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Sir Kay~Brother Of King~第三章<20>




   第三章「弟の影となり」<20>



 ベディヴィアによれば、父・エクターはルーカンと話している最中に突然倒れたという。急いで連れて行かれた部屋へ入ったケイとアーサーが見たものは、信じがたい光景であった。
 父が、青白い顔をしてベッドに伏せているではないか。傍にはルーカンと、彼が呼んだのであろう医師がいて父の様子を見守っていた。アーサーはすぐに父へと駆け寄ったが、ケイはしばらく扉の傍で立ち尽くしてしまう。目の前の光景を現実だと認めることを、心のどこかで拒んでしまっていたからだ。
 父は自分が幼少の頃から、屈強な騎士として名を馳せるほどの人物であった。己にも周囲にも厳しく、しかし決して優しさを忘れない人柄は、自分やアーサーだけでなく、多くの騎士達の憧れだったのだ。その父が、このような弱々しい姿になるなど、誰が想像出来たであろうか。
 暗鬱とした思いに耽っていると、ふいに右肩が重くなり、ハッと我に返る。見れば、ベディヴィアが肩に手を置き、首だけで父の元へ行くよう促してきた。まだ戸惑いは消えないが、小さく頷いてゆっくり歩み寄っていく。
 アーサーがベッドの横に膝をついて覗き込んでいるのを横目に入れながら、眠る父に視線を落とす。その顔は、遠くから見ていたよりも更に青白く、少しやつれてもいた。先程宴の席で会ってからさほど時は経っていないというのに、一気に年老いてしまったようで非常に苦々しい思いになる。
 父の身体の具合が思わしくないのは、以前から薄々気が付いてはいた。突然隠居をすると言ってきたのも、後になってそれが原因ではないかとも考えた。だから、まだそのような年ではないながらも父本人が隠居を望むのであれば、好きなようにさせてあげようと思っていたのだ。それなのに、その前にこのようなことになってしまうなんて。
 何故。何故もっと早くに気が付かなかったのだろうか。気付いた後も、何故すぐに療養させなかったのか。戦に目を向けていたことと、父本人が気にかけることを拒絶したこともあるが、そんなものは何の言い訳にもならない。それでも、せめてあの時。激しく咳き込む姿を見た時に何か手を打っていれば。そう思わずにはいられないのである。
 ケイの心は、後悔の念でいっぱいだった。それはきっとアーサーも同じであっただろう。
 そして、口を開いた医師が告げてきた言葉は、そんな自分達に追い打ちをかけることとなった。
 医師曰く。父の衰弱はかなりの速さで進行しており、また原因も不明。残念だが回復の見込みはなく、最期の時を住み慣れた邸で過ごさせた方が良いとのことであった。だが、その言葉は衝撃を与えても先程とは異なり、すんなりと受け入れられた。ケイもアーサーもそう言われることを予測していたから。同じ事が、以前にも合ったことを思い出したからであった。
 様々な事が起こった宴が終わってから数日後。ケイは父と共に自邸へと戻った。王であるアーサーは公務がある為、早々とキャメロットを空けるわけにはいかず、同行出来なかった。本来なら、宰相であるケイも動揺であったのだが、アーサーが「父君のお傍にいろ」と命じることで許されたのだった。
 エクターが倒れたことは、実の息子のケイや義理の息子であるアーサーだけでなく、彼の身近な人物達にも衝撃を与えることとなった。多くの人が見舞いに訪れ、変わり果てた父の姿に嘆くということが連日続き、それだけエクターの存在が皆にとって大きなものであったと、ケイは密かに痛感していた。
 そして、何とか時間を作ったアーサーが自邸へとやって来た日。エクターは二人の息子を自分の元へ呼び寄せた。突然のことにケイもアーサーも驚きつつも、素直に従う。恐らく、これが父とまともに顔を合わせられる最後であろうと、お互いに思ったからかもしれない。
 自室に入った自分達を、倒れた日よりも更に青白い顔になった父が迎えた。かけてくる声にもかつての力強さはが感じられないほどか細く、自然と二人の表情も暗くなる。
