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Sir Kay~Brother Of King~外伝 <2>・前編

今月も何とかノルマ達成。
でもやっぱり前編後編で分けないと難しいな……。
亀更新ですけれど、何とか頑張っていきたいです。



   外伝「ルグス遠征」<2>・前編



 太古の昔。『聖杯』より潤う水と、ダーナ神族のルーが流した涙からひとつなって生まれたのが今で言う海だ。その海には、神々の戦でバラバラになった大地でそれぞれ独自の文化を築いた国と国を繋ぐ道が存在している。
 それが『パス(小径)』と呼ばれる道だ。
 解明されていないが、このパス(小径)の中は現実から離れた異空間になっており、通常の船では入ることさえ出来ない。通過が可能なのは、方舟(アーク)と呼ばれる特殊な船のみである。
 方舟(アーク)もまた太古の神の遺産ではないかといわれているが、その詳細は不明。分かっているのは、この世界で人類が現れた頃から存在し、他国への唯一の移動手段として一度も止まることなく稼働し続けている、というだけだ。
 異空間だけあって、パス(小径)の中は普通では経験の出来ない景色が広がっている。人の言葉では表現しきれない、神秘に満ちた景色が。初めてその景色を見た者は、誰もが目を奪われ言葉を失うという。

 しかし、何事にも例外はいる。

 方舟(アーク)の手摺りに体をもたれかけ、腕組みをしながらケイは甲板にいた。目線は広がる美しい景色へと注がれているものの、思考が別の方向へ向いているために全く頭には入っていない。この方舟(アーク)はログレスによって貸し切られており、他の先客はいないが、もし乗っていたら自分の不機嫌なオーラを不審がる者もいただろう。だがどうせいないのだから、わざわざ隠す気にもなれなかった。
「機嫌が良くないな」
 左から聞こえてきた声と近付く気配に応える気も起きない。声で誰かは分かっていたし、正直今は相手にしたくなかった。間接的に自分が不機嫌な理由に関わっているからである。
 それでも前方に立たれては流石に視線を落とさざるを得なかったが。
「方舟(アーク)に初めて乗ってそんな顔をする者はいない」
 顔を前方に向ければそこにはベディヴィアがいつもの無表情で立っていた。長身のために目を合わせるのもひと苦労だ。
 大きなお世話だという感情を舌打ちで表現する。普通に乗っていたならば、普段どのような景色を見てもそれほど何も感じない自分でもこの異空間の神秘さには溜め息をもらしていたかもしれない。だが、今のケイにはそんな美しい景色を楽しめる余裕すら持っていないのだ。
 そもそもそんなことを言いに来たわけではないだろうに。
「文句ならここにいない奴に言えよ」
「別に文句ではない」
 じゃあ何なんだ。そう言いたい気持ちを無理に抑えつける。今この男に苛立ちをぶつけたところで単なる八つ当たりになってしまう。間接的に関わっているとはいえ、自分が腹を立てているのは彼ではないのだから。
 顔を横に背け、ケイは昨日の出来事を思い出す。

 何故自分がこうも不機嫌でいるのか。
 それは全てここにいない、ベディヴィアの兄のせいだ。

 ルグスへの遠征が決まったことで、ログレスの中心地『キャメロット』は準備で一気に慌ただしくなった。特に今回はアーサー及び円卓の騎士が揃って国を出ることから、彼らがいない間、城の管理をどうするかなども決めなくてはならず、それも含めて三日という期限内で済ませるのはかなり肩の折れる作業であった。
 初めての他国遠征であることから、ケイは柄にもなく少々緊張していた。他国でこちらの欠点を見せてしまえばそれが後にルグス以外の国にも伝わる切っ掛けになる可能性もある。常よりも慎重に行動を起こさなければならないだろう。
 しかし、遠征を明日に控えた夜。ケイはそんな緊張も一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの事実をルーカンから聞かされることとなる。
『行かない!?』
『ああ、私は今回の遠征には参加しないよ』
 ベディヴィアの淹れたお茶に口を付けながら、大したことでもないように男は言った。何でも他にしなければならないことがあるからだとか。アーサーの許可はもうもらっているらしいが、自分は聞いていなかった。
 円卓の騎士の中では、これまで他国へは外交担当だったルーカンと護衛として付いていったベディヴィアしか行ったことがない。だからてっきり彼らは来るものだと思っていたし、交渉の点では安心していたのだ。それを。
『こういう交渉事に一番手慣れているのはお前じゃねえか。それに今回のルグスにはお前一辺行っているだろ』
『だから行かないのだよ。交渉が決裂することは分かりきっているからね。皇帝は魔女に操られているだろうから』
 さも当たり前のようにそう告げられ、ケイは目を見開く。
 自分達がルグスへ行くのは、表向きは再び自国寄りの同盟を結べと文書を叩きつけてきた(ようにケイは感じている)ルキウス皇帝と話し合うため。実際は皇帝が魔女に操られているというもうひとつの文書が真実であるかを知るためだ。
 皇帝の傍には彼から寵愛を受けているひとりの男がいる。その男は魔女である可能性があり、皇帝は男に操られていると、ルグスの騎士の中にはそう思っている者がいるらしい。彼らの推測が当たっているのかをこの目で確かめるために今回の遠征は決定されたのだ。それが交渉は決裂することも皇帝が魔女に操られていることも分かりきっている、とこの男は言う。
『お前……それが分かっていて何で今回の遠征に賛成したんだ?』
『何故って絶好のチャンスだからだろう』
 一体何がチャンスだというのだ。この男の言うことはいちいち遠回しで苛立つ。
 さっさと説明しろと睨み付けることで伝える。ルーカンは苦笑を浮かべて続けた。

