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Sir Kay~Brother Of King~第三章<15>




   第三章「弟の影となり」<15>



 先にケイが一人で会議の間で待っていると、ほどなくしてルーカンとベディヴィアもやって来た。その後ろには頼んでいた通り、アーサー、ガウェイン、ランスロットの姿が確認出来た。
 ルーカンとベディヴィアがそれぞれ扉を大きく開き、三人を中へと促す。足取り重く、入室してきた三人の表情は、戸惑いに満ちている。それもそうだろう。ルーカン達にも自分の考えを伝えていないのだ。恐らく、呼ばれた意味も分かっていない筈。それでもここに来たというのは、ルーカンが上手く説得したからなのか。三人が皆、律儀な性格であるからなのか。きっと両方だろうと、ケイは頭の片隅で結論づけた。
 挨拶もそこそこに本題へと入る。三人が巨人族の里を目指している間に、ドワーフの老人・ダルガンとであったこと。そのダルガンの導きにより、抜け道から巨人族の里へ侵入出来たこと。何とかそこから脱出した後、ダルガンから砦の罠を全停止させることの出来る装置が坑道に隠されていること。そして、その坑道が実在するのが判明したことを。
 こちらが話している際、ガウェインが何度か間に入ってきた。いちいちリアクションをとってきたという方が正しいか。自分達が先に巨人族の里へ行っていたことに驚き、罠の全停止装置という、何とも便利なものが本当にあるのか、と眉を顰める。装置についての疑問は、他の二人も同じく抱いていたようだが、ルーカンが上手く説明してくれたので、すぐに納得してくれた。とりあえず、報告すべき事は、これで報告出来たわけである。多少の捏造を含み、自分が彼らの前で歌を披露したことなどは省いたが。
 三人は、自分達の話が偽りではないことを理解してくれたものの、やはり驚きは隠せないようだ。それを素直に表現してきたのは、またしてもガウェインだった。
「……俄には信じがたい話だな。お前達も巨人族の里へ行ったなどと。しかも、砦の秘密まで暴いてくるとは」
「だが、ガウェイン。彼らの表情からは偽りを感じない」
 ランスロットからの意見に、ガウェインは素直に受け入れ、頷く。出会って間もない筈だが、元から馬が合ったのと巨人族の里への道程で、絆を深めたのが窺える。
「ああ、分かっている。しかし、罠を全停止させる装置があるとはな。それさえ作動させれば、戦の勝利は完全にこちらのものになる! 早速、探索隊の手筈を……」
「いや、それは無理だ。今の戦力の中から捜索隊を出せる余裕はない」
 力強く発言してくるのを、ケイは途中で遮り、否定する。すると煌々とした表情を訝しむようなものに一変させ、ガウェインがこちらを見た。
「ならば、坑道は無視するというのか?」
「いや、罠は停止させる。せっかく得た情報を無駄にはしない」
「では、どうすると?」
 今度聞いてきたのは。ランスロットだ。その問いに答える前に、ケイはちらりとアーサーの方を盗み見た。アーサーは黙ったまま、こちらを見つめている。その表情は、入ってきた当初にあった戸惑いはもう感じられない。そこに感じられるのは、いつもの眩しいくらいの強い眼差しだけである。気付かれないように一瞥した後、ケイは口を開き、ランスロットの問いに答えた。
「簡単さ。戦力外から探索隊を作ればいい」
 意味が理解出来ないのか、ガウェインとランスロットは互いの顔を見合わせている。アーサーは変わらず、強い眼差しでこちらを見つめていた。
 ついに自分の決断を言わねばならない瞬間がきたと思ったら、ケイは芽生えた勇気が少しだけ萎んでしまう。この自分の決断が、本当に正しい選択なのかなど分からない。絶対に上手くいくという確証もないのだ。しかし、この方法しか思い付かないのもまた事実である。戦力を削らず、罠を全停止させるには。だから、正しいとか間違っているとか、そんな小さなことにこだわっている場合ではない。
 ケイは覚悟を決め、アーサーの方へ振り向く。こちらの表情が決意のものに変わったことに気付いたのか、ガウェインとランスロットの視線が一斉に注がれてくる。それを強く感じながら、ケイはアーサーに向かって高らかに言った。
