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Sir Kay~Brother Of King~第三章<13>




   第三章「弟の影となり」<13>



 子守歌によって紡がれた糸は、壊れかけた人間と巨人族の信頼を再び結びつけた。
 これにより、巨人族の間からケイ達の警戒は解かれ、ダルガン同様客人として扱われるようになった。そのごつい外見とは裏腹に、意外と巨人族達は親切で、『泥茶』や『泥ソース肉の丸焼き』など、里の特製品をたんまりとご馳走させてくれたりと、最初の待遇を忘れるほど丁重なもてなしをしてくれる。
 それは、確かな信頼の証ではあるのだが、特別な代物と聞かされても、泥を食べたり飲んだりする習慣のない人間であるケイ達にとって、言っては悪いがむしろ迷惑に近く。正直、これなら多少冷たくとも最初の頃の方がまだましだったかもしれない、とケイは思わずにはいられない。
 とはいっても、これでアーサーの目的……エクスカリバーを完全なものとすることが出来るなら、多少の度を超えたおもてなしなど苦ではないのだが。
 などと、そうこうしている内に気付けば、時は既に夕暮れに差し掛かろうとしているではないか。まずい、と思ったのはケイだけでなくルーカン達も同様だろう。
 そもそも、この里へは、全くの偶然で来たのだ。もちろん誰かに話してなどいない。今はまだ気付かれていなかったとしても、日が落ちて夜になってしまえば流石に分かるだろう。常ならまだしも、今いる場所はエルフの里。更にアーサーは不在。そんな時に姿が見えなかったら、余計な心配をかけさせてしまうかもしれない。下手をして捜索隊などを出されるようなことになったら、大変である。何とか行方不明となったかと思われてしまう前に帰らなければ。
 その旨を巨人族の長に伝えたケイ達は、速攻に里を出ることにした。すると、それを聞いたダルガンが、
「なら、儂もそろそろおいとまするとしようかの」
 と言ってきて、何故か一緒に帰ることとなった。偶然か、はたまた故意なのか。どちらであろうと、わざわざ帰りまで自分達と行動を共にすることはないというのにとケイは思うのだが。まあ、この老人には里への導きや、迷っていた自分の存在意義を見つめ直すきっかけをもらった。それには感謝しているのだから、細かいことを気にするのは止める。
 長及び里の者達は、別れを惜しんでくれた。全員がこちらに握手を求めてきたので、再び手を痛める結果となったが、自分の存在を名残惜しんでくれることは、ケイにとってあまり経験のないことで、素直に嬉しかった。
 里を出る直前、ルーカンが、アーサーには自分達がここに来たことを内緒にしてほしい、と願い出た。元々、自分達がこの里へ来ることは予定外だったのだ。里に来たことも、またケイの歌で巨人族の人間への不信を解消したのも、全てが偶然の産物であるのだから、敢えて口外する必要もない。長への説明は、そんなものだった。
 しかし、その裏には、『今回の試練はアーサーと彼の共となったランスロットとガウェイン、三人の力で解決すべきことであり、そこに自分達が介入したことを周囲に知られるのは得策ではないだろう』というルーカンの考えがあったことを、ケイは何となく理解していた。恐らくはベディヴィアも。
 そんな言葉の裏に気付く筈もない長は、二つ返事で頷いた。了承を得られたことで満足したケイ達は、ようやく里を後にする。帰り道は、最初来た時と同様の抜け道だ。入り口を使用してしまうと、途中でアーサー達と出会ってしまう可能性があるからであった。
 道を覚えている、とダルガンが先頭となり、次にルーカン、ベディヴィア、最後にケイという順番に茂みへと再び足を踏み入れていく。その直前、ケイはもう一度後ろを振り返った。長と里の者全員が、ゆっくりとし動作で手を振っているのが目に入り、自然と顔が綻ぶ。ほんの短い間であったが、不思議と彼らに愛着が湧いている自分がいた。
 彼らに軽く手を振り返すと、今度こそ茂みの中へと足を踏み入れ、先の見えない道を突き進んでいく。少し前にいるベディヴィアの背中が、自分にとっての出口への道標だ。見失わないように最善の注意を払いながら、一面に覆われた茂みをかき分ける。
