スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

Sir Kay~Brother Of King~第三章<17>




   第三章「弟の影となり」<17>



 異国からの侵略者達との勝利により、ログレスの長く暗き世は、終わりを告げた。
 アーサーは正式なログレス王に即位し、妻となったグィネヴィアと共に国中から集った人々の前に立った。
 切実に待ち望んでいた英雄の誕生。人々は歓喜の声を上げ、新たな王の名を叫ぶ。その光景をアーサー達の後ろに控えて見ていたケイは、正に平和の扉が開いた証であると感じた。
 そして、多くの人々の前に毅然と勇ましく立つアーサーは、もう立派な王であることを、痛切に実感したのだった。
 その後、ログレスの平和の訪れ、英雄王の誕生、アーサーとグィネヴィアの結婚。これら全てを祝う宴が、キャメロットの大広間で盛大に行われた。
 この日に限っては、平民貴族の区別無くという新国王の配慮の下、参加者全員が心底楽しめるように料理や酒がふんだんに振舞われている。人々の笑顔と明るさに満ちた声に包まれた姿は、ログレスの平和を象徴していた。
 ケイは、そんな華やかな場から少し離れ、端の方で一人壁に背をもたれ掛かっている。その表情は、周囲の人々とは裏腹に厳しいものだ。こういった場所はあまり好まない性格というのもあるが、理由はそれだけではない。
 坑道で自分を助けたモルガン。彼女が言い残した「近々また会える」という言葉が、ケイの中で未だに引っ掛かっていた。自分を助けてはくれたが、彼女の……正確には彼女の姉の目的は、自身の家族を崩壊させた男の息子・アーサーへの復讐である。モルガンも同じ想いを持っている可能性は充分に高い。だから、この喜びの日に何か行動を起こしてくるのではないか、と周囲に目を光らせているのだ。
 そうして辺りを見回していると、あまり見つけたくなかった人物を見つけてしまう。顔を逸らすのが一瞬遅れて目が合い、しまった、と思った。
「ケイ!」
 大きく手を振り、ガウェインがランスロットを伴い、近付いてきた。ケイは少し顔を顰め、肩を落とす。
「一人か? ルーカン達はどこに?」
 こちらの様子には全く気付くことなく、ガウェインはいつもの人の良い笑顔で聞いてきた。何故か自分にあの兄弟の事を。
「知らねぇ。何であいつらの居場所を俺に聞くんだよ」
「お前達はいつも一緒だろう。知っていると思っただけだ」
「勝手に一緒くたにすんな」
 確かにあの兄弟とは行動を共にすることが多いという自覚はある。だが、だからといって常にお互いを把握していると思われるのは非常に迷惑だ。
 尤も、どうやらガウェインの方も別に彼らを捜しているわけではなかったらしく、特に気にした様子はなかった。
「はははは! いいではないか。気にするな!」
 笑いながらバシバシと強い力で背中を叩かれ、ケイは思わずのめってしまう。いつも以上の陽気な男の態度に勘付く。
「……お前、酔ってんな」
「酔いもするさ。この素晴らしき日に酔わないでどうする! なあ、ランスロット!」
「見ろ、ケイ! ここにいる者達の喜びに満ちた顔を! いや、ここだけではない。ログレス中の民が長き暗黒の世の終わりと輝かしい未来の始まりを祝い、謳っている筈だ。……母上や弟達にも見せたかったな」
 その名が出てきたことにギクリとする。そういえば、モルガンにばかり気を取られて姉の方を忘れてしまっていた。
 ガウェインがその姉の息子であることも。
「モルゴース殿は……来ていないのか?」
「ああ……その、少し体調が優れなくてな。弟もまだ小さい奴らいるから、アグラヴェインに任せてきた」
 突然口を濁すような態度をとるガウェインを、ケイは訝しむ。少し体調が優れないと言っているが、本当は重い病か何かなのだろうか。
 しかし、こちらが聞く暇を与えず、ガウェインは喋り続ける。
「まあ、いいさ。今日という日は見せられなくとも、これから先の未来は見せることが出来る! 俺達は今日この日より、英雄王・アーサーと共にログレスの平和を永遠のものとする為、切磋琢磨していくんだ。共に力を合わせて頑張っていこうではないか!」