「陛下。この一件、私一人に任せていただけないでしょうか」
 一瞬にして、その場の空気が変わった。アーサーの強い眼差しが見開かれる。横からはガウェインとランスロットの驚きの声が聞こえてきた。ルーカンとベディヴィアの様子は、背後にいる為、表情は確認出来ない。
「それは……坑道へは貴殿一人で行く、ということか?」
「はい」
 返事と共に力強く頷く。すると、間にガウェインが割って入ってくる。
「ケイ! 何を言うのだ!」
「ガウェイン。今はケイ卿の話を聞こう」
 今にも飛びつかんばかりのガウェインを、ランスロットが後ろから肩を掴むことで抑えた。冷静な彼の言葉を聞き、ガウェインも落ち着きを取り戻し、体を下げる。それを横目で確認してから、ケイは再びアーサーに向き直って話を続けた。
「正直に申し上げます。ランスロットを味方に加え、エクスカリバーを完全なものとした今なら、罠をどうこうしなくてもこの戦は勝てるでしょう」
「それが分かっていて、何故……?」
 アーサーが眉を寄せ、首を傾げる。
「戦の勝利をより確実なものとする為です。罠を停めることが出来れば、戦の時間を短縮することが出来る筈。戦は短ければ短いほど、戦死者も少なく済みます。……尤も、あくまで推測での話です。推測の域に大事な戦力を削るわけにはいきません。ですから、私が行かなければならないんです」
「どういう意味だ?」
 今度は、横のガウェインが聞いてきた。
 この先こそが本題だ。たった一言だが、一番口にするのに覚悟がいる。この話題の核となるからだ。そして、自分はそれを彼らに告げる為、ここにいる。
 ケイは気付かれないように口の端で大きく息を吸い込み、言った。
「俺一人がいなかったとしても、ログレス軍の戦力には何の支障もないからさ」
 戦力は削らず、且つ勝利を確実なものとする為に罠を全停止させる策は取りたい。
 この二つを実現させる為には、戦力外から探索隊を作るしかない。しかし、戦力外といっても、アーサーを守り仕える騎士達の実力は皆、手腕ばかり。だからといって、従者を使えば失敗の可能性が高くなってしまう。選ぶなら、騎士からだ。
 騎士でありながら、戦力外の者。それは、自分しかいない。
 これがケイの決断だった。
 アーサーが息を呑み、表情に明らかな動揺が走るのが目に入る。これまでは多少変化はあっても、冷静さを消すことはなかった。それだけ自分の一言が突き刺さった、ということなのか。
 ケイは黙ったまま、彼を見つめた。アーサーもそんな表情になりながらも、言葉は出してはこない。
 二人の長い沈黙に耐えかねたのか、今度こそガウェインが間に飛び込んできた。
「何を言うのだ、ケイ! お前はこれまでずっと誰よりも陛下のお傍で勇敢に戦っていたではないのか! お前が陛下のお傍を離れたら、誰が陛下を守る!」
「陛下をお守りするなら、俺なんかよりお前らの方がよっぽど安全だ。剣も弓馬もお前らの方が格段に上なんだからな」
 これは、事実だ。彼らのいなかった初期の頃であるなら、アーサーと歳が近く、長く共にいた自分やルーカン兄弟が傍にいることは、当然のことだったろう。騎士としての実力が今イチだったとしても。だが、今は彼らがいる。歳が近いという理由だけでなく、騎士としての実力も兼ね備えた彼らの方が自分達よりよっぽど、騎士としても友人としても、必ずアーサーを守ってくれる筈だ。
 しかし、ガウェインにはそれが納得いかないようで。
「そのような事を言うな! お前の代わりなど、俺にもランスロットにも出来はしない!」
 悲痛な表情になり、そう訴えかけてくる彼に、ケイは視線を動かし、思った。たとえ、本音では納得していても必ずそう言ってくるだろう、と。尤も、この義理堅い男がそんなことを思うとも考えられないが。
 これまでなら、そんな彼を見ると無性に腹が立っていた。それどころか馬鹿にさえしていたことだろう。物事を直情的にしか見ることの出来ない愚か者である、と。
 だが、今なら分かる。自分はきっと羨ましかったのだ。アーサーやガウェインのような、真っ直ぐな心根の人間が。自分が持つことの出来ないものを持つ心の持ち主が。それを自分は認めたくなかったのだ。自分自身を認められなかったように。
