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Sir Kay~Brother Of King~第三章<19>




   第三章「弟の影となり」<19>



 あの日の事は、今も鮮明に焼き付いている。
 気怠げな雰囲気で妖しく微笑むモルゴース。
 激情に身を焦がした瞳で睨むアーサー。
 まるで悪夢のようだった。
 だが、全ては現実だ。
 決して起こってはいけなかった、残酷な現実。
 だから、隠し通さなければならないと思った。
 周りからも、アーサー自身からも。
 絶対に知られてはいけないことだから。
 生涯、己の胸の内だけにしまっておこうと決意していた。
 だが、モルゴースによく似た顔を持つ魔女の一言によって。
 何もかもが徒労に終わってしまったのだ……。



 ピンと張りつめた空気が突き刺さる。
 先程まで指の先さえ動かせなかった体が自由になっていることにもすぐに気付けなかった。
 無邪気に笑う魔女・モルガンの今の言葉が頭の中で木霊している。
 彼女は言った。
 アーサーに会えて嬉しい、と。何故なら。
『やっと弟に会うことが出来たから』。
 ぎりり、と無意識に歯噛みしてしまう。あの日から隠し通してきた事実を、暴露されてしまったのだ。他でもないアーサーの、目の前で。
 ゆっくりと顔を後ろへ向ける。皆が驚きを隠せないでいながら、視線だけはアーサーの方へ向けているのが見えた。
「何……だって?」
 長い沈黙をアーサーが破る。その声は動揺の為か、ひどくかすれていた。
「その通りじゃ、アーサーよ。この者こそ、儂の弟子であり、お前に話していた三人の姉の一人、モルガンだ」
 マーリンがモルガンの隣に並ぶように前に出る。アーサーとは対称的に冷静沈着な声音だ。
 その彼の言葉に返答したのはアーサーではなく、モルガンの甥であるガウェインであった。
「叔母上は……陛下の……姉君だったのですか?」
「そうよ。あら、ガウェインは知らなかったの?」
「当たり前でしょう! そのような話、完全な初耳です!」
 のほほんとしている叔母に、思わず甥は声を上げる。それも当然だろう。モルガンがアーサーの姉ということは、彼女と血縁である彼にとってもうひとつの事実を告げているのだから。
「貴女は……ガウェインの叔母君でしたね」
 ふいに響いた声に全員がハッとする。マーリンとモルガンは除いて、だが。
 ついにアーサーが動いたのだ。先程とは違い、動揺は感じられなかったが、それが逆にこちらの胸に刺さる。
「ええ、そうよ」
 モルガンがにっこり微笑んで答えた。アーサーは、一度口から息を吐き出してから、再度彼女に尋ねる。
「ということは、ガウェインの母君であるモルゴース殿は貴女の姉君……。そして、貴女が私の姉君であるというなら、モルゴース殿は……」
 そこで突然アーサーは口ごもった。その先を口にするのを躊躇っているかのような様に、ケイは何かしなくてはという衝動に駆られ、口を開く。
 だが、口は開いただけで何も言の葉紡いではくれない。今の自分に言えることなど、何ひとつありはしなかったのだ。
「そう。モルゴース姉様も貴方のお姉様よ」
 躊躇うアーサーの代わりに、モルガンがその答えを出した。それは至極、あっさりと。
 同時に表情が歪むアーサーに、ケイは思わず目を逸らす。その理由を知っているだけに、アーサーも他の者の顔も、とても見ていられない。
 モルガンの言葉は更に続いた。
「本当は私とモルゴース姉様の間にもう一人いたのだけれど、彼女は病で既に亡くなっているわ。だから、今いる貴方の姉は、私とモルゴース姉様だけ」
「……私の姉だとおっしゃって下さるのですか? 私の父は、貴女達の父君を陥れ、母君を奪った男であるのに」
 アーサーの声の調子が少し落ちたことで、ケイは思い出した。別のことに気をとられていて、もうひとつ重要なことが頭から抜けてしまっていた。
 二人は、確かに血の繋がった姉弟だが、厳密に言うと、異父姉弟なのだ。