 そう言うと、力強く手を握ってきた。いつも通りの熱い態度と握られた手の痛みに、ケイは顔が引きつってしまう。
「……ああ、分かっているよ」
「ははは! よろしく頼むぞ、宰相殿!」
 ガウェインは再びバシバシとこちらの背を叩くと、言いたいことだけ言って去っていった。正に嵐のようだと、後ろ姿を見ながら、少々げんなりする。
 すると、ランスロットが心配げに声をかけてきた。
「大丈夫か、ケイ卿」
「ああ……。ったく、これだから酔っぱらいは嫌になるぜ」
「己の命を捧げた主が、ようやく真に王と認められた嬉しさに酒も進んでしまったのだ。大目に見てはくれないか」
「それはそうだけどよ……。大体、あいつ口が軽すぎやしねぇか? 俺達が罠を停めに行ったことを結局暴露しちまうなんて」
 溜息を吐くと、ケイは頭を掻きむしり、脳裏で戦が終わってからこれまでの事を回想し始める。
 坑道からキャメロットへ戻ったケイとルーカンとベディヴィアは、異国からの侵略者達との戦に勝利したアーサー達の帰りを、やや緊張の面持ちで待っていた。アーサー、ガウェイン、ランスロット以外は、自分達が砦の罠を全停止する装置を起動させる為に坑道へ赴いていたことを知らない。それどころか、自分達はアーサーの命に背いたとして謹慎を言い渡されていると思っているのだ。そのように伝えるよう、アーサーに申し出たのは自分達であったが、果たして、厳しい戦から戻ってきた騎士達が何を言ってくるのか。雑言は子供の頃から慣れてはいるものの、それを考えると、やはり多少は気分も落ち込んでいたのだ。
 しかし、凱旋してきた騎士達は、開口一番、何と自分達の罠を停めたことをねぎらってきたではないか。どういうことかと驚きつつ、アーサー達の方を見やれば、特にガウェインが申し訳なさそうな表情をしているのが目に入った。問いつめてみれば、戦の勝利後、騎士達は自分達のことを悪く言われるのに耐えられなくなり、思わず真実を話してしまったのだという。それでは一体何のためにあの時隠すことを決めたのか。ケイは呆れるしかなかった。
「貴殿らが名誉を捨ててまで行動しているというのに、そのことを知らぬ騎士達が悪し様に言うのが耐えられなかったのだよ」
 ランスロットは、真剣な眼差しで弁明してくる。
 確かに真実が知られたことは、悪いことではなかった。ガウェインの伝え方が良かったのか、危惧していた罠を停める行為への反論もなかったようなので、それは救いだったかと思う。
 それにこのことにより、自分達の評価は騎士の面汚しから隠れた功労者へと一気に格上げしていった。多少アーサー達の後ろ盾もあってのことだが。これにより、ケイはアーサーの即位と共に宰相にしてキャメロットの厨房長という重職に就くことが出来たのである。騎士としては実に名誉なことであるが、自分としては非常に複雑な気分ではあったが。
「それにもし、彼が黙っていたなら、陛下が同じ事をしていただろう」
 更に言い募ってきたランスロットにケイは目を見開く。アーサーは、真実を隠すことを同意してくれていたが、本当は違っていたのだろうか。もし彼の言うとおりだとしたら、王としてはどうかと思うが、その方がアーサーらしい。ケイは、素直にそう感じていた。
「戦の最中も貴殿の無事を祈っておられたよ。……そう、陛下と貴殿は義理の兄弟らしいが、まるで本当の兄弟のような間柄だな」
 真顔でそんな事を言ってのけられ、酔ってもいないのに顔が熱くなってくる。ランスロットとまともに話すのは、実はこれが初めてなのだが、俗世を感じさせない端正な顔立ちに似つかわしい率直な物言いは、エルフの里で育ったからだろうか。ある意味、すぐに熱くなるガウェインよりも質が悪いかもしれない。
 このままではまずいと思ったケイは、話題を変えることにした。
「まあ、いいけどな。……そうだ、ランスロット」
 突然名を呼ばれてランスロットは首を傾げる。
「お前、エルフの里にいたから人間の女に免疫がないのか?」
「どうした。急にそのような」
 こちらの言葉の意図を分かりかねているようで困惑しているランスロットに、ケイはからかうような笑みを浮かべた。
「グィネヴィア王妃に見惚れていたみたいだからな」
 今度はランスロットの方が顔を紅潮させた。その姿にケイはますます笑みを深くする。