 そんな狭く小さい心は、巨人族の里での出来事によって徐々にだが昇華されつつある。だから、こうして面と向かっていてもあの頃の苛立ちも嫉妬心も鳴りを潜め、まるで水を打ったように、心は静かだった。
「……分かれよ」
 目を細めて見つめると、ガウェインの勢いが一気に止まる。こちらの常にはない冷静な声音から、何かを感じ取ったのだろう。
 ケイはガウェインと、元の位置からこちらを見つめているランスロットを順番に見、そそして言った。
「お前らだから頼んでいるんだ」
 ガウェインが信じられないというような目になる。それもそうだ。こんな言葉を自分が吐くなど、普通なら考えられない。だが、今は自然な気持ちで口にすることが出来た。
「剣の腕前なんて建前に過ぎない。お前らの、陛下への忠誠心を見込んで言っているんだ。俺の代わりなんてしなくていい。お前らはお前らにしか出来ないことで陛下をお守りしてくれ」
 だから、自分は自分の出来ることをする。
 最後の言葉には、そんな思いも込めていた。彼らにそれが通じたかは、分からないが。
 こちらの懇願を黙って聞いていたガウェインは、徐ろに俯く。瞳も閉じて、何かを思案しているようだ。それを自分も黙って見守る。
 と、突然。
「ケイ!」
「わっ!」
 ガバッと顔を上げたガウェインが勢いよく目の前に来たと思ったら、強い力で手を握ってきた。予想外のことにケイは、思わず声を上げてしまう。
 見ると、ガウェインの目には涙が光っていた。
「まさか、お前からそのように言われるとは思っていなかった。そんなにも俺達を信用してくれていたのだな!」
 涙が混じった声で本当に嬉しそうに言ってくる。握り締めている手をより一層強く握られ、痛いと叫びたくなったが、巨人族のアルキメオスに手を握られた時のこと思い出して何とかこらえた。そんな様子に気付くことなく、ガウェインは熱くぶつかってくる。
「分かった! お前の志、確かに受け取ったぞ 陛下は我が命に代えても必ずお守りしてみせる! だから、安心してお前は事を為してくれ!」
「……ああ、感謝するよ、ガウェイン」
 口にした言葉とは裏腹に、そこに宿る感情は、非常に冷めたものだった。彼らが羨ましいのだと認めたとはいえ、やはりこの熱血さに多少の暑苦しさを感じるというのは変わらないようだ。
 手は放されたが、満面の笑顔を向けたままのガウェインに苦笑を浮かべつつ、周囲に視線を動かす。ランスロットは、こちらの光景を微笑んで見つめていた。その笑みは、自分の懇願を了承してくれた証でもあるのだろう、と思う。
 対してアーサーの表情は、この作戦に難色を示しているのか、未だ複雑なままだった。罠を全停止させる役目が自分では、心許ないのだろうか。それとも、他に引っ掛かることがあるのか。
 ケイは、問いただそうと口を開くが、それよりも先に背後から声が上がった。この会議の間に来てから、一度も話に入ってこなかったルーカンだった。
「陛下。ならば、我々もケイに同行します」
「は? おい」
 今まで黙っていたと思ったら、いきなり何を言い出してくるのか、この男は。
 訝しむこちらには目を向けず、ルーカンはアーサーの前へと進み出てきた。
「ケイの申します通り、彼がいなくてもログレスの戦力に支障はないでしょう。しかし、だからこそ、仮に坑道で予想外の事態に陥った時、彼の実力では対処しきれない可能性がございます。ならば、それをサポートする人材が必要になるのではないかと」
 俺のサポートなどいらない。心の中でそう反論し、睨む。しかし、ルーカンはいつもの涼しい表情のままだ。視界には入っている筈だが、無視をしているのか。
 話は更に続く。
「私もケイ同様、剣術にはさほどの実力はございません。また、弟はご覧の通り、片腕を失った身。一人では馬に乗ることも出来ません。かといって、私以外の者と騎乗をしては、普段の力の半分も出せないことでしょう。ならば、私達と行動を共にした方が良い」
 見れば、ガウェインとランスロットが賛同するようにうんうんと頷いている。何を納得しているんだ、と怒鳴りたかったが、寸でのところで止めた。アーサーの表情からも似た色を感じ取ったからである。
 アーサーもこの男の意見に賛同しているのだろうか。それは、やはり自分一人では頼りなかったということなのだろうか。まあ、自分の実力不足から今回の作戦を考案したのだから、そう思われても仕方ない。仕方ないが、何か自分は納得したくない気分になる。