 皇帝を魔女から無事に救い出し、ルグスに平和を取り戻す助力が出来れば必然的にログレスは彼らに貸しを作ることになる。ルグスは騎士の国だ。恩義のある者を無下にすることは出来ない。
 そもそも彼らがこれまでルグス寄りの同盟を強制出来たのは、飢饉に陥ったログレスに物資の補給などの支援をすることでこちらに借りを作らせていたからだ。だが彼らを救うことでその借りも返すことになる。これでルグスと我が国は同等の関係に戻れる、という。そのチャンスを掴むことが今回の遠征最大の目的なのだ、と。

 ケイはあまりに予想外のシナリオに言葉を失ってしまう。皇帝と話し合う、という表向き理由の裏に魔女の存在を調査する目的があるのは分かっていた。しかしその裏には更に裏があったというのか。
 そこでひとつの疑問が生じる。遠征を決めたのは他でもないアーサーなのだ。ならば、今のシナリオを考えたのも彼だというのか。あのアーサーがこのような、ある意味打算的な考えを持ったなど想像出来ない。
『……それはアーサーも同じ考えなのか?』
『いや、違うよ』
 ルーカンにあっさりと否定されたことに思わず安堵するも、思考はすぐに別のものへと切り替わる。では、今のシナリオを考えたのは一体?
『分かるだろう。アーサー達にはこんな打算的な考え方は受け入れられないことを。でもきっと私の言った通りになるよ。彼らは何の損得なく人助けをするだろうからね』
 彼ら、というのはアーサーの他にランスロットやガウェインが混ざっているのだろう。つまり、先程のシナリオはあくまでこの男の頭の中にあるだけということか。アーサー達の行動も全て計算した上での。その中にはきっと自分も含まれているのだろう。
 何だか段々と腹が立ってきた。
『だったら尚更お前が行けよ。その予想通りの結末を自分の目で確かめたらどうだ』
『だから他にしなければならないことがあると言っただろう。代わりに君が見てきてくれればいいよ』
 ケイは理解に苦しむ。自分で描いたシナリオ通りに事が進むのをその目で見るよりも優先しなければならないことがこの男にあるのか。
『そのしなければならないことってのは何なんだ? 場合によっては俺が代わってもいいぜ。今回の遠征には一番必要ねえのは俺だろ』
『それは駄目だ。アーサーは今回の遠征で初めてログレスから出る。不慣れな土地では普段の力が発揮出来ない可能性も出てくる。そのために君はアーサーの傍についていた方がいい』
『ランスロットやガウェインが一緒なんだ。別に俺がいようといまいと関係ねえと思うけど』
 これは事実だとケイは思う。宰相という立場上アーサーと共に行くことを選んだが、自分の性格は交渉には向かない。むしろ邪魔になる可能性もあるくらいだ。そんな自分が行くよりも人当たりが良く、交渉術に長けたこの男が行く方がアーサーの、ひいてはログレスのためになるに決まっている。誰だってそう思う筈ではないか。
『いや、君は必要だよ。絶対に、ね』
 返ってきたのは思いの外、鋭い声だった。同じくらい強い眼差しにケイはややたじろぐ。
 だからそれが何故なのかと問うが、男は何も答えない。この話題にはこれ以上触れるなということか。
 これ以上は問いただすことが出来ないとケイは察した。普段こちらから口を塞いでしまいたくなるほど饒舌なこの男が自ら話題を終わらせようとするときはよっぽどのことである。こうなっては詰め寄ったところで決して答えはしない。饒舌であると同時に言うべきではないと判断したことにはすこぶる口の堅い男でもあるのだ。
 ケイは仕方がないので話題を戻すことにする。もうひとつ、この男の話には腑に落ちない点があった。
『……何かお前の掌で泳がされている気がするんだけど』
 認めたくないが、この男の描いたシナリオ通りにいくことが一番ログレスのためになるだろう。皇帝が魔女に操られているならば、アーサー達は無償で救おうとするだろうし、騎士の国であるルグスは必ずログレスへ恩義に報いる。全ては上手くいくのだと分かっているのだ。
 だが、それが全てこの男の弄する策略の内だと思うと、素直には納得したくなくなってしまう。
 更に気のせいだろう、と涼しい表情で返してくるのが余計に苛立ちを募らせる。それに他にも問題がないわけではない。
『仮にお前の言うとおりになったとして、これまでの事を考えたら元の鞘に納まるなんてことが簡単に出来るのか? 俺達は納得出来ても民はどう思うか』
『確かに多少の混乱はあるかもしれないな。だけど君が想像しているほどにはならないと思うよ。また戦が起こるのを回避できて、更にどちらが上か下かになるわけではないのだからね』
 それはそうだろうが、果たしてそう上手くいくだろうか。民が知ることが出来るのはあくまで表向きの情報だけで、政治の複雑な事情など知るところではない。詳細を知らぬ彼らが自分達と同じように考えられるだろうか。
 こちらの不安が拭えないのに気付いたのか、ルーカンは笑って言った。
『国と国の繋がりで大事なのは、どちらが上か下かを競い合うかではない。如何に同等な関係を保つことだと私は思うよ。それを納得させるのも我々の仕事の内さ』
 口元に浮かべられた笑みが曰くありげに見えるのは、この男に向ける自分の感情のせいだけではない。
 ケイはようやく分かった。この男が何故ここに残ることを選んだのかが。
 たとえルグスで上手く事が運んだとしても自国で混乱が生じては元もこうもない。民が何かを言い出す前に手を打っておこうとしているのだろう。今回はその長けた交渉術をルグスの皇帝ではなく、自国の民に発揮されるということか。結局こちらが何を不安に感じたとしても問題はないのだ。この男は全てを享受しているのだから。
 やはり、自分達はこの男に転がされている。やや忘れていた苛立ちが腹の中で沸々と湧き上がっていく。