 アーサーの実父であるユーサー・ペンドラゴンは、モルガン達の父・ゴルロイス卿を卑劣な策略で殺し、彼の妻・イグレーヌを奪った。そして、アーサーが生まれたのだ。
 半分とはいえ姉弟であっても、モルガン達にとって自身は、自分達の家族を崩壊させた男の息子でもある。それを考えれば、正直彼女達に憎まれていても当然だとアーサーは思っているのだろう。その父親に入れ知恵をしたのは、マーリンなのだが。そのことはあまり念頭に置いていないのだろうか。こちらとしては、この老人が余計なことをしたのが、そもそもの元凶なのではないかと思えて仕方がない。
 しかし、逆に考えると、この老人がユーサーに入れ知恵をしなければ、アーサーは生まれてこなかったのである。何とも皮肉な話だ。
 では、モルガン本人はどう考えているのか。
 彼女はアーサーの言葉にそんなこと、とでも言うように笑った。
「それは、貴方のお父様の罪ですもの。貴方自身には何の落ち度もないわ」
「しかし……」
「たとえ半分でも、私達は血の繋がった姉弟なのよ。憎しみ合いなんてしたくないわ」
 そう言ってにっこりと微笑む。
 嘘をつけ、と大声で叫びたくなった。その無邪気な笑顔に皆は騙せても、ケイは騙されない。彼女の本性はこの中の誰よりも見てきたのだから。
 彼女は、モルゴースの行動を知りながら止めようとはしなかった。それは姉の目的……アーサーへの復讐を黙認していたことになるのではないか。
 更に坑道で自分達を救った時は、『アーサーは自分の手で殺さなければ気が済まない』と言った。本人は冗談だと誤魔化していたが、あの時の目と声はぞっとするほど冷たく、少なくとも半分は本気であることが覚れた。
 そんな彼女が憎しみ合いなどしたことがない、などと言って、どうやって信じられるというのか。
 だが、彼女の事をよく知らない者には、そんなことは分からないだろう。かといって、自分の口から言うことは出来ない。余計に口出しして変に勘ぐられても困る。
 そこでハッと気付いた。自分よりも彼女をよく知っている人物がいるではないか。彼が言う方が自分よりも説得力がある。心の中でそれを密かに願う。
 すると、思った通り、彼女の甥であるガウェインが身を乗り出すのが目に入った。
「そうです、陛下! 陛下にとってようやく出会えた肉親ではないですか。憎しみ懺悔し合うのではなく、許し想い合うべきです!」
 強くアーサーの肩を叩き、どこか嬉しそうな表情で彼はそう言った。ケイはがっくりと項垂れる。そうだった。この男に誰かの、ましてや親族を悪く言うことなど出来る筈がない。弟のアグラヴェインに対しての例外もあるが、あれは悪く言っているという自覚がないから出来たこと。
 要は、託したこと自体が間違いだったのだ。
 苛立ちを抑える為に髪を掻きむしる。ゆっくりと視線をあげると、アーサーが、眉間に皺を寄せているのが見えた。その表情がとても辛そうでこちらの方が辛くなってしまう。
 姉本人や、その甥から気にするなと言われても、やはり気にしてしまうものだ。こういう時は、むしろ責められた方が楽なのかもしれない。
 しかし、今彼の心を苦しめているのが他のことであるのを、ケイは知っている。マーリンとモルガンもそうだろう。
「いいわ、ガウェイン」
 叔母から優しく声をかけられ、ガウェインが振り返る。
「叔母上……」
「突然こんなことを言われたら、誰だって混乱してしまうわ。今はアーサーに会えたことと、彼に私が姉だと伝えられただけで満足。大丈夫、時間はこれからたっぷりあるもの」
 たっぷり、の部分が何故か妙に大きく聞こえたのは気のせいだろうか。だが、それは本当だろう。彼女はこの先ガウェインの叔母というだけでなく、アーサーの異父姉としても関わってくる。これからはもっと顔を合わせることが多くなる可能性があるということだ。それを考えると、自然と気が重くなった。
「これで、お前の願いは叶ったな、モルガン」
「ええ。ありがとう、お師匠様」