 父が自分達を呼んだのは、それぞれに伝えたいことがあったからだという。まずはアーサーからと言って、ケイは自室の外で待たされることとなった。
 部屋を出て、向かい側の壁に背をもたれかける。視線は扉から外さない。
 今頃、父はアーサーにどのような話をしているのだろうか。気になるが、こっそり聞くような真似をしようとは決して考えなかった。父がそれぞれに話したいということは、それだけ重要な事なのだろう。そんな父の要望に背くなど、ケイには出来なかった。
「ケイ」
 名を呼ばれ、のろのろと振り返れば、ルーカンとベディヴィアがいた。その表情は、いつもの涼しさは鳴りを潜め、沈痛な面持ちになっている。自分の顔も同じようなものかのか、気遣うように近寄ってきた。
「エクター卿のご容態は?」
「……医師によると、いつアヴァロンへ旅立ってもおかしくない状態だと」
「そうか……。今は……?」
「アーサーと話をしている」
 淡々とした問いに淡々と返答する。正直詳しく状況を説明する余裕はない。口調からそれを覚ったのか、ルーカンもそれ以上聞くのは止め、ベディヴィアとでケイを挟むように壁にもたれかかった。
 再び沈黙が訪れる。しかし、一人でいる時の沈黙と誰かいる時の沈黙は何となく違うものだと、ケイは感じた。そのことが重くなっていた口を少しだけ軽くさせる。気付けば、勝手にこんなことをつぶやいていた。
「……お袋の時と似ているんだ」
 返答はなく、こちらを振り返った気配もなかった。視線は扉から外していない為、二人がどんな表情をしているのかは分からないが、構わず続ける。彼らに話しているというよりは独り言のように。
「お袋もずっと元気だったのに、ある日を境に体調が優れなくなって……その内今回の親父みたいに倒れて……そのまま……」
 ケイの脳裏に幼少の頃の微かな記憶が蘇ってくる。
 在りし日の母の姿。優しく自分の頭を撫でてくれた手。だが、急にその手から力が抜け、母が倒れる。倒れた母に駆け寄る父。それを呆然と見つめていた自分……。
 次に浮かんだのは、母の墓の前での光景。泣きじゃくるアーサー。アーサーと自分を慰めるように頭を撫でる父。そして、やはり呆然と母の墓を見つめていた自分……。
 思えば母が亡くなった時、自分は泣きもしなければ悲しみもしなかった。母の死に何も感じなかったのではない。ただ、悲しみ以上に湧き上がってくる感情があったせいなのだ。それは、今も同じ。
「何で気付かなかったんだろうな。今回も……あの時も」
 自分の心は、全て『後悔』という感情に埋め尽くされていた。もっと早く自分が異変に気が付いていれば、あの時は母を、今回は父を助けることが出来たのかもしれないのに。それを考えてしまうと、悲しい以上にただただ悔しくなるのだ。
「君だけのせいではない。気付けなかったのは、我々も同罪だ」
 ルーカンが静かな声で言った。彼の方を振り向くが、彼はこちらを振り向かない。視線も合わせず、先程までの自分同様、扉に目を向けている。
 確かに父の容態の変化に気づけなかったという点では、自分も周囲の者も同じだろう。それは事実だが、自分と彼らでは趣が違う。
「けど、俺はあの人の息子だ……!」
「だから、君に一番罪があると? それは理由にならないさ」
 僅かに声を上げた言葉も冷静に窘められてしまった。この男は、親子とか兄弟などの関係にさほど重きを置いてはいない。自分も血縁の有無には重要性はないと思っているが、やはりそういった関係は、周囲とは異なると思う。この時点で、自分とルーカンの意見が噛み合うことはない。だから、これ以上は何を言っても無駄だ。そう覚ったケイは口を噤んだ。
「出てくる」
 今度口を開いたのは、ベディヴィアだった。誰に聞かすでもなくつぶやく。
 意味が分からず、ケイはベディヴィアの方を見るが、こちらも兄同様、視線を扉から外さない。ますます訳が分からなくなり、眉間に皺が寄った。
すると、扉がカチャリと小さく音を立てて開くのが横目に見えた。急いで振り返ってみれば、アーサーが父の自室から出てくるのが目に入った。父の様子を聞こうとするが、その神妙な面持ちに上手く言葉が出てこない。
「アーサー。どうだった?」