 すると、意外にも視界が開けるのは早かった。時間でいえば、十五分くらいだろうか。最後の茂みをかき分けると、初めてダルガンと出会った元の場所へと戻ることが出来た。行きの時は、茂みの中にいるのがかなり長く感じたものだったが。行きと帰りでは、随分と違うものである。
 髪や衣服についた草を払いながら、周囲を見渡すと、ダルガンが荷物を地に置いて一息吐いていた。
「ふう、手に入れたかったもんは手に入れたし。良い歌は聴けたし。最初はともかくとして、お前さんらに出会ってラッキーだったわい」
「我々もダルガン殿と出会えたこと、幸運に思っております」
 傍へと歩み寄ったルーカンが、いつもの人の良い笑みを浮かべながら応対する。相変わらずの受け答えの上手さである。改めて感心しながら、ケイも先程から心に抱いていた疑問を投げかける為、老人の傍へ近寄った。
「ところでじいさんよ。何だよ、そのでかい荷物は」
 言いながら、ケイはダルガンの横にある大きな白い袋を指す。そう、その荷物は里へ行く前には持っていなかったのだ。つまり、里から持ってきたものなのだが、一体あの里で何を手に入れてきたのだろうか。
 訝しんでいると、ダルガンが袋を叩きながら答えた。
「ん? これか? これは、泥じゃよ」
「泥……て、さっきの……」
 先程まで散々飲まされた巨人族特製の茶が思い浮かんだ。独特の苦みが口の中に思い出されて、眉間に皺が寄ってしまう。
 当たっていたようでダルガンが頷く。
「そう、あの茶の元となった泥じゃよ。巨人族の里の泥は特別での。物作りには持ってこいなのじゃ。いつか手に入れたいと思っていたんじゃ」
「つまり、ダルガン殿は元から巨人族の里へ行くことが目的だったと?」
 ルーカンの問いにダルガンは、再び頷く。
「うむ。だが、里までの道筋には魔物が多くてな。抜け道を探そうにも、この鬱蒼とした森にある以外は、なんも手がかりがなくて難儀しとったんじゃ。そこで、お前さんらに出会った、というわけじゃな」
 本当に運が良かった、と言って豪快に笑う姿を見つめながら、ケイは今まで謎だったこの老人の目的をようやく理解した。考えてみればすぐ分かることではあった。そもそも自分達が巨人族の里へ行くことが出来たのは、この老人がいたからである。巨人族の歌が聞こえた自分を、上手い具合に誘導したのだ。己の目的の為に。
 別にそれは構わない。どのような理由であろうと巨人族の里に行くことが出来たのも、彼らとの信頼関係を取り戻すことが出来たのも、この老人のおかげであるのは確かなのだから。しかし。
「……体よく利用された気がするんだけど」
 理屈では分かっていても気持ちが納得いかなかったようだ。憮然とした表情となった自分のつぶやきを聞きつけたのか、ルーカンが宥めるように肩を叩いてくる。
「まあ、いいじゃないか。おかげで私達にも収穫があったのだからね」
「そうじゃそうじゃ。結果オーライだったじゃろ。」
 便乗してきたのを睨みつけると、それを無視したダルガンが更に言った。
「それにしても儂も長いこと生きとるが、お前さんほどフォモール族の血の濃い人間を見るのは、実に久しぶりじゃわい」
 ケイは僅かに目を見開く。それは、自分が巨人族の歌を聞くことが出来たことを言っている。巨人族の歌は特殊なものらしく、フォモール族の血が濃いものでないと聞くことが出来ないらしい。だから、自分はその血が濃いものなのだと、この老人は言うのだ。
 だが、それは絶対に勘違いだとケイは思っている。自分にそんな特別性があるなどとは考えられないからだ。
「……俺はそんなんじゃねえよ」
 短く否定するが、ダルガンは応えない。突然黙り込んでただ、じっとこちらを見つめている。その視線に耐えられなくなり、顔を背けると、ルーカンが口を開いた。
「フォモール族というのは、この世界へ来た『神』と呼ばれる一族のことですね。もうひとつのダーナ神族と争ったと言われている」
 その言葉にケイは明らかな驚きを見せる。フォモール族の名もダーナ神族の名も、人間社会では存在していない。自分も魔女のモルガンから聞くまでは全く知らなかったのだ。それなのに、ルーカンは当たり前のようにその名を口にした。驚かないわけがない。
「知っていたのか?」
 こちらが問いかけると、軽く頷いてきた。
