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Sir Kay~Brother Of King~第三章<16>




   第三章「弟の影となり」<16>



 三人が実際に目にした坑道の扉は、思っていたよりも頑丈なものだった。鉄で作られたそれは、非常に大きくて厚い。ぶち破って中に侵入させるなどということを、誰にも、魔物でさえもさせはしない、という作り手の意気込みが感じられた。この場合、作り手というのはダルガンの事であるのだが。
 早速中に入ろうとしたが、鍵穴らしきものがなかなか見当たらず、予想外の時間をくってしまうこととなってしまう。探した結果、鍵穴は扉の下の方に付けられていた。このような見つけづらい場所にあるのなら、それも話しておいてくれれば良かったのに、とケイはここにいないダルガンに文句を言いたくなったが、探すのに手間取ってしまった今、そのような暇はない。
 ベディヴィアが開けた重い扉の中へと入っていく。三人全員が中へ入ったことを確認すると、最後に入ったベディヴィアが再び扉を閉め、鍵をかける。外から他に侵入者が入ってこないようにする為である。
 扉が閉ざされることで唯一の明かりだった太陽の光もなくなり、周囲は一気に闇に閉ざされてしまう。三人は、あらかじめ用意しておいた木の棒に炎の魔法をかけて松明を作った。
 煌々と燃え上がる炎で周囲を照らす。見たところ、今いるのは通路のようだ。先の見えない細い一本道がずっと続いている。三人は、お互いの位置を確認し合うとその細い一本道の先へと足を進め始めた。
 静まりかえった坑道内。三人の土を踏む音だけが、耳に入ってくる音の全てだ。そして、暗く長く続く一本道は、次第に自分の中の時間の流れを狂わす。歩き始めて、まだほんの少ししか経っていないのか。それともかなりの時が経過しているのか。それさえも分からない。むしろ、時が止まっている中、同じ場所を歩いているのではないか、と感じてしまうのだ。
 神経をすり減らすような状況に耐えかねたケイは、徐ろに口を開いた。
「……結構長いな。同じ所をぐるぐる回っている気になってくるぜ」
 ぼやくようなこちらの言葉に後ろから声が返ってくる。ルーカンの声だ。
「坑道っていうよりは、洞窟だな。ダルガン殿は装置を置くためだけにここを作ったというわけか」
 常と何ら変わらない平静とした物言いにケイは、安堵半分不満半分という気持ちになる。これでは、まるで自分だけが小心者みたいではないか。
 すると、更に後ろからぼそりと声が聞こえてきた。
「外が」
「ああ、そうだな。その為にも早く装置を見つけなければな」
 ベディヴィアの意味不明な一言に、兄のルーカンは明確な返答をする。もちろん、二人の会話をケイが理解出来る筈もない。
「おい、お前らだけで会話してんじゃねぇよ。俺にも分かるように説明しろ」
 思わず足を止めて振り返ると、話題を提供したベディヴィア本人ではなく、ルーカンが説明してきた。
「外で戦っているアーサー達が心配だという話さ」
 その言葉になるほど、とケイは意外と素直に納得する。
 今頃、アーサー率いるログレス軍が砦に潜伏する異国からの侵略者達と、最後の熾烈な戦いを繰り広げていることだろう。今の戦力を考えれば、ほぼ敗北することはないと思うが、戦場というのは何が起こるか分からない場所だ。たとえ、勝てる戦いだとしても少なからずこちらにも被害が出るのは、否めない事実である。だが、それでもひとつだけは、はっきりと言えた。
「傍にはガウェインとランスロットがいるんだ。間違ってもアーサーが死ぬようなことはない。第一、罠を停めるってのは勝利の為の保険みたいなもんだろ。そんな目くじら立てる必要はねぇよ」
 そう言い放つと、ケイは前へ振り向き直し、再び歩き始める。
 実際は、そんな悠長なことを言ってはいられないが、アーサーが死ぬことはないということは、当たっているからいいのだ。
 アーサーが死なないこと。それが最も重要なのだから。