 黙っている自分に代わってルーカンが尋ねると、アーサーは伏せていた顔を僅かに上げ、答えた。
「……次は、兄上にお話があると」
 自然とケイの身体が強張る。元々父は二人にそれぞれ話があるといっていたのだから、アーサーが出てきたということは、次は自分の番であることは考えなくても分かった。しかし、話を終えたアーサーの表情を見た限りでは、とても楽しい話だとは思えない。そもそも最期の時を迎えた人が語ることなのだから、当然かもしれないが。それでも緊張が高まってしまい、つい中へ入ることを拒否したくなる。
 だが、そんなことをしても意味はないことも分かっていた。そして、たとえどのような内容であろうと、父の話を聞かなければならないことも。
 意を決して足を動かし、扉の奥へと進む。三人の視線を痛いほど感じたが、目もくれなかった。
 開いた時と同様、静かに扉を閉める。廊下にいた時とは違う静寂が、そこにはあった。窓から差し込んでくる日の光が室内を照らしているが、どこかもの悲しく思えてくる。それは、この部屋の雰囲気がそう見させているのか。それとも、自分の心がそう感じさせているのか。はっきりとは分からない。
「ケイか……」
 小さい声にハッと目を見開く。呼びかけたのは、ベッドにいる父だ。今ここには自分と父しかいないのだから当たり前だが、そのか細い声が父のものであるということを未だに信じたくない気持ちがあった。
「……はい」
 身体の奥から絞り出したような声で返答する。そのまま傍に寄るのを躊躇っていると、父がゆっくりと身体を起こそうとしているのが目に飛び込んできた。驚き、足音を立てて駆け寄る。
「無理に起き上がってはいけません! お身体に障ります!」
「なに、どうあってももうすぐアヴァロンへ旅立つのだ。それが少し早くなるだけよ」
「父上!」
 軽くとんでもないことを言う父に思わず声を限りに叫ぶ。それは、普段のケイからは考えられないことであり、エクターは自身を睨んでくる瞳に苦笑を漏らした。
「分かった。……お前に窘められるのは、初めてだな」
 言われてケイは初めて自分の今の行いに気付き、慌てる。
「も、申し訳ありません。恐れ多いことを……」
「構わぬ。確かにまだ旅立つわけにはいかないからな。……ケイ」
 父が再度名を呼んできた。今度はこちらの返事を待たずに話を続けてくる。
「お前に渡したい物がある。この鍵でそこの抽斗を開けてみろ」
 そう言って父は、手に持っていた鍵をこちらに差し出した。ケイは戸惑いながらもそれを受け取り、言われた通りに指し示された抽斗の鍵穴にはめ込む。カチャリという音が聞こえると、鍵を引き抜いて戸を開いた。
「これは……?」
 中にあったのは、小さな箱がひとつ。それだけだった。これが、父が自分に渡したかった物なのだろうか。それとも箱の中身のだろうか。
 首を傾げつつ、箱を手に取る。どこかで見たことがある気がするが、思い出せない。気のせいだろうか。
 開けてみようとするが、堅く閉ざされていて無理だった。しかし、鍵穴も見あたらない。それらしいものといえば、中央にある丸くへこんだ部分ぐらいだろうか。
「その箱には、やがてお前に必要となる物が入っている」
 箱を色々な角度から探る自分に父がそう説明してくれるが、その言葉がより混乱を招いてしまい、ケイは思わず疑問をそのままぶつける。
「必要って……一体何が入っているのですか? 第一、鍵は?」
「鍵は、お前とアーサーを繋ぐものだ」
 父の答えは、ますます理解不能であった。自分とアーサーを繋ぐものとは、何だ。いや、それ以前に自分とアーサーを繋ぐものなどあるのか。皆目検討もつかない。
「今は分からずとも、必要となった時に自然と知ることとなるだろう。それまで決してなくしてはならぬぞ」
 こちらの困惑を見抜いたのか、それとも元から予測していたのか。それでも父は詳しいことは何も言わず、ただ箱をなくしてはならないということだけ念を押した。何だか納得がいかない気分だったが、いずれ分かると父が言うのなら、きっとそうなのだろうと少し思い直す。とにかく今は箱をなくさなければ良いのだ。
「承知……いたしました」
