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Sir Kay~Brother Of King~第三章<8>




   第三章「弟の影となり」<8>



 アーサーがエルフの長に認められたことで、ケイ達四人の他、更に数名の騎士が里へ入ることを許可された。その中にはケイの父・エクターもおり、彼らと、巨人の里へ向かうアーサー、ガウェイン、ランスロットの三人の準備を進めていくこととなる。その他の騎士達は、彼らの無事を祈りながら帰途についた。
 長に言われたとはいえ、最初はなかなか警戒心を解かなかったエルフ達であったが、アーサー以下、騎士達の誠実な態度やランスロットの助力により、次第に緩和されていった。その間、ケイはエルフ達との接触を禁じられていたことは、別の話である。
 アーサー、ガウェイン、ランスロット。出会って間もないながらも、三人の息はピッタリだった。性格が似ているアーサーとランスロットは考え方も同じで、まるで長年の友のように自然と意気投合していった。特にランスロットは真摯であり、アーサーに対して強い忠誠心を抱いていることから、彼に仕えていく騎士としても申し分ない。そして、ガウェインが後ろから盛り上げる。正に二人は未来の王の右腕と左腕と言えるべき存在になりつつあった。
 彼らの姿を誰もが尊厳に満ちた暖かい瞳で見つめていた。ある一人を除いては。
 そのある一人……ケイは非常に不機嫌であった。何に対してかというと、とにかく色々なことに腹が立って仕方がなかったのだ。
 ランスロットとガウェインに。何よりもアーサーに。
 アーサーが何故あんなにも笑っていられるのだろう。自分にとっては、今も脳裏から離れない、あの日の出来事を、まさか忘れてしまったわけではあるまい。それとも彼の中では大したことではなかったのだろうか。
 尤もアーサーは、あの日自身が夜を共にしたモルゴースの正体を知らない。それだけでも自分と彼のショックの大きさは異なるだろう。しかし、だからといって涼しい顔でいられる理由にはならない。あくまでもケイの中では。
 だが、その答えを聞くことは出来ない。兄弟ではなく、王と騎士という関係になった今、仕える身の自分が主のプライベートな部分に足を踏み入れることは許されないからである。
 笑っていられるのは、もしかしたら演技かもしれない。そうも考えたが、笑い方があまりに自然で断定出来ないでいる。
 もしも。もしもアーサーの中であの日の事が何の意味を成していないとしたならば、実に憤慨だ。まるで自分だけが気にしていたみたいで、馬鹿みたいに思えてくるではないか。ずっと気に病んでいろ、とは言わないが、全く気にしていないのも問題だろう。もちろん、これは仮定の話である。本当のところは分からない。尤も、その本当のところを知ろうにも聞くことは出来ない。自分の中で結論づけることも出来ない。堂々巡りで頭がグルグル回る。それがケイの苛立ちを引き出しているのだった。
 準備は着々と進み、エルフの里へやって来てから二日目の朝。三人は多くの者に見送られながら巨人の里へと向かった。
 整列し、遠ざかっていく三人の姿が消えるまで見守る中、ケイは一番後ろで憮然とした表情をしていた。
 その後、特に行く当てもないが、その場にいるのには耐えられず、エルフの里を囲む森へと足を向けて、現在に至る。
「ここにいたのか」
 聞き慣れた声が背後からしても振り向かなかった。気配でこちらにくるのを感じていたという理由もあるが、正直振り向くのも億劫であった。
 声の主であるルーカンはいつものように後ろにベディヴィアを連れてケイの方へ歩み寄ってくる。
「見送りの後、さっさといなくなってしまったから心配していたんだぞ」
「また揉め事起こすんじゃないかって?」
「僻みだ」
「うるせぇよ」
 話しかけられても振り向きはしないまま、言葉だけ返す。例の如く放ってくるベディヴィアの余計な一言も一蹴した。
 暗黙に放っておいてくれ、と匂わしてみたのだが、気付いているのかいないのか。ルーカンは更に話しかけてくる。
「いなくなったことはいいんだが、見送りの時にずっと後ろにいただろう。アーサーが何か伝えたそうな顔をしていたんだぞ」
 その名が出てきたことで、ケイの眉がピクリと動いた。一瞬振り向きそうになったが、何とか堪える。発した言葉が若干震えるのは抑えられなかったが。
「気のせいだろ。アーサーにはあの二人がついているんだ。何も問題ねぇし、俺のことなんざ頼っちゃいないさ」
 やや卑屈な言い回しだが、これは本当のことである。今、最も彼の近くにいるのは自分ではない。ガウェインとランスロットだ。二人の実力はお墨付きであり、アーサー自身とも忠誠を誓う騎士としてだけではなく、友としても信頼し合っている。そんな彼らが傍にいるのだから、いくら巨人の里へ行くとはいえ、何も不安に思うことはない筈だ。
「ケイ。君はもしかして……」