「ある程度のことはね。こういった裏の歴史には興味があるんだ。この世界の全ての種族が二つの一族の血を引いていることも、稀に二つの内の一つの血が濃いものがいるのも知っていた。だけど、まさかこんな身近にいるとは予想外だったよ」
 しげしげと顔を覗きこまれ、ケイは照れくさいやら何やらでつっけんどんに返す。
「だから、違うっていってんだろ。歌が聞こえたのだって、偶然か何かだろうさ」
「そんなことはないぞ。巨人族の歌は、偶然で聞こえるような代物ではない。お前さんの歌声とて、恐らくはその血の濃さ故だと儂は睨んどる」
 今度はダルガンの方から即座に否定され、しかもこちらの歌声についてまで解説され、ケイは一瞬返す言葉がなくなってしまう。
 歌声は、考える必要もなく母から受け継いだものだ。ダルガンの言葉が全て本当だとしたら、母もフォモール族の血が濃い者だったということになるのだが……。
 しかし、今はその推測が事実であろうと違っていようと、どうでも良いことである。自分には、それよりも重要なことがあるのだから。
「どっちだっていいさ。血が濃かろうが何だろうが。……第一、歌が上手くったって、騎士には何の意味もないしな」
 吟遊詩人なら、歌声は大事だ。生まれつき歌が上手ければ万々歳だろう。だが自分は、たとえ向いていなくとも騎士なのである。歌の才能が少しでも剣や馬術の方へいっていいれば。そう思ったことは、一度や二度ではなかった。それが原因でつい先程までは、自暴自棄にさえなっていたのだから。歌う意味を思い出したことで気持ちは落ち着いたものの、自分には騎士としての才能がないことに変わりはないままである。
 暗い表情になったケイを、ダルガンがしばらく見つめた後、ゆっくりと話し始めた。今までとは違い、静かで穏やかな口調で。
「儂は、お前さんの騎士としての才がどれほどのもんか知らんがの。現にお前さんは、歌で巨人族の信頼を取り戻したではないか」
 ケイは、その声を前に聞いたことがあると思った。そう、あの時……巨人族の里で自分の行く道が見えなくなった時だ。
 この老人の言っていることは、当たっている。確かに巨人族は、自分とアーサーが仲間の1人に怪我を負わせたことへの怒りを、自分の歌によって解いた。自分からしてみれば、あまり実感は湧かないが、巨人族達は自分の歌から真心を感じ取ってくれたのである。だから、何と答えればいいのか分からなかった。
「お前さんが騎士として何が出来るのかは儂にも分からん。じゃが、お前さんはお前さんに出来る役割を務めれば良いのではないか」
「役割……」
 その二文字は、不思議と素直に自分の心に染み込んでくる。この老人の口から出たからなのかもしれない、とケイは思う。里で一人思い悩んでいた時も、同じようにこの老人の言葉は自然と素直に聞くことが出来た。ドワーフという、人間よりも長寿の種族であるから、余計に重みを感じるのだろうか。
 自分には、騎士としての才能は何一つない。それは事実である。しかし、たったひとつ誇れる歌が巨人族の信頼を取り戻した。それもまた事実である。確かに自分は、ひとつの事を務めることが出来たのだ。
 まだ自分には、何かが出来るのだろうか。騎士としての才能はなくても、騎士としてログレスの……アーサーの為に何か出来るのだろうか。
 そう思案に沈んでいると、ダルガンが何かを思い出したように手を叩き、ぱっと表情を変えた。
「おお、そうじゃ。いいもん聞かせてもろうた礼とはいっては何じゃが、良いことを教えてやろう」
 静かな口調が一変して、元の少しとぼけた感じのものに戻り、ケイは拍子抜けしてしまう。せっかく自分が真面目に言葉の意味を考えていたというのに。その若干の苛立ちを込めて返答する。
「何だよ、良いことって」
「お前さんら、異国の侵略者どもと戦うんじゃろう」
「そうだけど?」
 現在、自分達キャメロットの騎士が異国からの侵略者達と戦を行っているのは、ログレスの者なら、周知の事実である。だから別段、このドワーフの老人が知っていても全く不思議ではないことだが。
「奴らが現在逃げ込んでおるのは、難攻不落と言われておる砦……。そうじゃな?」
 この言葉には、やや訝しんだ。その情報は当たってはいるが、それほど世間にはまだ伝わっていない筈であるからだ。尤も、この老人はドワーフである。ドワーフの間には、特有の情報網が張り巡らされているのかもしれない。あくまでも推測の域だが。大体、何故そんなことを聞いてくるのだろう。分からない、この老人が何を言わんとしているのか。ただ、妙に遠回しな言い方に少し腹が立った。
