが反論をしようとしたその時。横から先に口を開いた者がいた。
 驚いた二人が顔を向けると、腕を組んだベディヴィアが立っている。兄の方ならまだしも普段滅多ことでは口を開かない彼が二人の間に入ってくるのは珍しい。そんなことをしている場合ではないだろう、と流石の無表情男も思ったのか。
 それとも単なる気まぐれか。付き合いの長いケイにはそちらの方が当たっている気がした。
「そうだな。確証がないのは事実だが、彼らの話が本当だった場合の事も考えなければ。ログレスは助けを求めた者の手を無慈悲に払いのけました、なんて噂を流されたら、それこそ国の危機だ。噂というのは一番怖いからな」
 弟の言わんとしていることを付け足すようにルーカンが更に言う。これにはケイも盲点を突かれて出る言葉がなかった。
 確かにログレスで今気をつけなければならないのは、評判を落とすことだ。アーサーという英雄によって救われたログレスは、最も神聖なる国として全世界から注目を浴びている。ほんのわずかな埃も出すことを許されない状態なのだ。それはアーサーが即位してから外交を担当しているルーカンが一番よく分かっている。彼が言うなら、いくら秘密裏の話だとしても無下に断ればやがて確実に噂が流れることだろう。
 果たしてこの問題にどう対処すべきなのか。
「確かに彼らが真実を語っているという保証はない」
 誰もが頭を抱える中、ここで文書を自分達に示してから沈黙を守っていたアーサーが口を開いた。
「最悪の場合、平和を取り戻したこのログレスに再び戦火を起こすことにもなり兼ねないだろう。だが、偽りであろうとなかろうと、現実に救いを求めている者がいるのだ」
 アーサーが円卓に両手を突き、真摯な眼差しで円卓の騎士達を見渡した。
「私がこの話を貴殿らのみに話したのは、全てを極秘で行いたかったからだ。表向きは同盟について話し合うためルグスへ赴き、皇帝と会見をする。恐らくそこに魔女と呼ばれる男も姿を見せるだろう」
 突然の提案にケイはやや驚いて声を上げた。
「実際に彼らを見てから判断なさる、というのですか?」
「そうだ。自らの目に映してこそ、真実もまた見えてくる筈。そうではないか?」
 誰も何も言えなかった。この円卓の間に自分達を呼び寄せた時点で、アーサーの心はもう決まっていたのだということは、その強い眼差しから容易に知れたからである。
 会見をするとなればアーサー本人も行かねばならない。もし文書の内容が偽りであった場合、最も危うくなるのは王の身柄だ。それはアーサーも分かっているだろう。だから考えは決まっていても、ケイとガウェインが再び対立しそうになってもなかなか切り出せなかったのだ。
 アーサーの提案は最も筋道を踏んでいる。しかし、反面かなりのリスクを伴うのも確か。王の安全を考えれば逆らうことになっても止めるべきだとケイは思う。
 だが……だが、何を言ったところでアーサーの意志は変わるまい。そんな彼をケイは兄として接していた頃から皮肉なほど知りすぎていた。
 皆、アーサーの言葉を待っていた。決定的な言葉を。
 アーサーは円卓から手を放し、姿勢を正した。今一度円卓の騎士達を一人ずつゆっくりと見渡す。
 そして、高らかに宣言した。

「三日後、我々はルグスへと起つ」

 斯くして、ルグス遠征が決まったのだった。

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[ 2008/03/01 20:16 ] オリジナル小説中編 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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