 モルガンに声をかけるマーリンと、にこにこと笑って返答するモルガンの会話も遠くから聞こえてくるようだ。あの日のことも悪夢だったが、今の状況は遙かにそれを上回っている。このまま目をつぶって寝たら、夢になるとしたら、迷うことなくやっていただろう。それほどに認めたくない現実だった。
 陰鬱とした空気が晴れないまま、立ち振る舞いを改めたマーリンが振り返り、アーサーを見やる。
「アーサーよ。これで儂がお前に伝えることはもうない。信頼し合う騎士達と、数少ない肉親である彼女らと共に力を合わせ、ログレスを治めていくのだ」
 それは、恐らく最後の言葉なのだろう。この老人は、アーサーが正式にログレス王となったのを機にどこかへ旅立つと言っていたのだから。
 自分達にダーナ神族の遺産である『円卓』を託し、同様の遺産である『聖杯』を探すことを伝えて。
 そして、最大の爆弾を落として。
 アーサーは、幼少の頃から自身を導いてくれていた老人に何も言わず、ただひとつ頷く。しかし、その頷きには、最初の頃の強さは微塵もなかった。それに気付いている筈なのに、老人は決して触れようとはせず、一度こちらに目を向けると、モルガンを伴い、会議の間から退出していった。
 最後だというのに、何ともあっさりとした別れなのか。しかし、そのことを誰も指摘しようとはしない。あまりの衝撃の事実に動揺していることもあったが、何よりアーサーの表情を見てしまうと、とても涙ながらに別れるなど、出来そうになかったからだ。
 皆がアーサーへ視線を向けたまま沈黙が流れる中、ふとケイは真ん中に置かれた『円卓』を片隅に入れた。これをマーリンより渡され、『円卓の騎士』を名乗れと告げられた時は、自分はともかくアーサー達はすごく高揚していたものだ。これから先のログレスの未来を想像して、希望に満ち溢れていた。それがたったひとつの事実でこうも崩されてしまうなんて。自分が思うのも何だが、妙に悔しい気分だ。
「陛下……」
 ランスロットが静かに声をかけてきたのを、アーサーは口元だけに笑みを浮かべた形で応えた。無理に笑おうとしているのは明白で、それが逆に痛々しい。心配したランスロットが駆け寄ろうとしたのだが。
「すまない。少し一人になりたいんだ」
 手を前に突き出し、遮ったアーサーはもう一度弱々しく微笑むと、こちらを残して退出してしまった。その間、誰も声をかけられなかった。かけられるわけがなかった。
 今にも儚く消えてしまいそうなその背を、ケイは見えなくなるまで目で追っていた。
 完全に扉の外へと消えてしまったところで、衝撃と動揺で忘れ去っていた怒りが蘇ってきた。キッと眉を吊り上げ、怒りの矛先を向けた二人の姿を思い浮かべて駆け出す。
「ケイ?」
 ルーカンが驚いたように名を呼んできたが、構ってなどいられない。
 激しい音を出しながら扉を開け、正門の方へと走る。マーリン達がどちらへ行ったかなど分からない。だが、彼らが宴に参加するとは思えないので、恐らくこのまま城を出て行く筈だ。裏門から出ることを考えなければ、行き先は正門しか思い付かなかった。尤も、魔法を使われていたら、こちらの予測など何の意味ももたないが。
 しかし、運良く自分の勘は当たっていたようだ。
 見覚えのある二つの後ろ姿が目に入ってきた途端、無意識に叫んでいた。
「おい! 待てよ!」
 人の少ない大廊下では、声が思った以上に響く。大声なら尚更だ。
 しかし、当の二人は驚いた様子もなく、振り返った。
「どうした、ケイ」
 実に平静な声が返ってきて、それが以上に苛立ちを増加させる。
「どうした、だと? 涼しい顔してんじゃねぇよ!」
 苛立ちをそのままぶつけると、モルガンがマーリンの後ろに隠れる仕草をとった。
「何かケイ様怖いわ。お師匠様、私先に戻っていますね」
 怖いなどと言ってはいるが、こちらを見る表情はとても楽しそうだ。
 睨み付けると揶揄するように「きゃっ、怖い」と顔に手を当て、風を纏って消えてしまった。
 残ったのは、ケイとマーリンだけだ。
「怒りに満ちておるな。今のお前の心は」