 はっきりとではないものの承諾すると、父が満足したように頷いた。と、次の瞬間、口に手を当て激しく咳き込む。
「父上!」
 ケイが優しくその背をさする。それでもしばらく咳き込んでいたが、何とか治まり、父は大きく息を吐いた。
「どうやら、アヴァロンへ旅立つのもそう遠くはなさそうだ」
「何をおっしゃるのです! 父上にはまだまだ長生きしてもらわなければ困ります!」
 弱気な発言を慌てて否定するが、父は頭を横に振った。
「そのようなことはない。お前達に教えるべき事は、全て教えた。私がいなくとも、もうお前達だけでログレスの未来を築いていけるだろう」
「違う!」
 張り裂けんばかりに叫び、父の言葉を遮る。思いの外大きかったのか、父が僅かに目を見開くのが分かった。
 ケイは、背をさすっていた手で父の腕を強く掴んだ。その時、初めて自分の手が震えていることに気付いた。
「国が困らなくても俺が困るんだ! 俺はまだ何もしていない!」
 自分は父にとってずっと不出来な息子だった。剣も弓も馬も、勉学でさえもアーサーには敵わず、父が自慢出来るような息子になれなかった。
 しかし、父はそんな自分を見限ることなく、騎士としてそして親として厳しいながらも優しく接してくれた。それを初めて実感したのは、ある家庭教師が原因だった。その家庭教師は何かにつけて自分とアーサーを比較し、自分はどうせ学ばせても大した人間にはならないだろうと馬鹿にした上に、次第に自分とまともに接しようとはしなくなっていった。
その態度に腹を立てた自分は、彼にいたずらを仕掛けたのだ。子供のがやる、ほんの小さないたずらだったが、これにその家庭教師は憤慨し、父に事の詳細を報告したのだ。更にそれだけでは飽きたらず、長男にはこれ以上の教育をしても伸びないから次男のアーサーに重点を置いた方が良いと進言さえもしたのである。
 自分はその全てを扉の陰に隠れて聞いていた。悔しかったが、それは事実だとも思った。自分の才能などたががしれている。ならば、長男であるからという理由を捨てて、アーサーに後を継がせた方が、家や父の名誉の為にもなるだろう。けれど、それを父の口から聞くのは辛く、その場を離れようとした。
 だが、父の口から出てきたのは、その家庭教師を解雇するということだったのだ。驚く家庭教師に父はただ『貴殿に息子を任せてはおけない』と答えただけだった。そして、その家庭教師は本当に解雇されたのだが、自分が嬉しかったのはそのことそのものではない。父が、自分よりアーサーを大事にした方がいいという家庭教師の言葉に頷かなかったことなのだ。父はいつだって、自分を見限ることはしなかった。
 今思えば、エルフの里へ滞在していた時に言われたあの言葉もそうだ。あれは、自分を見限ったのではない。一見冷たく突き放すことによって、自分自身を見つめ直させようとしていたのだ。表面的な言葉にばかり気をとられ、父の真意を見落としてしまっていた。何故、そんなことにも気づけなかったのだろうか。父はこんなにも自分を想ってくれていたのに。そう、父はどんな時でも自分を想ってくれていたのだ。
 だのに、自分はどうだろうか。今まで生きてきて、孝行といえるものはなにひとつ出来たことがなかった。むしろ、不孝ばかりかけてきた。それでもこれから、キャメロットの宰相という立場を得たこれからなら、多少なりとも何か孝行らしい事をしてあげられると思っていた。しかし、それは叶うことなく、もうすぐ自分は父を失ってしまう。それもまた自分の中に後悔の念を募らせていく。
「息子として、まだ何もしてあげられていないのに……!」
 腕を掴んでいた手から力が抜け、ずるずるとベッドに落ちる。きっと酷い表情をしているであろうから、父の視線から逃れるように顔を伏せた。白いシーツに目を落とし、歯を噛む。
 すると、暖かい何かが頭に触れてきた。弾かれたように顔を上げれば、父が慈愛に満ちた表情をして、腕を伸ばしているのが目に入る。
 温もりの正体は、父の手だった。
「私はお前に充分すぎることをしてもらったよ」
 意外な言葉だった。そして、信じられなかった。自分が父に何かをしてあげられた記憶など、何一つないのだから。