 すると、最後にルーカンが付け加えた。
「如何です? これなら、陛下も心配することはありませんでしょう?」
 その言葉に驚いたのは、アーサーではなくケイだった。つまり、自分の実力不足を不安に思ったのではなく、自分の身を心配していたということだったのか。
 心配をすることは、別に驚くことではない。王として部下の身を心配するのは、当然の義務である。ましてや、アーサーなら身につまされるような気分になるだろう。それは理解しているのだが、果たして今、自分を心配することがあるかと思うと素直に頷けない。
 そっと横目で盗み見るが、アーサーの方に驚いた様子はなかった。しかし、先程までの複雑な思いは表情から消えている。これは、ルーカンの言葉が正解だと考えて良いのだろうか。だが、それでも……。
「陛下。ご命令を」
 その言葉が響き、ハッとする。言ったのは、いつの間にか兄の横に立っていたベディヴィアだ。
 こちらが迷っている内に話はどんどん進んでしまっていることに気付き、頭を切り替える。アーサーが自分を心配していようとしまいと、どちらでもいい。今大事なのは、作戦を成功させ、ログレスの勝利をより確実なものとすること。その為には、ベディヴィアが言った通り、王であるアーサーの許可が必要なのだ。
 アーサーは、正面にいる全員の顔に視線を向ける。こちらの意志の最終確認をしているようだ。
 そして、しばし考えた後、頷きながら口を開いた。
「……分かった。貴殿らを信じ、その意志を汲もう」
 望んだ決定事項を下され、安堵の胸を撫で下ろすも、すぐさま強い眼差しに見つめられ、ケイは顔を引き締め、背筋を伸ばした。ルーカン、ベディヴィアも同様だ。
「騎士ケイ、ルーカン、ベディヴィアに命ず! 極秘裏に坑道へと赴き、その奥に存在するという、罠の全停止装置を稼働させよ! ログレスの勝利の為に!」
 告げられた命令に三人は高らかに返答する。
 ケイは、ルーカンの後押しがあったとはいえ、自分の作戦が受け入れられたことに今更ながら信じられない思いだった。普段なら、自分が提案する意見は「臆病風」と罵られてばかりだったから。けれど、これは現実だ。
 それを実感すると、戸惑う反面、嬉しい気持ちも芽生える。自分という小さな存在が、初めて少しだけ認められたような気がするからだった。



 その後、ルーカンの提案によって、今回の作戦はこの場にいる六人だけの機密にすることとなった。騎士の中には、罠を全停止させることを卑怯と否定する者もいるかもしれない、というのが理由だ。このことについてアーサーは、自身が説得するとなかなか首を縦に振らなかったが、説得するだけの時間がないことと若い騎士ならともかく老練の者には古くからの騎士としての心構えを重んじる……悪く言えば頭の固い連中が多いということで何とか説き伏せたのだった。
 作戦の前後まで決めてから会議の間を退出する。その前ですぐにアーサー、ガウェイン、ランスロットとは別れた。軍の中の中心ともいえる六人が一斉にいるのは怪しまれる可能性があるからだ。
 ケイ、ルーカン、ベディヴィアは去っていく彼らを見送る。何度も振り返り、笑顔を向けてくるガウェインが少し面倒くさいと、ケイは心の中で思いながら、自分も引きつった笑顔を浮かべ続けた。
 ようやく彼らの姿が見えなくなった直後、ルーカンが口を開いた。
「君があんなことを言うとは、正直思わなかったよ」
 引きつり笑いを消し、ケイは振り向く。何となく聞かれると思っていた。
「らしくないってか?」
 逆に問いかければ、ルーカンは首を横に振った。
「いや、同じ意見だったから驚いただけさ」
「同じ?」
 ケイは訝しむような表情で見ると、ルーカンは説明を始める。
「アーサーがエクスカリバーを手にした当初なら、私達もアーサーから離れて行動するなど考えられなかった。けど、多くの手腕の者が増えた今では、私達は戦では大した戦力にはならないだろう。いないよりはまし、という程度さ。だったら、より勝利を確実なものにする行動をとった方がいい」
 それは、正に自分が考えたのと同じものだ。尤も、ケイは驚かない。この男なら、これぐらいのことすぐに考えられる。自分でも思い付いたのだから。