 それは、グィネヴィアがアーサーに嫁ぐ為に初めてキャメロットへ来た時のこと。彼女の美しさに全ての騎士達(自分を除く)が心を奪われていた。しかし、その中でも特にランスロットの瞳は釘付けになっていて、すっかり彼女の虜になっていたのである。
「王妃もお前の活躍を聞いていて随分と気に入っていたみたいだったしな。良かったじゃねぇか」
「ご、誤解だ。私はただ……あのように美しく素晴らしい女性にはお目にかかったことがなく、陛下ばかりかこのような方にも仕えていけるという喜びに奮えていただけであって、見惚れていたなど断じて……」
 揶揄してみると、ランスロットは焦って必死に弁解してくる。いつも冷静なこの男もこのような表情をするのか。意外な事実が判明し、ケイは思わず笑ってしまった。
「なに、焦ってんだよ。冗談に決まってるだろ」
 ランスロットは、笑っているこちらをしばし呆然と見つめていたが、からかわれたことに気付いたようで、少し腹を立てたような表情になった。
「か、からかわないでくれ、ケイ卿」
「俺はこういう性格なんだよ。ま、これから長い付き合いになるんだ。その間に慣れろよ」
 ポンと軽く肩を叩き、意地悪く微笑む。すると、今度は苦虫を噛み潰したような表情になったランスロットは顔を逸らし、
「……失礼する」
 と、憮然と言い放つとガウェインが去っていた方へ歩いていってしまった。
 ケイは壁に背をもたれかけ、遠くなっていくランスロットの背を笑いながら見送る。あまりお近づきになりたくない相手だと思っていたが、からかうと案外面白いかもしれない。これからのキャメロットでの生活、思ったよりも楽しめそうだ。
 再び一人になったケイは、ふと先程のガウェインの言葉を思い出していた。
 モルゴースは体調が優れないとのことだったが、妙に言い淀む彼のらしくない態度が気にかかる。やはり、重い病を患っているのだろうか。それとも、それもアーサーへの復讐と関わりがあるのかもしれない。何にせよ、注意を払わなくてはならないだろう。
 それとアグラヴェインの事だ。モルゴースの次男でありガウェインの弟であるアグラヴェインとは、少しだけ話したことがあった。荒んだ目をし、人に触れられることを嫌悪していた少年にケイは珍しく興味をもっている。この宴で会えるかと思っていたのだが、当てが外れてしまったようだ。今頃、どうしているのだろうか……。
 そんな風に考え込んでいると、横から気配が近付いてくるのに気付いた。
「もし、ケイ卿ですかな」
 名を呼ばれ、振り向けば、そこには身なりの良い紳士風の男が立っていた。年の頃は父と同じくらいだろうか。
「そうですが……貴方は?」
「申し遅れました。私はカドール。ノーサンバランドの騎士です。貴殿に一度ご挨拶を、と思いまして」
 丁寧に頭を下げ、手を差し出してくる姿にケイはああまたか、と思った。このようなことはこの宴の中で何度もあったからである。宰相となった自分に顔を知ってもらえていれば、アーサーにももってもらえるかもしれないという算段なのだろう。要は自分を出しにしているというわけだ。尤もそのことに腹を立てるつもりはない。重職に就くということは、それだけこのようなわずらわしいことが増えることは理解している。
「それは、わざわざ恐れ入ります」
 如何にも愛想のいい笑みを浮かべて手を握り返した。それを見たカドール卿も同じように笑みを浮かべてくる。こうすれば相手は満足してさっさと別のところへ去っていってくれるのを、ケイは経験上から確信していた。カドール卿もそうであろう。
 しかし、その前にもう一人の訪問者が現れた。
「あなた。何をしていらっしゃるの」
 声をかけてきたのは、カドール卿と同じくらいの歳の女性だった。派手なドレスにいくつもの宝石を散りばめ、首には金色のネックレス、更に指には石の大きい指輪をはめている。きつめな顔は、あまり好感をもてそうにない。
「勝手にいなくならないで下さいな。あなたはたたでさえ影が薄いのですから、捜すと一苦労なのですよ」
「こ、こら。ケイ卿の前で失礼な。……申し訳ありません。こちらは妻で御座います」
 きつめな顔のとおり、性格もかなりきついようだ。
 身なりはいいがどちらかというと控え目な夫と、派手で目立つがお世辞にもセンスが良いとは言えない妻。随分と対極な夫婦だとケイは心の中で思う。