 モルガンの消えた場所を睨んでいると、再びマーリンが声をかけてくる。相も変わらず、平静に。
 睨んだ瞳を老人の方へ向ける。
「当たり前だ! 一体、どういうつもりなんだ!」
「と、いうと?」
「アーサーに、モルガンとモルゴースが実の姉であることを伝えるなんて……。モルゴースとの間にあったこと知っていてよくそんなことが出来るな!」
「知っていたからこそ、儂は真実を語ったのじゃよ」
「何だと?」
 予想外の言葉に、ケイは一瞬耳を疑った。
「人はその罪を、身をもって知ってようやく己を戒めるものだ。これでアーサーは、この先良き王であり続けることだろう」
 愕然としてしまった。では、何か。モルガンを会わせたのも、彼女が姉である事実を知らせたのも、全てアーサーの為だったと、この老人は言うのか。分からない。自分には全く理解出来ない。否、理解したくない。
「……あんたの持論なんざ、聞きたかねぇよ!」
 マーリンの目前まで駆け寄り、勢いのまま胸ぐらをつかむ。それでも老人は冷静な表情を変えない。その何もかも見通したような瞳で見つめられると怖くなり、つい顔を背けたくなるが、怒りで耐えた。
「これから王としてログレスを治めていくあいつに爆弾を落としていって、自分はそのままとんずらか! ふざけんじゃねぇぞ!」
 怒鳴りつけようとも老人は顔色ひとつ変えない。尤も、それはいつものことだ。今までこの老人が冷静さを崩したところなど、ケイは一度として見たことがない。そもそも何を考えているのかさえ、見抜けたことなどなかった。
 マーリンは、しばらくこちらを黙って見つめると、やがて口を開いた。
「そうか……。ならば、お前にひとつ言葉を残そう」
 こちらの言い分を全く聞いていない返答に、またケイは苛立つ。
「俺にじゃない! アーサーに……!」
「心せよ。さもなければ、女と禁断の木の実が王国を崩壊へと招くであろう」
 それは、呟きに近かったが、こちらの言葉を止めるのに十分な力を持っていた。思わず、胸ぐらを掴んでいた手を放してしまう。
 表面的には、マーリン本人に変わった様子はない。しかし、瞳の奥底に今までなかった異様さを感じ取り、背筋が寒くなってくる。唾をゴクリと呑み込むことで、逃げ出したい衝動を何とか抑えた。
「……どういう意味だ?」
 衝動は抑えたものの、声の震えは止められず、緊張を相手に明かしてしまう形になる。それでも聞いておかなければならない。恐らく、いつもの予言の類であろうが、言葉の中に『王国の崩壊』が入っていることを考えれば、見過ごすことは出来ないのだ。
「さてな。儂は感じ取ったままの事を言ったまでじゃ」
 あっさり「分からない」と答えたマーリンに、一瞬唖然としてしまう。その間に当の本人は、こちらを無視して再び正門の方へ歩き出す。遠くなる背中に我に返ったケイは、止める為に叫んだ。
「ふざけんな! 女って誰だ? 禁断の木の実って何の事だ? 全部説明し終えるまではどこにも行かせねぇぞ!」
 ピタ、とマーリンが足を止める。歩みは止めたが、こちらを振り返る気配はなく、疑問に答える気配もない。ケイは訝しんだが、答えが返ってこないことに苛立ち、もう一度叫ぼうと、息を大きく吸い込んだ。が、次の瞬間。
「ケイよ。以前、儂がお前に告げた言葉を覚えておるか」
 突然話を振られて、ケイは困惑する。話を振られたこともそうだが、振られた話題も困惑してしまう理由だった。先程からこの老人は、こちらの疑問に答えようとしないばかりか、全く脈絡のないことを言う。ここまでくると、呆れてしまう。
 叫ぼうとした調子のまま、答える。
「知るか! そんなことより」
「答えよ」
 返ってきたのは、静かだが有無を言わさない強さを持っていて、ケイは怯んでしまう。無視してやろうかとも思ったが、本能が駄目だと訴える為、渋々ながらも答えることにする。
 聞かれているのは、以前二人で会話をした時にこの老人が自分に告げた予言のことだろう。彼が自分に告げたことなどその時ぐらいしかないのだから、考えなくても分かった。