「けど、君から提案するのは予想外だったよ。君は意外とプライドが高いからね」
 この場合のプライド、というのは良いものではないと推測出来た。下らない見栄や意地のことであろう。ムッとはしたが、事実であるので反論はしない。それに予想外と言ってはいても、自分の気持ちは最早彼らには筒抜けであろう。だから、ありのままを口にする。
「最後の戦は、今までとは比べものにならないほど苛烈な戦いになる。そんな中では。どうせあいつの傍にいたって役に立たないのは目に見えている。だったら、ほんの少しでもあいつの為になることをした方がいい。たとえ、無駄骨になろうともな。おかしいと思うか」
 いや、とルーカンは首を振るだけで応えた。短いが、それだけに真摯で、十分な返答だった。
 互いの意志を確認し、そろそろこちらも自室に戻ろうかと思い、歩を進めようとしたその時。
「あ……」
「どうしたんだい?」
 突然声を上げたケイを不思議に思い、ルーカンが尋ねてくるが、その声は本人の耳には届いていなかった。意識は全てもうひとつの廊下の方に向けられている。正確には、そちらに見えた人影にだが。
「先に戻っててくれ」
 返事も聞かずにケイは、その廊下の方へ駆け出していた。早くあの人の元に辿り着かなければ、という思いでいっぱいだったからだ。
 角を曲がると、その人の後ろ姿が目に入る。もう夜中であるというのに、それさえ忘れて思わず叫んでいた。
「父上!」
 こちらの呼びかけにその人……エクターは足を止めることで応える。ケイは数メートルほどの距離を置いて、父の元へ駆け寄った。
 父・エクターはゆっくりとこちらを振り返る。そして黙ったまま、いつもの重厚な眼差しを向けてきた。眼差しと沈黙に耐えかね、ケイから口を開く。
「……何故、何もおっしゃらないのですか」
「何、とは?」
 息子の問いかけに、父は逆に尋ねてくる。
 忘れる筈がない。分かっているのにずるい、と思ったが、そのようなことが言える筈もなく、ケイは素直に答えた。
「私がここにいることです。貴方から去れと言われたのに、私はここに戻ってきました。そのことを何故聞かないのかが疑問なのです」
 エルフの里へ赴いた際、父は自分にこう聞いたのだった。
 「何故、アーサーに仕えるのか」と。
 その問いに自分は、父の望みであったからと答えた。しかし、その答えは父を満足させるものではなかった。それどころか、アーサーに仕えるという自分の意志がないのであれば去れ、とまで言われたのだ。それから巨人族の里で自分の存在意義を見つけるまでの自暴自棄は、それが原因であった。
 ルーカン達と共にエルフの里へ戻った時、てっきり理由を聞かれるかと思っていた。しかし、父はほんの少しこちらに視線を動かしただけで何も言ってはこなかった。ならば、何故あの時「去れ」などと言ったのか。父の真意が、ケイは今も見えないのだ。
「そうか……。ならば、聞こう」
 重く厳しい口調で父に言われ、ケイはゴクリと生唾を呑み込む。まるで裁判にでもかけられているような気分になってしまう。
「答えは出せたのか」
 願っていた問いを投げかけられる。すぐさま答えようとするが、上手く言葉が出てこない。いつ聞かれてもいいように答えを用意していた筈なのに。いざ、その時が来たら緊張して言えないなんて何の意味もないではないか。
 だが、そこでふと思った。言葉が出てこないのは緊張だけでなく、それが本当に言うべきことではないのではないだろうか、と。
 今まで自分が答えだと思っていたのは、頭で考えたものだったのだ。それでは駄目だ。父へ伝えるものは、頭の中で整理したものではなく、心のままに感じた答えでなければならない。
 気付かれないように小さく深呼吸し、頭の中を真っ白にする。先程の緊張が嘘のように解けていく。そして、思いのままを言葉にした。
「……分かりません」
 エクターは驚くどころか全く表情を変えず、厳しい眼差しを向けたまま耳を傾けている。ケイは続けた。
「父上のおっしゃっていた、アーサーに仕えたいという意志が、今の私にはあるのか。正直まだ素直に頷くことは出来ません。けれど、私は……」
 そこで一度言葉を切る。呼吸を整え、改めて父を見据えた。目を逸らさず、真っ直ぐに。
「俺は、アーサーの傍にいて、アーサーの為に出来ることをしたいと思う。それだけは、今はっきりと言えます」