 カドール卿の方から紹介を受け、軽く頭を下げると、夫人はジロジロとこちらの顔を覗きこんでくる。センスだけでなく、マナーもあまりよろしくないらしい。
「ケイ卿……と申しますと、陛下と義理の兄弟であるというコネだけで宰相となられたと噂の?」
「な、何を言い出すのだ! も、申し訳ありません。妻は何か勘違いしているようで」
 妻の突然の発言にカドール卿は慌てて取り繕ってくる。その様子から察するに、どうやらそういう噂があるのは本当のようだ。とはいえ、外れているわけでもないので、こちらとしては特に気にならないが。
「別に構いませんよ。本当のことですから」
「まあ、ケイ卿は思ったよりも懐の広い方ですのね。安心しましたわ。では、あなた。早く戻ってきて下さいね。また捜すことになるなどごめんですわよ」
 そう言って夫を睨みつけると、夫人はさっさと人だかりの方へ戻っていった。恐らく本当に懐が広いなどとは思っていないだろう、というのは彼女の心ない言い回しからも明らかだ。自分もあまり良い性格ではないと思っているが、正直あそこまでではないだろう。むしろ、自分が霞んで見えるほどだ。
 何も言わないでいると不機嫌になったと思われたのか、カドール卿がどこか不安げに口を開き、頭を下げてきた。
「申し訳ありません。妻が失礼なことを……」
「お気になさらないで下さい。それにしても、随分とはっきりとした物言いをなさる奥方ですな」
「ええ、言わなくても良いことも口にしてしまう為、いつも困ってしまいますよ。……出来れば、あの子にはああはなってほしくない」
「あの子?」
 最後の方はほとんど独り言のようなものだったが、何だか気になってしまい、聞き返す。カドール卿自身も口にしていたことに気付いていなかったようで、どこか言葉を濁して答えた。
「あ……いえ……む、娘のことでして」
「だったら、気を付けた方が良いですよ。子は親を見て育つものですから」
 自分は全く父に似なかったが、大抵の子供というのは親に似るものである。その原因は、血筋によるものだとも環境によるものだとも言われているが、定かではない。どちらだとしても、子供は傍にいる大人、つまり親を見て、真似ながら成長していくのだ。そう考えると、父親ではないのに自分もその娘には彼女のようにはなってほしくないと、つい思ってしまう。
「いえ、似ることはないのですがね」
 先程は打って変わってはっきりとした物言いにケイは、少々目を見開く。また、言葉の意味も図りかねていた。何故、そうも確信したかのように娘は彼女に似ないと判断出来るのだろうか。
 しかし、それを聞き出す前に当の本人は用があると言って離れていってしまった。これ以上は聞かれては困ると思ったのかもしれない。
 一体何だったのだろうか。彼の事情など自分には関わりのないことだが、不思議と気にかかってしまい、腕を組んで考えてしまう。
 そうしていると、今度は慣れ親しんだ気配が近付いてきた。
「どうかしたのかい」
「何が?」
 振り返らずに応える。苦笑するような声が聞こえ、気配の正体・ルーカンとベディヴィアが前へ回り込んだ。
「眉間に皺が寄っているよ。楽しい宴に何か不服でも?」
「別に」
 指摘されるような表情をしていたことは認めるが、その理由は特に話すほどの事でもないし、いちいち説明するのも面倒くさい。
 そんな自分の態度はいつものことだと思ったのか、ルーカンはそれ以上聞くのを止めた。
「まあ、いいけれど。これからはあまりそういう顔をしてはいけないよ。何せ、宰相であり厨房長である君の顔は、キャメロットの顔でもあるのだからね」
「それはお前らも同じだろう。酒蔵長殿と近衛騎士殿」
「私達より、君の方が権力は上だよ」
 ああ言えばこう言ってこられ、ケイは面白くない。とはいえ、どのみちこの男に口では勝てないのも重々理解しているので、不機嫌な表情をするだけに留まる。
 自分がと同様、ルーカンとベディヴィアも罠を停めた功績を称えられたことで高い地位を得た。ルーカンが酒蔵長。ベディヴィアが近衛騎士である。