 しかし最も腹立たしいのは、それを受諾せざるを得ないということだ。

 苛立ちのまま怒鳴りつけたところで体力を消耗させるだけと覚ったケイは無言のまま背を向ける。これ以上この男の笑みを見てはいられなかった。
 足音も高く扉の前へ行くと勢いよく開く。そこで後ろから声がかかった。
『そうそう、もうひとつ面白い話があるんだけれど……』
『知るか! 弟にでも言っておけ!』
 振り向きもせずにただそう叫んだ。僅かな間の後。じゃあそうするよ、と返事が耳に入ったと同時に部屋を出る。
 そのままルーカンとは城を出るまで会うことはなかった。

 時間が経ち、苛立ちはある程度治まったものの、やはり納得のいかない気持ちは今も心に燻っている。それが表情や態度に出てしまうことがあったようで、アーサーが時折心配そうな視線を投げかけてくることもあった。
付き合いの浅い者には気付いていない。元々それほど人当たりの良い方ではないのが今回ばかりは幸いとなったようだ。尤もこれを幸いと呼んでいいのか微妙なところだが。
「もうすぐルグスに着く。それまでにその仏頂面を直しておけ」
 歯に衣着せぬ物言いで指摘するとベディヴィアは元来た道を戻っていった。船内へと消えてゆく背を横目で見送り、舌打ちをしてケイは再び空を仰ぐ。
 ベディヴィアの言うとおり、もうすぐルグスだ。いつまでも子供みたいに憮然としている場合ではない。初めての他国は何が起こるか全くの未知数なのだ。気を引き締めて行かなくては。それは重々承知している。
 だが、ケイにはルーカンにも言わなかったが、もうひとつ不安なことがあった。魔女の存在である。もしも皇帝の傍にいる男が魔女であることが真実ならば、これほど厄介なことはない。
 ケイは一年前から魔女という存在へ必要以上に敵意を持つようになった。あの……『モルガン』という魔女に出会ってから。
 警戒する理由はその類い希なる魔力だけではない。彼女のあの人を食ったような性格も含まれている。魔女と呼ばれる者が皆彼女のようであるとしたら、正直好きになれない人種だ。ただでさえ他国での揉め事だというのに何故その背後に魔女がいる可能性があるのだろう。ログレスは魔女に呪いでもかけられているのではないか。そんなことまで考えてしまう。
 皇帝が魔女に操られているのが嘘の情報であったらいいのに。そう願う反面、それは有り得ないだろうなとも思っている自分がいる。
 徐々に近付くルグスへの道が、まるで地獄への入り口のようにさえケイには感じられてならなかった。

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[ 2008/02/23 17:52 ] オリジナル小説中編 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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