「何をですか? こんな不出来な息子の俺が父上に何を……」
「生まれてきてくれた」
 驚き、言葉を失う。そんな自分に父は、ますます目を細めた。
「そして、これから先の世を生きていってくれる」
 置かれていただけの手が撫でるように動かされる。その優しい動作は、幼少の頃と全く変わっていなかった。
「親にとって、これ以上幸せなことはない。だから、私のことなど考えず、お前はお前とお前が愛すべき者の為になることをしていけば良いのだ」
「父上……」
 呼びかけるも、やはりそれ以上言葉は出てこない。父の大きく深い愛情に、何と答えれば良いのか思い付かなかったのだ。
 父は頭から手を放すと、窓の外に視線を移動させ、更に言った。
「これからの世はお前やアーサー達が築き上げていく。お前達にとっては、長く困難な道程になるだろう。だが、決して恐れてはならぬ」
 再び父の目が自分を見やる。その表情からは先程の優しさは消え、いつもの厳格さが戻っていた。これまでなら緊張してしまうので目を逸らしてしまっていたが、今は自分から見つめ返す。きっと、こうして父の目を見つめることが出来るのは時間がないから。
「そして、いつかお前にも愛する女性と出会い、彼女との間に子を為すこともあるだろう。あるいは自分の子のように思える存在と出会うことになるかもしれない。その子供が成長した時、もし罪を犯すようなことがあったら、お前はどうする?」
 突然の問いにケイは戸惑う。正直、自分のことで精一杯で、子供をもった時のことなど考えたことがなかったのである。だから、父の問いに対してどう答えるのが正解なのか分からず、口を噤んでしまった。
「もしお前の子が罪を犯したなら、誰よりもその罪を咎め、決して許すな」
 父はこちらの返答を待たずに、自身の考えを提示してくる。それは思っていた以上に厳しい言葉で、ケイはますます言葉を失ってしまった。表情も自然と堅いものになっていく。それを予測していたのか、父はそこで口調と表情を和らげた。
「咎め、許さず……それ以上に愛せ」
 また驚きに目を見開く。一度間を置いてから告げられた言葉の最後はより予想外のもので、しかし先程と違うのはとても暖かみのあるものだということだ。
「子が犯した罪を誰よりも厳しく咎めることは親の務め。そして、誰よりも真っ直ぐに受け止め愛する。それもまた、親の務めなのだ」
 それは、正に父という人間を表している言葉であった。父は、いつだって自分という存在を真っ直ぐに見据え、そして受け止めてくれていた。咎め許さずに愛することは、父のような生き方をするということに相当する。そんなことが自分に出来るだろうか。父と同じ生き方が自分などに出来るのだろうか。
「今のお前にはまだ分からないかもしれないな。だから、今は心に留めておいてくれるだけで良い。時がくれば、自然と分かっていく筈だ」
「……父上」
 やや下がり気味だった視線を上げれば、父は優しい目で自分を見つめてくれている。そのことが自分の心を落ち着かせてくれた。今はまだ父の言うような生き方は出来ないけれど、父と同じくらいの年になった頃までには、少しでも近付いていられるようになりたいと思う。父本人にそれを見えることが出来ないのが非常に心苦しいが。
 そこでふと、何故か先程のマーリンの言葉が蘇ってきた。父がいない時を頭に思い描いたことで、あの老人の予言を重ねたのだろうか。一度思い出してしまうと、あの時感じた不安も蘇ってくる。
 シーツを掴んでいる手に力が入った。
「俺は……あいつの傍にいて良いのでしょうか」
 突然の意味不明な問いに訝しがられると思ったが、父は実直な表情のまま、こちらを見つめていた。まるで、自分の心の内を全て見透かしているかのように。否、本当に見抜いているのだろう。
「マーリンが言ったんです。俺は、あいつの希望だと。俺がいる限り、あいつは絶望に潰されることはない、と」
 父からの返答はなかった。ただ黙って自分の話を聞いている。ケイは続けた。
「けれど、俺はその言葉をそのまま受け止めることが出来ない。何か裏があるような気がしてならないのです」