 左腕のないベディヴィアが近衛騎士になることは、最初反対する者もいた。しかし、これはアーサーがベディヴィアの事を考えて与えた地位でもあったのだ。近衛騎士となれば、アーサーの傍に仕えることが多くなり、無謀な戦いや試合に参加する機会が少なくなる。そうすることで、ベディヴィアの騎士としての自尊心を守れると、アーサーは考えたのだ。尤も、本人がそれほど騎士としての自尊心に執着しているかは微妙だが。
 そんなことを思い出していると、突然陽気な声が響いてきた。
「おお! 見つけたか」
 振り返れば、声のとおりの陽気な感じの男が自分の父・エクターを伴っているのが目に入った。その男の登場に、ケイは一気に不快な気分になった。
「父上」
 黙っている自分に代わり、ルーカンが返事をする。そう、この男はルーカンとベディヴィアの父親・ルーディスなのだ。
 ルーディスは父・エクターと懇意の騎士であり、その縁で自分とルーカン兄弟は幼少の頃から家族ぐるみの付き合いをしていた。陽気な彼は、常に周囲を賑わし和ませる。父も今は亡き母も、そしてアーサーも彼にとても好感を持っていた。
 しかし、ケイだけはある理由で彼をとことん嫌っている。それは、彼の女癖の悪さが原因であった。
 家族を持ちながら、ルーディスにはたくさんの愛人がいる。しかも、そのことを恥もせず、全く隠そうとしない。むしろ自ら公言しているぐらいだ。更に彼の妻や息子達……要はルーカンとベディヴィアは、そのことを少しも気にしていないのだ。何故、そんなことが出来るのか。自分には理解出来ない。ルーディスも、その家族の考えも。
 ケイにとって浮気や不倫をする人間は、クズかよほどの暇人かのどちらでしかない。男も女も生涯で唯一人を愛せれば、それだけで幸せだ。自分は父の生き方から、そう学んだ。だから浮気や不倫に走り、あまつさえそれを正当化しようとする者の考えなど、自分には全く理解の出来ないことである。
 息子のルーカンによれば、「たとえ複数の相手を愛したとしても、どちらもちゃんと愛していてそれを相手にも理解してもらっているなら、何の問題もない」とのことだが、そういうものなのだろうか。自分には分からな。分かりたくもなかった。
「久しいな、ケイ。すっかり成長して一瞬分からなかったぞ」
 自分の隣に立ったルーディスは、人の肩に手を置き、人なつっこい笑みを浮かべてくる。相変わらず馴れ馴れしい男だ。
 ケイは不機嫌さを隠さずに言った。
「……どうも、お久しぶりです」
「宴は楽しんでいるか。何なら、私の知り合いを紹介するぞ」
 ポン、と肩を叩き、人の良い笑みを浮かべてくる。知り合い、というのは女性のことだろう。そんなもの、冗談ではない。さり気なく、けれど強く肩の手を押し返すと、きっぱり断る。
「ご心配なく。そういったことには興味がありませんから。貴方と違って」
「ははは! まあ、そう言うな。この先のことも考えてお前もそれなりに扱い方を知っておいたほうがいいぞ」
 そんなことを言って、朗らかに笑ってくるのが非常に苛立った。嫌味に気付いていないのだろうか。否、それはない。確実に気付いていて言っているのだ。こう見えても、ルーカン達の父親なのだから。
 如何にも嫌そうな顔をして黙っていると、ルーカンが割って入ってきた。
「父上、ケイを困らせないでやって下さい。ケイは貴方のように節操なしではないのですから」
「……相変わらず、我が息子ながら手厳しいな」
 流石に息子に指摘されたことには落ち込んでしまうようだ。尤も、こんなことは日常茶飯事だが。
 それにしても、よく実の父親に対してあんな口が叩けるものだ。そこだけはある意味感心してしまう。自分には決して真似出来ないことだ。
「いやはや、それにしてもあの小さかったアーサーが王となり、お前がその宰相になるとはな。世の中どうなるか分からんものだよ。エクター、これでお前も安心だろう。どうだ、これを機に再婚を考えてみては?」
 こちらから離れたルーディスが、次の話題の矛先を父へ向けたことにケイはピクリと眉を動かす。しかも父に再婚を持ち掛けるとは。どこまで図々しいのか。
 だが、自分とは違い、父は全く取り乱すことはなかった。
「申し出はありがたいが、私にとって女性は妻唯一人と決めているので、な」
 自分が求めていた答えについ安堵してしまう。自分としても父には再婚して新しい人生を歩んでほしいという気持ちがないわけではない。それでも、父が母への愛情を忘れていないことが素直に嬉しかった。