 そうすると、ベディヴィアがまたつぶやいた。
「足」
「は?」
 またも意味が分からず、せっかく動いた足を止めてしまう。振り返れば、苦笑気味のルーカン顔が、松明の明かりで浮かび上がっていた。
「そう言っている割には、歩幅が普段より広いな、と言っているよ」
 言われて、思わず自分の足に視線を向ける。踏み出した瞬間の体勢のままになっていた足は、確かに間が広がっているような気がした。とはいえ、普段がどの程度の歩幅で歩いているかなど分かってはいないが。しかし、指摘されたこと自体は、非常に腹立たしかった。
「当たり前だろ! 念押しっつったって作戦なんだ! 目くじら立てる必要はなくても急ぐ必要はあるだろうが!」
 怒鳴り声が坑道内に響く。
 自分達がこの坑道を進む意味。それは、先程ルーカンの言ったように、砦の内部や周囲に張り巡らされている罠を停めることである。紆余曲折の末に出会った、砦の建築者ダルガンによって、この坑道内にその罠を全停止させることの出来る装置があると聞き、騎士の中でも特に戦力にならない自分達を、その装置を停める役割に宛がった。罠自体がどれ程のものかは分からないが、その威力如何によっては、戦況が逆転してしまうかもしれないのだ。あくまでも可能性の問題ではあるけれど、それでも停めることにこちらのデメリットはない。だから、自分達は今ここにいるのだ。
「まあ、確かにそうだね」
 特に何の変化もなく、ルーカンがさらりと答える。ケイはこれ以上は時間と体力の無駄遣いだと悟り、奥へ進むことにした。足音から二人が追ってくるのが分かる。
「悪いことより、良いことを考えた方がいいか。けれど、戦が終わった後の私達の未来は、大して明るいものではないからなあ」
 独り言のようにルーカンがごちる。だが、それは、その通りだ。
 この坑道と、罠を全停止させる装置の存在を知っているのは、ここにいる自分達三人。そして、主であるアーサー、今彼の傍で戦っているであろうガウェインとランスロットだけである。他の騎士達には、話してはいない。騎士の中には、古くからの騎士の心構え……戦いは正々堂々と正面のみで立ち向かうべし……とういうのを重んじすぎる者がいる。彼らが装置を作動させることを『卑怯』だと思う恐れがあった。それをアーサーが説き伏せることも考えたが、どれだけの騎士がそう言ってくるのか予想もつかず、また時間もなかったので、黙っていることにしたのだ。
 しかし、黙っていると決めた時、別の問題が浮かび上がってきた。自分達三人の不在の理由を考えなければならなくなってしまったのである。単に城で待機してもらう、などでは駄目だ。アーサーの側近として、またガウェインとランスロットが現れるまでは戦の中、常に彼の傍らで盾となっていた自分達が、最後の戦いで待機など有り得ないからである。ならば、考えられるのはただひとつ。戦に参加出来ない理由をでっち上げるしかない。しかも現実味のあるでっち上げを。
 そこで思い出したのが、エルフの里、そして巨人族の里での一件だ。騎士達は、装置の存在と同時に、ケイ達が巨人族の里へ行ったことも知らない。突然いなくなり、帰ってきたかと思えば、何をしてきたのか言わない自分達を不審に思っていた筈だが、主であるアーサーが特に咎めることをしなかった為、そのまま保留になってしまっていたのだ。これを利用しない手はない。
 このことから、『ケイ、ルーカン、ベディヴィアは主が留守の間、騎士としての使命を忘れ、遊びに耽っていた。よってこの三名にキャメロットでの謹慎を言い渡す』という案が出来上がった。この案を決定事項としてアーサーの口から伝えられた騎士達からは、最初は僅かばかりに動揺が走った。最後の戦を目の前にして、主要メンバーともいえる三人を謹慎にする。そのことに疑問を感じたのだろう。しかし、ガウェインとランスロットの参戦によって存在が霞みつつあったことと、騎士としての規律を乱した行為であったということから、特にあからさまな反論する者は現れなかった。これにより、他の騎士達の目を上手く誤魔化せることに成功したのだった。