 一瞬、あの老人のことをこのように言うのはどうかと迷った。父とマーリンは、母のつながりで自分が生まれる前からの知人であり、アーサーを預けられるほどの仲だ。そういうことからも、父があの老人を悪く思っているとはあまり考えられない。だから、このように言ってしまったら窘められるかもしれないと思ったのだ。
 だが、父は変わらず黙ったままこちらの話に耳を傾けている。その態度にむしろ自分の方が訝しんでしまう。父はあの老人を、実は快く思っていなかったのだろうか。
 否、父があの老人をどう思っているかを追求しても仕方がないことであった。残り少ない時間、自分には他に言わなければならないことがある。
「それに……俺は、今まであいつに良い感情を持っていなかった。父上もご存じだったと思いますが……その感情は、今もまだこの心に残っています」
 自分がアーサーに対して劣等感と嫉妬を持っていたことを、今まで口にしたことはなかった。父も指摘してきたことはなかった。しかし、父は自分のそんな感情になど、当の昔から気付いていただろう。誰よりも周囲を見ている人であり、誰よりも自分を見ていてくれていた人であったから。
 そして今、こうして自分の中にある負の感情を口にしたことで、不安はより高まっていくこととなる。一度はアーサーの傍にいると決意した。だが、本当にそれが正しい選択なのだろうか。そう思うのは、マーリンの言葉があったからだけではない。決意したからといって、それで負の感情を完全に消し去れるわけではない。今でも心の奥底に燻っているのだ。
 そう思った瞬間、手に力が入り、シーツに皺が寄った。
「……怖いんです。このままあいつの傍にいて、またその感情が湧き上がってきたらと思うと。そうしたら、俺は……」
「ケイ」
 恐れを抱いた言葉を途中で遮られ、ケイはハッとする。改めて父を見やれば、静かに、だが強い口調で告げられた。
「お前のアーサーへの嫉みは、お前がアーサーを愛しているからこそ生まれるものだ」
 その言葉は、心に深く響いた。今までそのように考えたことはなかった。負の感情は、愛情を曇らせる存在でしかないと、そうとしか考えられなかったのだ。
「だから、心の闇に捕らわれそうになったら思い出せ。自分がアーサーを憎む以上に愛していることを」
 負の感情の存在意義など、ないと思っていた。傍にいることを選んだなら、あってはならないと。しかし、父はその負の感情さえ受け入れてくれた。受け入れ、存在することの意味を説いてくれた。アーサーの傍にいても、無くす必要はないと教えてくれた。何故なら、その負の感情は、自分がアーサーを愛しているからこそ存在するのだから、と。
「ケイ」
 父がもう一度自分の名を呼ぶ。手を強く、だが優しく握った。
「私は己の人生に何の悔いもない。お前の母と出会い、お前を授かり、数奇な運命からもう一人息子を得ることも出来た。その二人の息子は、これから共にログレスの平和を築き上げていく。これほど嬉しいことはない」
 そこで一旦言葉を切り、この上ないほど優しい笑みを浮かべた。
「お前達には、感謝している」
 次の瞬間、ケイの瞳から涙が溢れ出てきた。握り合う手の上やシーツに落ちて濡らしていくが、拭うことさえ思い付かない。滲んだ視界には、微笑んだ父の姿しか入らなかった。入れようとしなかったのである。
 もう、心に後悔の念はなかった。ただ、もうすぐ父を失うことが悲しく、そして父がこんなにも自分を想っていてくれていることが嬉しくて、ただひたすら泣き続けた。
 ケイはこの先どれほどの時が経とうとも、この日の事を忘れないと心の中で誓った。父に言われた事も、全て。それがあれば、この先何があろうと自分は生きていける。負の感情……心の闇に囚われることなく、アーサーの……弟の傍で。

 それから二日後。父は静かに息を引き取った……。

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[ 2007/03/10 23:49 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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