 これが、自分の本音だった。何一つ飾っていない、父に聞いて欲しかった答え。
 アーサーに仕えたいのかは分からない。でも、アーサーの傍にはいたいと思う。矛盾しているかもしれないが、これが自分の中の真実だった。果たして、それを父はどのように思っているのだろうか。
 答えは、あっさりと返された。
「そうか」
 父が言ったのは、それだけだった。短く簡潔な一言にケイは拍子抜けしてしまう。
「それだけ…ですか?」
「お前がそう決めたのだろう。ならば、私から言うべきことは何もない」
「ですが……」
 あくまでこちらの意志に任せるという態度に、ケイはやや不安な表情になる。心のままに出した答えではあったが、正直それが本当にアーサーの為になるのか自分でも分からないのだ。今までそんなことを考えたことがなかったから。父なら、きっと明確な意見を与えてくれるのかと思っていたのだが、結果は違った。
 本当にこのまま進んでいいのだろうか。もしかしたら、自分は間違っているのではないか。決断はしたものの、そういった不安が澱みのようにまだ心に残っているのも事実である。それを表情から読み取ったのか、父は言った。
「誰の意見に左右されたのでもなく、お前が自分で決めた道だ。恐れずに進むがよい。私は、お前の意志を信じている」
 その言葉に俯き加減になっていた顔を上げる。明確な意見ではないが、厳しく重みのある言葉だった。何より、『信じている』という一言が響いていた。
 幼少の頃から、自分は父に愛されているという自覚はあった。しかし、信頼されているかと聞かれたら、強くは頷けなかった。騎士として何一つ褒められたところのない不出来な息子である自分には、父からの信頼など得られないと思っていたからである。
 けれど、父は確かに言った。『信じている』と。それは不思議にも燻っていた不安を綺麗に消してくれた。自分にとって、どんな魔法よりも自分を強くしてくれる、最高の一言であった。
 再び父と目を合わせる。父の瞳は厳しいままだったが、穏やかな優しさが加えられているような気がした。
「それがお前達の……!」
 言葉が不自然に止まる。目を見開くと、父が顔を逸らし、横を向いた。これまで自身の方から顔を背けたことのない父が。
「父上?」
 不審に思い、呼びかけてみる。
 と、次の瞬間、エクターが激しく咳き込んだ。驚いたケイは、慌てて父へ駆け寄った。
「父上! 大丈夫ですか!」
 肩にかけたこちらの手を緩やかに払い、父は顔を上げた。その表情には、先程とは打って変わって、酷く青ざめている。
「何でもない」
「ですが!」
 体勢を元に戻すと、父は体調の不和を否定した。しかし、とても大丈夫とは思えない表情である。
 自分の知る限りで父は病気らしい病気をしたことがない。その父が激しく咳き込んだのだ。大丈夫などと思えないのは、当然ではないか。
 どうすればよいのか、考える。すると。
「父上……?」
 聞き慣れた声が聞こえて、ハッと振り返る。
 そこには思っていた通り、アーサーが立っていた。王となる前の、騎士エクターの息子としての顔をして。
「アーサー……」
 無意識に仕える者としての呼び方をしてしまった。それには気付かなかったのか、アーサーは、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「どうされたのですか、父上。顔色が悪うございます」
「心配いらぬ。少しむせただけだ」
 その態度をケイは不思議に思った。珍しく父がアーサーを息子として扱っている。王となってからは本人にその自覚をもたせるよう、敢えて誰よりも仕える者としての態度をとってきていたのに。気分が優れず、思考能力が低下しているのか。それとも他に理由があるのか。否、今はそんなことより父の体調の心配だ。
 再び父の肩に手をやり、支えるような体勢をとると、アーサーも反対の方向から同じようにするのが見えた。が、父はどちらの手もあっさりと払い、何事もなかったように歩き出す。呼び止めようとするも、その前に向こうから振り返り立ち止まった。
「私の事などよりも、お前達はお前達が成すべき事を考えるのだ。国の為、民の為、そしてお前達自身の為に」