 成功したのは良かったのだが、同時にアーサーが正式に即死した後に約束されていた地位も失われてしまった。ケイは別にそんなことはどうでもいい。元々高い地位など自分には不相応であったと思っていたから、むしろ都合が良かった。それにしても、ルーカンがそのことを気にしていたとは。
「だったら、あの時俺に付いていくなんて言わなきゃ良かっただろ。戦に出ていれば、アーサーを守った騎士としての名誉が得られただろうに」
 そもそもこの坑道へは、ケイが自分一人で行こうとしていたのだが、それを彼らが色々な理由を付けて「自分達も付いていく」と進言してきたのだ。自分達から言ってきたのに今更名誉を失う道を選んだことを後悔しているのか。
 自分はいいのだ。自分の未来など、元々大して明るいものであるとは思っていなかったのだから。この道を選んだからといって、その暗さが増すだけのことである。だから、後悔などする筈もない。後悔するくらいなら、最初から進言などしなければ良かったではないか、とケイは思う。
 ところが、ルーカンはこちらの思ったことをあっさりと否定してきたのだった。
「別に名誉などいらないよ。私は、アーサーにこの先仕えていければそれでいいのさ。もちろん、君と共にね」
「……気持ち悪いこと、言うな」
 振り向かずに言うと、ルーカンが本音なのになあ、とわざとへこんだよな声を出した。たまにこの男はこんな風に本気なのか冗談なのか分からない言動をしてくる。意味のあることを言っているのかと思えば、全く心にもなかったりする。普通、そういうのには境目があったりするものだが、この男にはそれがない。だから自分は、いつも振り回されてしまうのだ。周囲には、自分がこの兄弟を振り回していると思われているだが。
 などと、そうこうしている内に、奥の方から光が見え始めてきた。何だろう、と思い、足の動きが自然と速くなる。通路が終わり、開けた場所に出ると、答えはすぐに出た。
 広場のような場所全体を照らす光。それは、覆うものが何もない、開かれた天井から差し込んできている太陽の光であったのだ。
「ここが終着地点のようだな」
 ルーカンの言葉にケイは頷く。見た限り、今来た通路以外の道はない。彼の言うとおり、この広場が終着地点である。
 太陽の光が差し込んできているおかげで、広場はとても明るく、隅々まで見渡せた。それぞれ松明を消し、周囲に目を凝らす。装置を見つける為に。
 あちこちに散らばる大小の岩。そんな自然のものの中にひとつだけ人工物があった。エレベーターである。木の台の上に操作するための機械が乗っているだけの簡素な作りからして、作業用だろう。周囲にめぼしいものは、それぐらいしかない。停止装置らしいものは見当たらなかった。
 ここ以外に装置があるような場所はない。だから、必ずここにある筈なのだ。焦る気持ちを抑え、ケイは何度も何度も周囲に目を凝らし、隙間という隙間まで探し回った。ルーカン達も動揺である。
 しかし、それでもなかなか見つからない。壁に寄りかかったケイは、何とはなしにふと視線をやや上にあげてみる。すると、壁の上方に足場のようなものが目に入ってきた。よく見てみれば、足場の更に上には機械のようなものがあるのが確認出来る。見つけた。ケイはすぐに察知した。
「おい、あれ」
 こちらの呼びかけにルーカン達もすぐに反応する。自分と同じように視線を上げて、足場を見つけたようだ。
「あれが停止装置か。あそこのエレベーターで行けるようだな」
 ルーカンに言われ、視線を足場からエレベーターへ移す。確かにエレベーターのある位置は、足場のある壁のすぐ近くだ。恐らく、このエレベーターは装置を停めに行く為に作られたものなのだろう。
 これで、エレベーターに乗り、装置を停めれば、こちらの勝利は完全なものとなる。アーサーは正式に王となり、グィネヴィアと結婚する。ログレスには長年待ち望んだ平和が訪れることだろう。
 しかし、そんな明るい未来が、このまま難なく手に入るなど、ケイの思考では有り得ない。こういう時は必ず、何か落とし穴がある筈だ。