 恋愛について、ルーディスとは全く正反対の考えを持っているが、父自身は彼の生き方に物申したことはない。自分の価値観を相手に押し付けるようなことはしない人なのだ。
 だのに、ルーディスの方は食い下がらず、尚言い募ってくる。
「そうか? 女はいいぞぉ。柔らかく暖かい。心を安らげてくれるぞ」
「父を貴方と一緒にしないでいただけますか」
 強引な態度に見かねたケイが助け船を出す。男もこれには参ったのか、両手を上げて肩を竦めた。
「やれやれ、分かった。では、どうするのだ? 王の養父としてキャメロットに残るのか?」
 三度目の話題は恋愛事ではなく、父の今後についてだった。彼の言う通り、自分の父であるエクターは、同時にアーサーの育ての親でもある。つまり、ログレス王の育ての親なのだ。育ててもらったという感謝の念から、アーサーは父にもかなりの高い地位を与える筈。そうすれば、このキャメロットでもかなりの影響力を及ぼすことが出来るだろう。それは、アーサーのある種の親孝行ともいえるのかもしれない。
 しかし、父の口から出てきたのは、驚くべき言葉だった。
「いや、私は国が落ち着いたら、隠居をしようと思っている」
 一瞬、耳を疑ったが、周囲の三人も驚いていることから、聞き間違いではないと覚る。隠居、つまり騎士を引退するということだ。そんな話は、息子の自分も一度も聞いたことがなかった。そもそも父はまだ引退をするような年齢ではない。頭に思い浮かぶことさえしたことがなかったのだ。
 驚く周囲とは裏腹に、当の父は全く落ち着き払っている。ハッと我に返ったケイが思い出したかのように詰め寄った。
「父上! そのようなこと、私は聞いておりません!」
「私が決めたのだ。お前が気にすることではない」
「しかし!」
「そろそろ陛下の元へ戻れ。お前は宰相なのだ。陛下のお傍がお前のいるべき場所の筈であろう」
 厳しく言われたケイは、それ以上言葉が出てこなかった。こうなっては父から理由を問いただすのは、自分には無理だろう。口惜しいが、ルーカン達に任せるしかない。
 ちらりと横を見やれば、ルーカンが小さく頷くのが目に入る。こちらの思いを汲んでくれたようだ。再び父へ視線を向けると、一礼をしてその場を去り、アーサーの元へ歩き始めた。
 その間も頭の中では、先程の父の言葉が反響していた。何故、父は突然あのようなことを言ってきたのだろうか。
 ふと、戦の前日の出来事を思い返す。父は、激しく咳き込む姿を見た。本人は単にむせただけと言っていたが、本当は何か重い病なのではないか。自分が記憶のある限りで父は病気らしい病気をしたことがない。いや、だからこそ今かかってしまったのだろうか。
 考えれば考えるほど、悪い方向にばかり想像が向いてしまう。もしその通りだとしたら一刻も早く療養させるべきだ。父にはまだ死んでもらうわけにはいかないのだから。
 自分は父に何も……。
「ケイ卿」
 凛とした声に途中で思考が止まる。顔を上げれば、すぐ近くにアーサーとグィネヴィアがまるで一枚の絵画のように並んで立っていた。考えに耽っていた為、いつの間に傍まで来ていたことに気付かなかったようだ。
「まあ、ケイ様。宴は楽しんでおられますか?」
 グィネヴィアが美しい笑みを浮かべてくるのに、慌ててこちらも笑みを作る。
「はい。王妃はお疲れでは御座いませんか? もしそうでしたら、遠慮せずに申し出て下さいませ」
「ありがとう。貴方は私にとっても兄のような方ですものね。これからよろしくお願いしますわ。」
 どこか空々しく感じた言葉にケイは顔はにこやかに微笑んだまま、心の中だけで苦笑を漏らした。彼女が自分を好ましく思っていないのは、以前に出会った時の態度からも明らかだ。ましてや兄のような、などとは間違っても思う筈がない。
 王妃とそれに仕える騎士という関係が前提にあるものの、義理とはいえ、これから自分は、一応彼女の小舅ということになる。顔を合わせる度にこんな胃を痛めるような気分を味わなければならないと思うと、それで余計に胃が痛くなってきてしまう。
 すると、こちらを黙って見つめていたアーサーが、グィネヴィアの方に視線を移した。
「グィネヴィア、少しケイ卿と話がある。あちらで休んでいてはくれないか」