「ああ、その通りだよ。で、何が言いたいんだ」
「その砦を造ったのは儂じゃよ。正確には設計をしただけじゃが」
 ケイもルーカンもベディヴィアも。すぐに言葉の意味が理解出来なかった。あまりにも予想外の言葉だったからだ。
 そして、気付いた時には無意識に叫んでいた。
「何だって!」
「では、砦に張り巡らせれている罠を、一時全停止させた職人ドワーフというのは、もしや……」
「儂じゃな」
 ダルガンが得意げに、腰に手を当てて踏ん反り返る。そこでケイも思い出した。異国の侵略者が逃げ込んだ砦。そこには多種多様の罠が張り巡らされていて、難攻不落とかつて名を馳せていた。しかし、度重なる人間達の争いに利用されたことに嫌気が差した一人のドワーフが、何らかの方法で罠を全停止させてしまったことがあったのだ。そのドワーフというのが、目の前にいるこの老人だというのか。だとしたら。
「なら、罠をもう一度停める方法を知っているってことだよな!」
「うむ。儂が教えたいのは、正にそのことよ。あの砦の近くには坑道があるのじゃ」
 あっさり肯定したダルガンは、興奮しているこちらとは対称的に冷静に砦の秘密について説明してくる。すると、ルーカンが首を傾げているのが目に入った。
「坑道……ですか? 地図にはそのような場所は載っていなかったが……」
「それは多分新しい地図じゃろう。城に戻ったら、書物庫ででも古~い地図を探してみるのじゃな。そして、その坑道の奥にレバーがある。そいつを操作すれば、砦の罠は一気に全停止する」
 そこで一度言葉を切ると、ダルガンは懐からひとつの鍵を取り出し、こちらへ差し出した。三人の視線がその鍵に集中する。
「坑道には、この鍵があれば入れる。悪用されないよう、儂が入り口を閉じておいたんじゃ」
「よろしいのですか。そのようなものを、私達がお譲りいただくというのは……」
「言ったじゃろう。儂は満足してるんじゃよ。安全な道で巨人族の里へ行けた。良い歌も聴けた。何より、お前さん達が敬愛する王というなら、こいつを悪用したりせんじゃろう。いいから、持って行け」
 ルーカンが申し訳なさそうに言うのを、気にするなと言わんばかりにダルガンが鍵を持つ手を更に前へ突き出してくる。その言葉と態度に偽りと迷いがないのを確認したルーカンは、口に笑みを浮かべると、同様に手を差し出した。
「ありがとうございます、ダルガン殿。」
 感謝の言葉に頷くことで応えると、ダルガンは鍵をルーカンの手に置いた。そして、泥の入った白い袋を肩に掛けた。
「さて、儂はもう行くぞい。この泥でまた新しい物作りにチャレンジせんといかんからの」
「そうですか。短い間でしたが、色々とお世話になりました。心より感謝申し上げます」
 ルーカンがもう一度感謝の言葉を述べ、隣のベディヴィアが一礼をする。それにダルガンが満足げに微笑む。ケイはその光景を黙って見つめていた。
「うむ。お前さんらも達者でな」
 ダルガンが手を振り、森の入り口の方へと歩き出す。徐々に遠くなっていく背中を見て、自分がまだ何も伝えていなかったことにケイは気付いた。自然と口が動く。
「おい、じいさん!」
 突然呼び止められ、ダルガンはやや目を見開いて振り返った。
「ん? 何じゃ?」
 視線がこちらに向いたことに、思わず言葉が詰まってしまう。呼び止めたのは自分の方だが、改めて注目されると上手く口が動かなくなる性格なのだ。それでも言わなければならないことは分かっていた。
「あ……いや……その……悪かったな。蹴ったりして」
 少し照れが入ってしまったものの、しっかりと口から吐き出す。
 それは、自分とダルガンが最初に出会った時のことだ。父から見捨てられたと自棄になっていた自分は、寝ているダルガンを岩と間違えて思い切り蹴り飛ばしてしまったのだ。もちろん、ダルガンは烈火の如く怒っていた。悪いのも自分の方だった。しかし、自分は謝らなかった。それどころか寝ている方が悪いと難癖さえつけたのだ。今から思えば、自棄になっていたとはいえ、随分な態度をとってしまったと思う。
 この老人には、何はともあれ、色々と世話になったのは事実である。その想いも込めて、別れる前に詫びておかなければならなかった。