 そして、それは悲しいことに当たっていたようだった。
 エレベーターへと乗り込もうとしたその時、ベディヴィアの足を止めたのだ。振り返って見てみれば、普段の無表情ではなく、険しい顔つきをしている。
「ベディヴィア? どうしたんだ?」
「来る」
 兄の問いにベディヴィアは短く返した。ケイもただならぬ雰囲気に眉を寄せる。
「来るって……何が?」
「何かが」
 かなり曖昧な返答だが、兄のルーカンはともかく、流石のケイも彼の言わんとしていることを、大体把握出来ていた。こういう時、腐れ縁というのは役立つものだ、と思う。
 実際、今と似たようなことは以前にもあったのだ。ベディヴィアは昔から気配に敏感で、特に魔物の襲来を誰よりも早く察知出来る。例を出すとしたら、レオデグランス邸へ赴いた時が一番新しい。そこで、あの黒いドラゴンと遭遇し、片腕を食いちぎられてしまったのだった。今回も魔物の出現を感じ取ったのだろう。
「空からか?」
「分からない」
 魔物の出現は感じ取れていても、どこから来るまでかは察知出来ないというわけか。
 しかし、ここまでの道は、一方通行だ。魔物が隠れられる場所もなかった。だとしたら、現れるのは空しかない。考えが一致した三人は、太陽の光に目を奪われながらも、懸命に頭上に注意を払った。
 魔物が現れるのは空である。全員、そう思っていたのだが……。
 けたたましい雄叫びが聞こえてきたのは、何と通路側からだった。
 驚き、一斉に顔を向ける。と、次の瞬間。轟音のような大量の足音が坑道中に鳴り響いた。狭い通路から、無数にも見える影が素早く飛び出してくる。
 気付いた時には既に遅く。ケイ達は、数多の魔物に追い詰められたような形になっていた。
 あまりのことに叫喚も上げられない。
「な……何で。鍵は閉めた筈なのに」
 ようやく出てきたのは、こんな掠れた声でしかなかった。だが、言っていることは当たっている。入り口の鍵は、自分達がこの坑道に入った直後に閉めた。よって、外から魔物が侵入することは出来ない。とはいっても、通路のどこかに隠れていた、というのも無理だ。見た限り、そのような隠し場所はなかった。どこかに秘密の抜け穴でもない限り、このような大量の魔物が、この坑道内に潜むことは不可能の筈である。
「理由はどうあれ、出てしまったものはしょうがないさ。蹴散らすしかない」
 言葉と同時にルーカンは自身の剣を抜いた。ベディヴィアもまた同様だ。
 冷静な声にハッとする。確かに魔物がどこに潜んでいたかなど、今はどうでもいいことだ。分かったところで目の前の魔物が消えてくれるわけでもないのだから。そう思い直し、ケイも気を取り直して剣に手を掛けた。しかし。
「ケイ。君はエレベーターに乗って装置を作動させてくれ」
 とんでもないことを言い出すルーカンを、ケイは信じられないといった目で見る。これだけの魔物を二人だけで相手するというのか。それは不可能である。
「待てよ! お前らだけでこれだけの魔物、相手に出来るわけねぇだろ!」
「そうだよ。だからさ」
 こちらの怒声にルーカンはあっさり肯定する。意味を把握出来ず、訝しむ自分に真摯な目を向け、そして言った。
「装置を作動させる前に、全員がやられるわけにはいかないだろう」
 そこで、ケイはようやく理解した。彼らは、囮になろうとしているのだ、と。
 この大量の魔物に、自分達の実力で勝てる確率は、はっきり言って皆無だ。また、装置を起動させるという目的を達成出来ても、唯一の道である通路は魔物達に塞がられている。天井が開いているが、恐らくエレベーターで外まで上がることは不可能だろう。
 勝つことも逃げることも出来ない。つまり、自分達が生きてここから脱出することは、もうないのだ。ならば、せめて装置を起動させ、アーサー達の勝利を確実なものにしなければならない。その為には、二人が魔物の相手をし、一人がエレベーターに乗り、装置を起動させるのが、一番時間を稼げる方法である。
 そう考えれば、ルーカンの推測は当たっていた。もし、自分一人でこの坑道に来ていたら、装置を作動させる前に、今目の前にいる魔物達の餌となっていたことだろう。