 優しく、しかし有無を言わさぬ口調で促す。突然のことにグィネヴィアだけでなく、ケイも目を見開く。一体、どうしたのだろうか。
「ええ……、分かりました」
 了承したものの、その表情は納得をしていない様子だ。アーサーとこちらを交互に見比べると、丁寧に一礼し、奥へと下がっていった。最後にこちらを見た目が怖く感じたのは、気のせいではないと思う。
「何かあったのか?」
 声をかけられて振り向けば、アーサーが心配そうな表情をしていた。一瞬意味が分からなかったがすぐに思い当たり、また気分が沈んでいく。
「……兄上?」
 口調が王のものから、ただのアーサーのものへと変化する。それが今はどこか心地良く感じて素直な返答が出てきた。
「親父が隠居をすると言ってきた」
「……! 真ですか? 父はまだそのようなお歳では……」
「ああ、そうだ。でも、本人がそう言っているんだよ」
 思ってもみなかったのか、アーサーも驚きを隠せないようだ。どういうことなのか、詳しい事を知りたいのであろうが、こちらもこれ以上は伝えようがない。アーサーもそれが分かったらしく、聞くのを止め、代わりに考え込むように口元に手を当てる。もしかしたら、自分と同じように咳き込んでいた時のことを思い出しているのかもしれない。確かに父が隠居を決意する理由など、それしか思い付かないだろう。
「父はどこに? 私からも話を……」
 ここに二人でいても真実は得られないと踏んだアーサーが、父の居場所聞いてくる。
 と、次の瞬間。
 突如会場内にどよめきが走った。
 何事かと思い、二人で一斉にその方向へ身体ごと向ける。視線の先に現れた人影にアーサーは顔を綻ばせ、ケイは不快に歪めた。
 卓越した顎髭と、顔を覆い隠すほどのローブが特徴の老人。その名をアーサーが嬉々として叫んだ。
「マーリン!」
 名を呼ばれた老人は、ゆっくりとした足取りでこちらへ歩み寄ってくる。その立ち振る舞いは、常人とは異なる雰囲気を醸しだしており、周囲の視線を網羅していた。認めたくないが、ケイもその一人だ。こうして遠くから見ていると、改めてその存在感に圧倒されてしまう。
 そうこうしている内に、マーリンは傍近くまで来ていた。足を止めたところを、アーサーが駆け寄る。
「礼を言いたかったのに姿が見えないから心配していたんだ。何もかもお前の予言通りに……」
「知っておる。儂は全てを見ていた。お前達の活躍の全てを」
 自身の言葉を遮り、きっぱりと告げてくる老人にアーサーは笑う。
「そうだったな。お前には全てお見通しだったな」
 和やかに会話する二人を、ケイは元いた位置からただ黙って見つめていた。
 アーサーにとってこの老人は、吉兆を運んでくれる存在なのだろう。しかし、自分にとっては災いの種のような思えてならなかった。
 この老人の予言が戦の勝利を導いたことは事実だ。それでもどう表現したら良いのか分からないが、何か裏があるような、そんな考えが頭を離れないのである。
 何よりも、あのモルガンは、この老人の弟子なのだから。
「アーサー、そしてケイよ。お前達に託さねばならぬものがある。伝えなければならぬことも」
 マーリンのその言葉に、自分の方へ顔を向けてくるアーサーと目が合う。
 アーサーだけでなく、自分にも託さなければならないものとは、何なのだろうか。皆目見当も付かない。
「付いてまいれ。ガウェインやランスロット、ルーカン達も共にな」
 こちらの戸惑いを無視し、ただそれだけ告げると、マーリンは再び背を向けて歩き出した。呼び止めて問いつめたいところだが、そんなことをしても答えが返ってくることはないだろうと予測が付く。
 自分達が出来ることは唯一つ。その後を追うことだけだった。

 <18>へ

 web拍手
 ↑よろしければ、押していただけると嬉しいです。

スポンサーサイト
[ 2007/02/17 23:48 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

春菜

Author:春菜
ニコジョッキーブログはこちら

2006年5月16日開設

ぬるいゲーマーです。

管理室

FC2カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。