「小さき翁は巨なる道へ繋ぐだろうってやつだろう。それなら当たってたよ。確かに……」
「違う」
 途中で切り捨てられるように否定され、ケイは眉を寄せる。すると、マーリンが身体の半分だけをこちらに向けてきた。
「もうひとつ、儂はお前に告げた筈じゃ」
 老人とは思えぬ鋭い瞳が、真っ直ぐに自分を見据えている。思わず目を逸らそうとしたが、魔法にかかっているわけでもないのに身体が動かない。そういえば、瞳を見ただけで相手を石にする魔物がいたな、とまるで関係のないことを思い出す。
 これ以上は、聞いてはならない。何故か、そう感じていたが、耳はその機能を一時停止してくれるわけもなく、老人から放たれた言葉を一字一句聞き逃さなかった。
「お前はアーサーの希望となる、と。その通りであったろう」
 ドクン、と心臓が高鳴る。異常に音が速くなるのに、このままいくと止まってしまうのではないかと思ってしまう。尋常じゃない大量の汗がぶわっと溢れ出てくるのも感じた。
 聞いていたのが二人で会話した時のことであるのは、当たっていた。だが、告げられた言葉、というのは、巨人族の里に行くことの方ではなく、終了間際に口にした一言の方だったのだ。実際に言われた時は、奇妙さは感じられても特に気にはしていなかったのだが、今の状況で再度言われると、幾度も木霊し、もう頭から離れはしなかった。
「アーサーは、この先己の罪を悔やみ続けるだろう。それを支えられるのは、真実を知るお前だけ。だから、お前はアーサーの希望なのだ」
 それは認めたくないが、外れてはいない。事実を知ったアーサーは、己が起こしてしまった過ちを一生悔やんでいくだろう。誰に言えることなく、隠し続けながら。傍で唯一事実を知っている自分は、唯一その背負っていく重荷を軽くしてやれる存在になるだろう。『希望』という言葉は、それを見越した上でのことだったのか。
 だとしたら、何と恐ろしい。
「……何を企んでいるんだ」
「何を、とは?」
「あんた、本当にアーサーを王にしたかったのか? 俺にはどうしても、あんたがあいつを陥れていれたがっているようにしか見えない」
 アーサーが王だと最初に宣言したのは、マーリンだ。王の証である、アーサーが抜いたエクスカリバーも、元々はこの老人が用意したもの。それだけを考えれば、この老人は、アーサーを王にしたかったのだと言える。
 しかし、しかしだ。エクスカリバーを抜き、アーサーが戦いを決意した後のマーリンの行動も考慮すれば、一概にそうとは言えなくなる。モルゴースが接近してきても止めようとはせず、彼女によって引き起こされた忌まわしい出来事を間接的に暴くなど、わざわざアーサーを傷つけるような真似をした。それは罪を戒めることで良き王にする為だと言うが、そんな理屈は納得出来ない。第一、アーサーなら罪を背負わずとも良い王になった筈。この老人のしたことは、どう見方を変えても良い風には結びつかない。
 一体、この老人の真の目的とは何なのか。
「儂はアーサーが王になることを望んでいた。それが叶った今、最後に望むのは、アーサーの治世がより長く続くことだけじゃ」
 ふ、とマーリンが微かに笑みを浮かべる。それさえも含みがあるような気がしてしまう。ケイの中には、疑心だけが増していた。
「そして、その願いは、お前がアーサーの傍にいる限り叶い続けよう。お前がいる限り、アーサーが絶望に潰されることはないのだから」
 それは、自分が『希望』だからなのか。自分がいることは、アーサーにとって良いことなるのか。聞きたいのに、何故か口を開けても言葉が出てこない。
「儂は、もうここへ来ることはないじゃろう。だが、忘れるな。儂はいつでもお前達を、この国を見守っていることを」
 その言葉を最後に正門へと歩き出すマーリンを、ケイにはもう止めることは出来なかった。ただ、老人が残した数々の言葉が、頭の中で反芻している。
 彼は自分をアーサーの『希望』だと言った。自分がいる限り、アーサーが絶望に潰されることはない、と。
 しかし、ケイはそれを素直に受け止めることは出来なかった。そして、そのことが自分の中で下した決断に疑問を抱かせることとなってしまう。