 剣を構え、魔物に視線を向けている彼らに何か言葉をかけようとしたが、止めた。言葉ではなく、行動で示さなければならないと思ったからだ。
 ケイは脱兎の如く、エレベーターへと駆け出す。それが合図となり、魔物達とルーカン達の戦いが始まった。そちらには意識を向けず、ただただエレベーターを目指す。
 一目散に乗り込むと、起動させる為の機械に目を向ける。運良く、レバーで上下させる仕組みのようだ。そのレバーを、力を入れて動かすと、エレベーターはゆっくりと上へ移動し始めた。
 少ずつ足場へと近付く中、ケイは決して下に視線を向けようとはしない。自分が見るべきは下ではなく、装置のある上だったから。それと同時に二人が簡単に魔物にはやられはしないと信じていたのかもしれない。否、信じたかったのかもしれない。自分が装置を起動させるまで、どうか持ちこたえてくれ、と切に願っていた。
 足場がゆっくりとだが、確実に近付いてきている。もうすぐ、もうすぐだ。
 あと、3メートル。
 あと、2メートル…。
 あと、1メートル……もう手を伸ばせば届くという距離まで近付いてきて……。
 と、そこで突然、エレベーター内に振動が走った。同時に動きも止まってしまう。
 何事かと思い、振り返ると、大きく不気味な手が視界に飛び込んできた。その大きく不気味な手は、ケイの乗るエレベーターの台を掴んでいる。
 見たくはないが、見なければならない。ケイはついに下へと視線を向けた。
 そこには信じられない光景が広がっていた。台を掴んでいるのは、一体どこから這い出てきたのか、巨大なトロールだった。トロールが台を掴む手に全体重をかけ、ぶら下がっているのだ。驚愕し、ケイは声も出せず、固まってしまう。
 すると、エレベーターは、そのぶら下がっているトロールの重みに耐えきれず、大きな音を立てて崩れ落ちてしまった。壊れた木の台と共に、ケイの身体も真っ逆さまに落ちていく。
 強い衝撃が背中を直撃する。一瞬息が止まってしまう。目の前に火花が飛び、周りが霞んで見えた。それでも、運良く即死には至らなかったようだ。それどころか、怪我もしていない。だが、これを素直に幸運だと思えるはずもなかった。エレベーターを壊したトロールがこちらへ近付いてきていたからだ。
「ケイ!」
 遠くからルーカンの声が聞こえてくる。ああ、まだ生きていたかと少し安堵している自分がいた。だが、その声に返事をする余裕はない。怪我しなかったものの、落下の衝撃はやはりきついものがあった。身体が全く動かないのである。
 恐らく、このまま自分はトロールに殺されるか食われるかしてしまうのだろう。装置を起動させることも出来ないまま、死んでしまうのだ。何とも惨めな死に様か。ろくな死に方は出来ないとは思っていたが、まさかここまでとは。罠を全停止させるなどと大きい口を叩いておきながら、その目的を達成させないまま魔物に殺されるなんて、情けないにも程がある。
 これも不相応なことをしようとした結果なのだろうか。自分でも何か出来るかもしれない、と思い上がった罰なのだろうか。
『必ず……どうか必ず、戻ってきて下さい』
 作戦を話し合った後のアーサーの言葉が耳に甦ってくる。あの時、自分は約束したのだ。必ず、お前の元に戻ってくる、と。だが、その約束ももう果たせそうにない。初めて、アーサーとの約束を破ることに罪悪感を抱いた。結局、自分は騎士としても兄としても、アーサーに何ひとつしてやれなかった。それだけが心残りだ。
 ついにトロールが自分の目前へとやって来た。一度こちらを見やると、持っていた棍棒を頭上高く振り上げる。いよいよか。
 棍棒を持つ腕がピクリと動くのが見え、ケイは歯を食いしばった。
 次の瞬間。激しい音が坑道内に鳴り響いた。
 しかし、それは、トロールの棍棒がケイを殴り飛ばした音ではない。
 突然空から舞い降りてきた黒い影によって、トロールが踏みつぶされてしまった音だった。
 一斉に他の魔物達の動きが止まる。ルーカンとベディヴィアも戦いを止め、こちらへ視線を向けていた。