 厳しい眼差しと同じ厳しい言葉に、ケイもアーサーも追及しようとした口が止まってしまう。父は、それ以上は何も言わず、先程の咳き込みが嘘のように颯爽と去っていった。自分もアーサーもそれを見送ることしか出来ない。
 後ろ姿が見えなくなると、アーサーがぽつりとつぶやくのが耳に入った。
「……父上は、大丈夫でしょうか」
「ああ、病気ひとつしたことがない人だからな。心配するなって方が無理あるぜ」
「そうですよね」
「なあ……って」
 普通に会話をし、顔を見合わせたところで、ようやく気付く。父の存在を間に入れたことが、緊張感を解したらしい。知らない内に自然と兄弟の会話をしてしまっていた。アーサーも気付いたらしく、今度は互いに顔を逸らし合う。周囲は一転して気まずい空気が流れ始めた。
「で、では、私も失礼させていただきます」
 慌てて態度を改めて、その場を去ろうと元来た道へ戻ろうとするだが。
「ケイ卿」
 すぐに名を呼ばれ、足を止める。振り向けば、アーサーはどう表現したら良いのか迷う複雑な表情をしていた。何というか、王としての表情になろうとしているのだが、上手くいかず、困惑しているような感じである。
「もうひとつ、貴殿に命じることがあったのを忘れていた」
 その言葉にケイは眉を寄せる。同時に今更ながら思った。そういえば、アーサーは何故ここに来たのだろうか、と。会議の間でこちらの話を聞いた後、ガウェイン達と共に行った筈なのに戻ってきた。それは、その言い忘れた命令とやらを告げにきたというわけか。しかし、一体何を命じ忘れたのだろう。全く思い浮かばない。
 その言葉を待っていると、アーサーが一息吐いてから言った。
「貴殿に命じる。必ず、生きて私の元へ戻ってくるのだ」
 驚きに目を見開く。一瞬言葉の意味を理解することが出来なかった。見れば、困惑していたアーサーの表情が先程父に向けられていたものに戻る。
 王のものではなく騎士エクターの息子、そして騎士ケイの弟の顔に。
「必ず……どうか必ず、戻ってきて下さい」
 少しずつ声が落ちていくと同時に、表情が悲しげに沈み、俯かれる。その表情には、見覚えがあった。ありすぎた。
 『父上と母上と…兄上以外の人と家族になんかなれません』。
 共に流れ星を探した子供の頃。
 『だったら……私の兄でいて下さい。せめて、二人でいる時だけは……』
 己の出生の真実に苦しみ、懇願してきた、あの時。
 どちらもアーサーは……弟は今のような表情をしていた。
 ルーカンの言っていた通り、弟は離れて行動する自分の身を心配していたのだ。傍に仕える忠臣である自分を、ではなく。『兄』である自分を。
 以前の二つに自分が弟に返したのは、拒絶の言葉だ。それが一番弟の為になると思っていたからである。今から考えれば、結局自分の為だったのかもしれない。そして、どんなに拒絶されても、弟は『兄』を求めてくれている。怒鳴るばかりで何も出来なかった、ロクでもない『兄』でも。
 自分の存在意義を見失っていた頃なら、それをわずらわしいと思っていたことだろう。けれど、今はそれが少し変わっていた。上手く言えないが、心が暖かい何かで満ちていくような感じになる。巨人族の里で歌った時に湧き上がったようなものが。
 そして気付けば、口が自然と言葉を紡いでいた。
「戻るさ」
 俯き加減だったアーサーが顔を上げる。ケイは現れた青く澄んだ海のような瞳を、真っ直ぐに見つめた。逸らしてばかりだった瞳。だが、もう恐れはしない。
「俺は必ず戻ってくる。……お前のところに」
 静かに、でも力強く宣言する。アーサーは最初驚いていたが、やがて微笑みを浮かべた。
 何の陰もない、心からの笑顔。王となってからは消えてしまっていた、本当に嬉しそうな笑顔だ。
 その笑顔を見て、ケイは自分の選んだ道をようやく信じることが出来た。正しいのかは分からない。けれど、自分で自分の選んだ道を信じることが出来る。
 それだけで、十分だった。

 <16>へ

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[ 2007/02/03 23:29 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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