 ダルガンがじっとこちらの顔を見つめてくる。正直目を逸らしたかったが、今は駄目だと気持ちを奮い立たせて何とか見つめ返す。
 すると、ドワーフの老人は、それはそれは嬉しそうに笑ったのである。
「ほう、お前さん、ちゃんと謝れるのじゃな。ちと遅い気もするが……。まあ、素直な人間は嫌いじゃないぞい」
 そう伝えると、じゃあなと言って手を振りながら、今度こそ去っていった。小さいが、どこか大きく見える背中だった。
 三人は、その背中が確認出来なくなるまで、黙って見送る。そして、ついにその姿が見えなくなると、ルーカンがつぶやくように言った。
「小さき老人は、私達を巨人族へ導いてくれたのだな。いや、実に面白い体験をしたよ」
 自然に口から出た、何気ない言葉だったのだろう。だが、それはケイにあることを思い出せる切っ掛けとなった。
「……おい」
 低く声をかけると、ルーカンが不思議そうにこちらを振り向く。
「今、何て言った?」
「実に面白い体験したよ?」
「それじゃない。その前だ」
 思わず前へ詰め寄ると、ルーカンは、うーん、と首を捻る。
「そう言われてもね。瞬間的に言ったから正確には覚えて……」
「小さき老人は、私達を巨人族へ導いてくれたのだな」
 代わりに答えたのは、ベディヴィアだった。兄の言った言葉を、一字一句誤りなく覚えていたのか。一心同体と言えるほどの意思の疎通が為されていると思っていたが、そこまでとは思わなかった。
「ああ、そうそう。確かそう言ったのだったな。それがどうかしたのかい?」
 逆に向こうから聞きてきたことに、ケイは言葉が詰まる。先に問いかけたのはこちらからだったが、理由を求められると、今度はこちらが返答に困ってしまう。
 ルーカンの言葉で思い出したのは、以前マーリンと会話した時のことであった。その時、あの魔導士は、こちらの未来をこう予知したのだ。
『小さき翁は、お前を巨なる道へ繋ぐだろう。そこでお前はアーサーを導く調べとなる』
 マーリンの予知とルーカンの言葉は、とてもよく似ていた。尤も、ルーカンの言葉は、実際に体験したことの感想である。ということは、つまり、認めたくはないが、あの魔導士の予知は全て当たっていた、ということになるのだ。
 そう考えたら、酷く腹立たしくなってくる。まるで、あの魔導士の掌で踊らされていたみたいではないか。きっと、自分達の行動も熟知している筈。今頃、さぞかしほくそ笑んでいるに違いない。その光景を想像しただけで腸が煮えくり返りそうだ。あの魔導士、今度会ったら、どうしてくれようか。……実際に会ったら何も出来ないだろうけど。
 色々思うところはあるが、予知のことは、出来れば誰にも話したくなかった。たとえ、付き合いの長い彼らにも。だから、何と返答すれば良いのか迷ってしまう。
「……別に」
 結局、口に出来たのはそれだけだったけれど、ルーカンは特に問いつめようとはせず、すぐに話を切り替えてきた。
「さて、と。私達も帰るか。もう日も落ちそうだ」
 言われて見てみれば、空はすっかり赤に染まっていた。確かに急いで帰らなければ夜になってしまうだろう。と、そこで、ケイはダルガンの時と同様、彼らに言わなければならないことを思い出した。
「……なあ」
「今度はどうしたんだい?」
 また声をかけられ、ルーカンはこちらを振り返る。すると、自分の様子が先程までとは違うことに気付いたのだろう。少しだけ、目を見開いた。
 それを横目で見ながら、頬を指で掻き、ぼそりとつぶやく。
「お前らも……悪かったな」
 実際に口出すと、非常に気恥ずかくなってくる。自分とは腐れ縁に近い彼らだが、こんな風に詫びることは初めてとも言えた。二人の性格のせいか、昔から喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。こちらが苛立って怒鳴り散らすばかりで、それでも彼らの態度は変わらないので、最後には怒るのも呆れてしまっていたのだ。しかし、流石にあの時の言葉は口にしてはいけなかった。それだけは詫びなければならない。落ち着きを取り戻した自分がそう言っている。とはいえ、慣れていないことと恥ずかしいという思いを消せない為に表情までは謙虚に出来なかったが。
 それでも本気で詫びているのだと感じ取ったであろうルーカンはふ、と笑みを見せた。