 ケイはただ呆然と、目前の黒い影を見つめている。それは、何も突然現れたからだけではない。その黒い影に見覚えがあったからである。
 巨大で屈強な身体。黒い翼に、黒い鱗。
 それは正しく、グィネヴィアと出会った森で遭遇したドラゴンだった。
「な……あ……」
「この……ドラゴンは……」
「……傷が痛む」
 三人がそれぞれ、言葉を発する。驚きは皆、同等だ。特にベディヴィアはこのドラゴンに片腕を食いちぎられたので、傷口を抑えながら眉間に皺を寄せている。
 更に驚くべきことは、それだけではなかった。何とドラゴンの背には、人間らしき者が乗っていたのである。
 ドラゴンと同じ色の黒いドレスを身に纏った女性。ウェーブのかかった長く黒い髪は、その美しさをより引き立てている。
 彼女の姿がはっきりと視界に入ってきたことで、ケイは驚きに身体の痛みも忘れてしまった。上体を起こし、その姿を凝視する。
 視線に気付いた彼女は無邪気に、だが妖しく微笑んだ。
「面白いことしているのね」
「モルガン……!」
 驚きと苦々しさが混ざったような声で、ケイは彼女の名を口にした。そう、ドラゴンの背に乗っていたのは、マーリンの弟子であり、『魔女』であり、そして誰も知らないがアーサーの異母姉であるモルガンだったのだ。
「嬉しい。名前、覚えていてくれたのね」
 モルガンはにっこりという表現が合うような笑みを浮かべた。相変わらずの人を食ったような態度にケイは苛立ちを感じるが、今はそれよりも大事なことがある。
「何で、あんたがここに……ていうか、このドラゴン、あんたの持ち物だったのか!」
「それは外れ。このクロウ・クルーワッハは借りているだけよ」
 聞き慣れない言葉に眉を寄せる。クロウ・クルーワッハとは、このドラゴンの名だろうか。ドラゴンに個人名称があるなど、初めて聞いた。
 クロウ・クルーワッハが猛り吠えると、魔物達は一気に怯えだす。魔物の中でも最上級といわれるドラゴンに威嚇されれば、そうであろう。
 魔物達が固まってしまったのを見計らい、ルーカン達がこちらへ駆け寄ってくる。彼らに支えられながら立ち上がると、クロウ・クルーワッハ……長いので今後は省略してクロウと呼ぼう……の背に、優雅に乗るモルガンを見つめた。
 一体、彼女は何をしに来たのか。トロールから救ってはくれたものの、その素性とこれまでの事を考えれば警戒してしまう。また、良からぬことを企んでいるのではないかと。
 しかし、次の彼女の行動は予想外のものだった。
「ほら」
「……は?」
 クロウの背を叩き、モルガンがこちらへ何かを促してくるのにケイは間の抜けた返事をしてしまった。
「エレベーター、壊れちゃったでしょう。この子に乗れば装置、停められるわよ」
 こちらの行動全てを理解しているという風に彼女は言う。いつものように無邪気に、けれどどこか妖艶に微笑んで。
 だが、ケイは動かない。動けないという方が正しいかもしれないが。こちらの行動を全て把握されていることに、尚更警戒する。ひょっとして、このクロウが自分達と因縁があることも知っているのではないか。いや、確実に知っているだろう。そんなこちらの様子に気付いたのか、モルガンが少し身を乗り出してきた。
「私のこと疑っているの? 大丈夫よ、貴方を殺しても何の得にもならないわ」
 確かにそれには納得出来る。彼女が快楽殺人者でもない限り、自分を殺して得になることなど、ひとつもない。
 何より、彼女が殺したいのは、自分ではないのだから。
 しかし、それで警戒が解けるわけではない。すると、彼女はどこか意地の悪い笑みを浮かべて言った、
「このままそこにいても、装置は停められないと思うけど?」
 真意を突かれてグッと言葉が詰まる。悔しいが、それは事実だ。エレベーターは、先程トロールによって壊されてしまった。エレベーター以外で上方の足場まで行く方法は、どう考えてもひとつしか浮かばない。認めたくないが。
 左右の二人を交互に見やる。どちらも何も言わず、モルガンを見つめていた。片方は、いつも黙っているけれど。