 本当に自分はここに、アーサーの傍にいていいのだろうか。自分が傍にいることは、本当にアーサーの為になるのか。
 湧き上がった疑問を振り払うことは出来ず、どんどん心にのし掛かってくる。かといって、答えを知っているであろう老人は、もういない。他の者に話すことも出来ない。どうすることも出来なかった。
 ふらふらと元来た道を戻るが、会議の間にも宴の席にも行く気にはなれず、ふと屋上へと足を向ける。一人になりたい時には、最適の場所だ。
 階段をゆっくり上っていくと、やがて扉が見えてくる。その途中で気付いた。扉が少し開いていることに。
 誰かいるのか、と一瞬行くのを躊躇ったが、急に直感が働き、そのまま足を動かし続ける。以前来た時は強い向かい風が吹いていたが、今は風がないのか、扉はあっさりと開いた。
 空は既に暗くなっており、一面に満点の星が輝いている。だが、ケイの目にはその美しい光景は入っていなかった。
 目に入っていたのは、手摺りから夜空を見上げる金髪の少年だけ。
「アーサー……」
 自然と名前が口に出ていた。本人にも聞こえた筈だが、振り返ってはこない。
 ゆっくりとした足取りで、彼の背に近付いていく。すぐ後ろに来ても、アーサーは振り返らないので、もう一度声をかけようとした。その時。
「……モルゴース殿が、私の姉上だった……」
 ぼそりと独り言のような呟きが聞こえてきた。その内容にケイは言葉を呑み込む。
 そこで、アーサーは初めてこちらを振り返った。
「兄上は……知っておられたのですね」
 今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべて言う。そうだ、と答えることも頷くことも出来なかった。アーサーも答えを待っていたわけではなかったらしく、また顔を夜空に戻した。
「最初お会いした時から、どこか惹かれるものを感じると思っていた。それが、血の繋がりによるものだったなんて……」
「アーサー……」
 自嘲気味に、そしてまた独り言のように呟く。そこからは何の感情も感じ取れなかった。しかし次の瞬間、ぎりり、という音が聞こえてきそうなほどに手摺りを掴む手に力を入れ始める。その様子から、見えずとも表情を苦渋に歪ませていることが分かった。
「私は何という許されざる罪を犯してしまったのだ……! こんな私に、王になる資格など……!」
「アーサー!」
 お前が悪いのではない。お前は、何も知らなかったのだから。
 そう言って彼を楽に出来るなら、いくらでも言っただろう。だが、それは出来ない。言ったところで楽にさせるどころか、より苦しませるだけであるのが明白だったからだ。
 では、何を言えばアーサーを……弟を楽にしてあげられるのか。それも思い付かない。
 重い沈黙が流れても、自分が弟に言ってあげられることは何もなかった。
 すると、突然扉が開く音が大きく響き、驚いた二人は後ろを振り返る。
 扉を開けたのは、ベディヴィアだった。走ってきたのか、少し息を切らせており、しかもいつもの彼からは考えられないほどに表情は感情を露わにしている。その様子から、ただならぬものを感じた。
「どうした、ベディヴィア。何を焦って……」
「早く来い」
「何かあったのですか?」
 言葉からも彼の焦燥は明らかで、自分だけでなくアーサーも訝しんでいる。
 ベディヴィアは一瞬躊躇ったようだったが、やがて静かに告げてきた。
「エクター卿がお倒れになられた」
 信じがたいその言葉に、ケイもアーサーも理解するのに時間がかかった。

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[ 2007/03/03 23:11 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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