「何だかさっきから謝ってばかりだな。君らしくない」
「奇妙だ」
「……うるせえ」
 恥ずかしさから、腕を組み、顔を逸らす。からかいを含む言葉に言い返したものの、常の強さは全く出てこない。すると、ルーカンがクスクスと笑いながら宥めるように言った。
「いや、こちらとしては珍しい姿が見られて嬉しいんだけどね。ところで何を謝っているんだい?」
 驚いて、思わず気恥ずかしさも忘れて振り返る。何と自分が詫びてきた理由が、彼には分からないという。そんな筈はない。あの時の態度は正にそうではなかったか。
「何って……色々八つ当たりしちまったし。怒らせちまったし」
「怒った? 私達が? いつ?」
 本当に分からないというように、ルーカンは不思議そうな顔をした。ベディヴィアも表情こそないが、思い当たる節はない、という態度をとっている。
 何故、分からないのだ。自分が彼らを怒らせたことなど、あの時以外ないではないか。むしろこちらの方が不思議でしょうがなかった。
「お前らの親父の事を悪く言ったら、いなくなっただろ」
 わざわざ怒らせた時のことを、こちらから口にしなければならないというのは、何だか間抜けな気分になる。しかし、これでようやくルーカン達も思い出したようだ。が、出された言葉は、あまりにも予想外のものであった。
「ああ、あのことか。私達が怒ったから、あの場を去ったと思っていたわけだ」
 ケイは目を丸くして驚く。ルーカン達は、怒ったのを忘れていたのではなく、そもそも怒ってはいなかったというのだ。では、何故あの時自分から離れていったというのか。半信半疑で聞いてみる。
「……違うのか?」
「違うよ」
 実に軽くあっさりとした返答。更にルーカンは、その時の詳細について語り始めた。
「あの時去ったのは、頭に血が上っている君を落ち着かせるためには一人にした方がいいと判断したからさ。その後、君を捜していたエクター卿に会ってね。自分が話し終えたら、また声をかけてほしいと頼まれたのだよ」
 最早、開いた口が塞がらなかった。要は、全て自分の勘違いだったということか。勝手に怒らせたと勘違いして、勝手に謝っていたというのか。何という滑稽さだ。あまりの恥ずかしさに全身の血が頭に上って熱くなる。
 しかも、新たな事実まで明かされた。父があの会話の後、自分に声をかけるよう、彼らに頼んでいたとは。父は不出来な息子を見捨てたのではなかったのか。それなのに気遣うようなことをしてくれる。父の真意とは何なのだろうか。考えようにも熱くなった頭では、良い答えが浮かんでこない。
 そんな風に混乱していると、ルーカンがいやだなあ、と笑うのが視界に入った。
「君が父を快く思っていないなんて、昔から分かり切っているじゃないか。今更、そんなことで怒ったりしないよ。それに君の父への評価は間違っていないさ。あの人は、個人的には好感を持っているけれど、人としては最低の部類に入るからね」
 笑いながら、自分以上に酷いことをさらりと言ってのけてくる。そういえば本人に対しても同じような事を言い放っていたのだったか。よく実の父親にあんな態度がとれるものだと見る度に思うったものだ。自分が父・エクターに同じ態度をとる姿なんて想像も出来なかった。
「……息子のお前が言うなよ」
「息子だから言うのだよ。身内だからこそ、身内の欠点には冷静な目で見ないとね」
 涼しい表情でそう言う男なら、きっといくら父親や弟を罵られても平然としていられるのだろう。自分は一生、この男が怒る姿を見ることはないかもしれない。否、自分だけでなく、恐らく誰も。そんなことさえ思えてきてしまう。
 ズーン、と一気に沈んでいくような感覚に陥っていく。何も言えないでいると、ルーカンの方からとんでもないことを言い出してきた。
「それにしても、君の歌には、かなりの交渉効果があるのだな。もっと早く気付いていれば良かったよ。そうしたらエルフ族にも同じ方法を用いれたかもしれないのに」
「じょ、冗談じゃねぇ! あんな思いをするのは一回で十分だ!」
 全周囲の視線が一斉に自分に集中したあの異様な雰囲気と、身体全体に走った緊張感が思い出されてきて身震いがしてくる。岩に近い外見の巨人族だから、まだ耐えられたのだ。明らかに敵意を見せるであろうエルフ族の前に同じ事をするなんて、断固拒否である。