 二人は、モルガンを知らない。だから、以前に面識のあるような自分に決断を譲っているのだろう。
 感情だけで言うならば、彼女をはね除けたい。しかし、理性がそれを許してはくれなかった。重要なのは、装置を起動させることなのだ、と。
 ケイは、妥協するしかなかった。



 外に出て最初に見えたのは、砦での戦いの状況だった。
「騎士達が砦へとなだれ込んでいる。上手くいったみたいね」
 嬉しそうなモルガンとは正反対に、ケイの表情は不満げだ。
 あの後、彼女の誘いを受けてクロウの背に乗せてもらい、無事に装置を起動させることが出来た。当初の目的を達成することが出来たのである。
 そのままクロウによって開いた天井から外に出た。今、自分達がいるのは、砦を挟む谷の頂上。そこから戦いの様子が一望出来た。
 モルガンの言うとおり、装置が上手く作動したのか、騎士達は砦の中へと突入していっている。どうやら、作戦が上手くいったようだ。これで、こちらの勝利は確実のものとなっただろう。
 だが、それでもケイの表情は晴れない。その原因は、今自分達に背を向けて戦の光景を眺めている彼女だ。
「おい」
 呼びかけると、モルガンが不思議そうな顔をして振り返った。
「何で俺達を助けた?」
「別に理由なんてないわ。単なる気まぐれ」
「嘘つくな。気まぐれで俺達を助けるわけがない」
 常の童女のような口調で答えたのを即座に否定する。
 自分達を殺す理由もないが、助ける理由もない筈だ。そして、たとえ気まぐれであっても助けることを考えるなど有り得ないのだ。
 何故なら、彼女の目的は、アーサーへの復讐だからだ。
 彼女や姉のモルゴースの父は、アーサーの父の奸計により命を落とし、母を奪われた。家族を崩壊させられた憎しみは、既に張本人が死んでいる為、息子であり彼女達の弟でもあるアーサーにその矛先は向けられている。
 モルガン自身は肯定していないが、姉のモルゴースの目的は完全に復讐であることは明らかである。もう行動を起こしているのだ。しかし、ルーカン達のいる前でそれを口走るわけにはいかない。あの日の出来事は、決して口にしてはいけないことなのだから。あの日の事を話題にせず、彼女の目的をはっきりさせなければいけないのだ。
「……何が目的だ」
 声を意識的に低くし、詰問する。モルガンはそんなこちらをしばらく見つめると、突如ニッコリと笑い、こちらに近寄ってきた。互いの身体が密着する状態になり、動揺するこちらを意に介さず、耳元へ唇を寄せる。
「だって、つまらないじゃない」
 囁かれた声に背筋が凍る。常の童女のような口調の彼女からは想像出来ないほど低く、暗い声だった。
「野蛮な異国の人間にアーサーが殺されちゃうなんて」
 視線をずらして彼女の表情を盗み見る。口元は笑っているのに、目が笑っていない。その瞳からはいつもの無邪気さは欠片も感じず、かといって憎しみもない。どこまでも空虚さだけが広がっている。
「アーサーは、私の手で殺さなきゃ気が済まないわ」
 ケイは何も答えることが出来なかった。以前のように彼女の魔法で身動きがとれなくなっているわけでもないのに、指の先まで固まってしまっている。耳は彼女の言葉だけを拾い、風の音さえ聞こえてこない。後ろにいるルーカン達の気配すら感じなくなってしまった。
 顔を上げた彼女と視線が絡み合う。その黒い瞳に何故か思う。全く似ていない筈なのに、どことなくアーサーを思い起こさせる、と。
 血の為せるわざか。それとも、そのことが自分に勘違いをさせているのか。答えは出ない。
 そのまましばらく見つめ合う。すると、突然彼女の雰囲気がガラリと変わり、いつものように無邪気な笑顔に戻った。同時にケイの緊張も解け、風の音も後ろの気配も感じられるようになる。
「……なんてね。冗談よ、半分はね」
 言いながら、モルガンはケイから少し離れた。
 半分なら、どこまでが本気だというのか。こちらがそう聞く暇も与えず、彼女は話し続ける。
「他に理由がいるのなら……貴方が気に入っているからよ」
