スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

孤独

『雪待月』の源氏サイドのドラマの内容を大まかですが、知ることが出来ました。
景時さんは、やっぱり人をよく見ている方でした。
そして、弁慶さんは、やっぱり黒かったそうです(苦笑)。
苦手なコメディですが、ちょっと聞きたくなりました。
さて、今回の話題は、タイトルと景時さんの関連性について。暗いです。ご注意を。



以前、景時さんの事を考えると、『死』というキーワードが頭に浮かんでくると書きましたが、もうひとつ思い浮かぶ言葉が出来ました。
それが、『孤独』。……何でこう景時さんには暗い言葉ばかりが思い付くのか。自分でも嫌になりますが、つい考えてしまうのもまた事実でして。
景時さんは、いつも皆に楽しいことを真っ先に提案してくれる人。楽しいことには、一番はしゃいでいる感じの人ですよね。でも、何ででしょう。たまーに、なんですが、皆の中にいる筈の景時さんが、すごく1人に見えてしまう時があります。
『孤独』というのは、深山幽谷にたった1人でいることではなく、大勢の人々の中にいてなお1人であると感じることを言うのだそうです。この意味が正しければ、私が景時さんに感じるものは、『孤独』ということになります。
これは、やっぱり景時さんの背負うものがそう見えさせているのでしょう。どんなに楽しいことが大好きでそれを皆のために提案してくれたりしていても、皆に隠さなければいけないことの多さ、大きさが、彼に『孤独』を感じてしまう。皆との間に壁が挟んでいるような……そんな気がします。いえ、あくまで私からのイメージなのですが。
ただ、『孤独』ではあっても『孤立』ではないのが、唯一の救いというべきでしょうか。『孤立』というのは、他者と何らかの群を形成せずに、単独の状態にあって他者とのつながりや助けのない状態にあること。要は、1人である上に誰も助けてはくれない、ということですね。昔、私の知り合いが言っていました。「孤独になるのはいいけれど、孤立だけはするな」と。それだけこの2つの言葉は、似ているようで全く意味が異なるというわけですね。その点、景時さんはたとえ『孤独』ではあっても『孤立』はしていない。本当に辛い時苦しい時は、望美や仲間が助けてくれる。
……平泉ルート以外ではね。うん、私が言いたかったのは、このことだったのかもしれません。
平泉ルートの景時さんは、もう何となく感じるのではなく、本当に『孤独』。たった1人で戦う姿は、もう切なすぎて、そして健気でなりません。しかも景時さんルート以外では、最早『孤立』に近いという始末。他の皆が、景時さんがいなくても(もっと酷く言えばどうなろうとも)幸せに笑っているのは、非常に不愉快です。景時さんは自ら『孤立』したのではない。自分本位な彼らに『孤立』させられたのです。……何故、こうも景時さんは不憫なのか。そりゃあ、語りのバックBGMに「哀別」が使用されるわけですよ(←未だに根にもっている模様)。また、黒くなっちゃってすみませんでした(苦笑)。
まあ、色々言いましたが、もちろん、『死』とか『孤独』とか、暗い言葉ばかりが景時さんのイメージに合うわけではありませんよ。『優しい』とか『お日さま』とか『生命』など、そんな暖かい言葉も景時さんにはピッタリです。しかし、こういった対極の言葉同士が両方合うところが、実に景時さんらしいといえば、景時さんらしいといえますよね。そこが魅力のひとつであると、私は思っています。

スポンサーサイト
[ 2007/01/17 23:50 ] 遙かなる時空の中で | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

春菜

Author:春菜
ニコジョッキーブログはこちら

2006年5月16日開設

ぬるいゲーマーです。

管理室

FC2カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。