「大体、俺が歌う羽目になった原因の半分はお前だろうが! 何で俺の歌なら真心伝わります、なんて言ったんだよ!」
「何故って?」
 ルーカンは、どこか面白そうにいたずらっぽく笑って答えた。
「聞いていたからさ。アーサーから、君の子守歌が好きだって」
「な……」
 出された名に、ケイは言葉を失った。
「歌もそうだが、特に歌っている君の表情が好きだと言っていた。すごく優しさに満ちた顔をするんだ、とね」
 その話を、さぞ嬉しそうに喋るアーサーの姿が、容易に予想出来る。いつもの、生まれたての赤ん坊のように純粋で、全くの邪気がない笑顔で。
 そして、ふと思った。最近そんな笑顔のアーサーを見ていなかったことに。一緒にいる時間が少なくなったからだけではない。アーサー自身、笑うことが少なくなっていたのだということに。
「だから、子守歌なら、きっと君のアーサーを想う気持ちが表現されると考えたのだよ」
 見ればルーカンの表情は、柔らかい微笑みに変わっていた。まるで、全て分かっているのだよ、とでも言っているかのように。
 ケイは、眉間に皺を寄せて顔を背ける。マーリンといい、この男といい、自分以上に自分の事を熟知しているみたいだ。そんなに自分は分かりやすい人間だというのか。馬鹿にされているみたいで腹が立つ。けれど、この男に対するものは、いつも感じるような苛立ちではない。何と言えばいいのか分からないが、悪い気分になるものではなかった。
 すると、ふいにぽんと肩に何かが置かれる。振り返ってみれば、ルーカンの掌だった。
「ほら、早く帰ろうじゃないか」
「置いていくぞ」
「え?」
 ルーカンが親指で森の先の方を指す。ベディヴィアも少し自分達から離れたところから声をかけてきている。
 二人にどんな反応をしたら良いのか。ケイは考え倦ねていた。自暴自棄になっていた時、自分は彼らにアーサーの騎士を「こっちから辞めてやる!」と断言してしまったのだ。いくら巨人族の里での出来事で落ち着きを取り戻したとはいえ、あっさりと「やっぱり辞めない」などと言えるだろうか。それは、あまりにも主体性がなさすぎではないか。帰りたいという気持ちはあるのは本当だ。だが、素直に頷くことが出来ない、頷いてはいけないと思う自分もいるのだ。
 そんなこちらの気持ちを見抜いたのか。ルーカンが少し声を落として再び言った。
「帰るんだろう?」
 先程と同じように微笑む。けれど、今の表情には何の揶揄もない。ただ、全てを受け入れる静心だけがあった。
 こちらが何も言えないでいると、ルーカンは軽く肩を叩くとベディヴィアの方へ歩み寄っていく。
 肩に残った掌の温もりが、やけに暖かく感じられる。その温もりは、未だ固まっていた自分の心を溶かしていった。気付けば、自然と足がルーカン達の方へ動いていっていた。それが答えなのだと、こちらの様子を窺っていたルーカンにも分かったようで。満足そうに笑うと、エルフの里の方向へ歩き始めた。ベディヴィアもそれに続く。
 二人から少し距離を置いて歩を進めるケイの脳裏に、これまでのことが甦ってきていた。父に見限られた時のこと。ダルガンとの出会い。巨人族の里への思いがけない侵入。巨人族の信頼を取り戻した時のこと。思い出した、歌うことの意味。
 そして全てを思い起こした後、最後にかつての母の声が聞こえてきた。
『ケイ。歌は全ての者達の掛け橋なのよ』
『種族も言葉も思想も、全て越えて生きているものを繋ぎ合わせてくれる』
『いつか、あなたの歌も誰かの掛け橋になる日がきっと来るわ』
 アーサーと巨人族を繋ぐ掛け橋。
 自分の歌は、少しでもその役目を担えたのだろうか。騎士である身にとって、何の役にも立ちはしないだろうと思っていた、歌で。
 そして、再びアーサーの元に戻って、自分は騎士として何が出来るのだろうか。まだ、自分にもそれは分からない。
 分からないけれど、自分はアーサーの傍にいたいと思う。
 それだけは、真実であった。

 <14>へ

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[ 2007/01/20 23:43 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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