 思ってもみない言葉にケイは目を見開く。そんなこちらの様子を面白がったのか、モルガンは再び顔を近付けた。
「だから、貴方が死んじゃうのは嫌なの」
 カッと顔が熱くなる。恐らく、赤くもなっていることだろう。冗談でも女性からこんなことを言われるのは慣れていないのだ。更にモルガンは面白がり、声を上げて笑った。
「照れているの? 可愛いわね」
 明らかに揶揄している口振りに今度は怒りで顔が熱くなる。ふざけるな、と怒鳴りつけようとした、その時。遠くから大きな歓声が上がった。振り向いてみれば、先程砦内へと突入していった騎士達が外へ飛び出してきているではないか。
 彼らは、一人の人物の元へ集まっていっている。その人物がアーサーであるのは、一目瞭然だ。その光景が何を指し示すのかも、すぐに理解する。
 戦いが、終わったのだ。
「勝負がついたみたいね。それじゃあ、私はこれで」
 思わず見とれていると声がかかり、ハッとする。モルガンはいつの間にか自分の傍から離れ、クロウの元へ歩み寄っていた。このままでは肝心なことを聞き出す前にまたどこかへとんずらされてしまう。
「おい! ちょっと待て……」
「近々、また会えるわ。それまで私の事、忘れないでね」
 慌てて呼び止めるも、モルガンは自らの身体を空中へと浮かせ、クロウの背へと飛び乗った。そして、彼女がこちらにウインクをしたのが合図であったかのように、クロウはその黒く大きい翼を広げ、上空彼方へと飛び去ってしまう。
 残されたのは、強烈な風とウインクの記憶のみ。結局、彼女が何をしたかったのかは、分からずじまいで、ケイは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「ケイ、彼女は……」
 これまで全く沈黙を守っていたルーカンに突然声をかけられ、驚く。同時にその言葉にどう返したらいいか一瞬迷ってしまい、悩んだ末、一番無難な返答をした。
「え……ああ、マーリンの爺の弟子さ」
「前にレオデグランス卿の屋敷近くで会ったという?」
「まあ、な」
 思わず言葉を濁すような態度をとってしまう。彼女の事は、どう説明したらいいのか分からない。口にしてはいけないことが多すぎるのだ。
 そんなこちらの困惑に気付いたのか、ルーカンはそれ以上問いつめてはこなかった。
「決着はついたんだ。キャメロットへ戻ろう」
 いつもの笑みを浮かべてそう言うと、ベディヴィアと共に谷を降りていく。ケイはその後を追いながら、考えに耽った。
 確かに決着はついた。戦いは、ログレスの勝利で幕を閉じた。これでアーサーは正式な王となり、グィネヴィアと結婚する。新たな王の誕生に暗く沈みがちだった人々の心は喜びと未来への希望に満ち溢れることだろう。ようやく、ログレスに平和が訪れた、と。
 しかし、新たな王の誕生は、新たな闇を生むきっかけになるのではないか、とケイは思う。モルガン、モルゴース姉妹の存在とアーサーとの因縁が、そんな不安を過ぎらせるのだ。
 更に去り際のモルガンの言葉を思い出す。彼女は言った。「近々、また会える」と。あれはどういう意味なのだろうか。彼女は、一体何をしようとしているのか。
 勝利を得ることが出来たというのに、ケイの心には暗雲が立ち込み始めていた。
 ちらりと後ろを振り返る。砦の方では、まだ騎士達の歓声が鳴り響いていた。新たな時代へと思いを馳せる力強い声。それを聞いても一度ざわついてしまった心が元に戻ることは出来ない。
 だが、それでも、全てが自分の杞憂であってほしいと、ケイは願わずにはいられなかった。ログレスの……アーサーの未来の為にも。

 <17>へ

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[ 2007/02/10 23:46 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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