 一人頭の中で考えていたら、ルーカンの声音が何かに驚いた風に変化したことに気付く。しかも、どうやらこちらのことで何か驚いているようだ。意味が分からず、不思議に思っていると、続きが耳に入ってきた。
「あの二人に妬いているのかい?」
 次の瞬間、森にドシンと大きな音が響いた。
 ケイが予想外の言葉のせいで一気に全身の力が抜け、派手に転けた音である。そのままその場に倒れ込んでしまっても身体に力が戻ってこず、動けない。
 そんな状況を余所にルーカンは、まだ喋り続けていた。
「最近、妙にカリカリしていたから気になっていたんだが。そうか、そういうことだったのか」
 うんうんと頷くルーカン。見えたわけではないが、雰囲気から察したケイは、カッと頭に血が上ったのを利用して立ち上がり、振り返った。
「勝手に納得してんじゃねえ!」
「おや、違うのかい?」
「当たり前だろ!」
 怒りをそのまま口に乗せて怒鳴りつけるが、ルーカンは些かキョトンとしているものの、いつもの涼しい表情のままだ。それが余計に苛立ちを募らせる。
「じゃあ、何をカリカリしているのかな」
「それはあの日の……!」
 ハッとそこで言葉を噤む。つい、勢いに乗って口が滑ってしまった。
 手で口を抑えて見やれば、やはりルーカンは涼しい表情のまま。しかし、先程と違うのは、口の端に笑みを浮かべていることだ。どこか、してやったりといったような。
 しまった。またこの男のペースにはまってしまったのだ。そのことにやっと気付き、ケイは苦虫を噛みつぶす。
 聞いて欲しくないであろうことは、こちらの様子で分かっている筈だが、ルーカンは容赦なく質問してきた。
「あの日って?」
「な、何でもねぇよ! ……ただ」
 このまま何もないと押し切れば、それ以上は聞いてこないだろう。それほどにしつこい男ではない。
 しかし、否定した後に濁したような言葉が突いて出た。アーサーの解せない態度に迷っていたことと、それによって一人で秘密を抱えている重圧に耐えられなくなってきていたからだ。
 事実は話せないが、遠回しな質問でなら許されるかもしれない。自分の中でそう言い訳をして、ケイは首を傾げているルーカンへ向き直った。
「将来を誓い合った者がいながら、別の相手と夜を共にするって……どう思う?」
「どうしたんだい。そんな色事を話題にするなんて、君にしては珍しいな」
「いいだろ、別に。たまには、そういう気分にもなるんだよ」
 確かに自分がこんな話をするのはごく稀であるのは分かっている。それを勘付かれるのは、想定の範囲内だが、流石にその裏にある事実までには気付かないだろう。
 思った通り、ルーカンはそれ以上言及せず、しばらく考えた後、答えた。
「いいんじゃないか?」
「……はあ?」
 予想外の答えに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。正直信じられなかった。
「婚約者にばれても良いというなら、尚良し。ばれたら困るなら、一生隠し通す覚悟をした上で行動を起こすべきだね」
「本気で言ってんのか?」
「そんなことは断じて許せん、とでも答えた方が良かったかな」
 人をからかうような態度にカチンとくる。そこで自分が如何に愚かであったことに気付いた。この男の性格はよく知っていた筈だったのに。
「ああ、そうだったな。お前に聞いた俺が馬鹿だった。答えなんて分かりきってたのにな」
「質問するならもっと細かく説明してほしいね。同じ結果でもそこまでに至る経緯によって答えもまた変わってくる。まあ、例え話であるなら、そこまで詳細を求めるとうっとうしく思われてしまうからね」
「今でも十分うっとうしいっての」
 毒突いて顔を背ける。すると、今度は逆にルーカンから聞いてきた。
「そういう君はどう思うんだい? やっぱり、いつものように最低な行為だと考えているのかな?」
 ケイは黙ったままだったが、沈黙は雄弁にそれが答えだということを物語っていた。それを見て、ルーカンは溜息をひとつ吐く。
「君は本当に厳しいな。恋愛事に関しては」
 呆れているような口調に眉間の皺が寄る。だが、事実であるから黙っているしかなかった。
 ルーカンの言うように、自分はこと恋愛に関しては妥協を許さない性格である。過去の初恋が原因というのもあるが、元々は父・エクターの影響によるものであった。
 男はたった一人の女性を愛せれば幸福である。それが口癖のとおり、父は亡き母を心から愛し、今も尚愛し続けている。自分はそんな父を心から敬愛し、いつか父のようにたった一人の女性を愛したいと思っているのだ。尤も、今は恋愛そのものに興味を抱いていないため、いつのことになるかは分からないが。
 恋愛はもちろんのこと、結婚も同じ考えだ。不倫などは全くもって考えられない。浮気や不倫を行う者は馬鹿とさえ思っている。
 だからこそ、信じられないのだ。
 アーサーは、グィネヴィアという将来を約束した相手がいるにも関わらず、別の女性と夜を共にした。それがケイには理解出来ない。
 たとえ心が弱っていたとしても、踏み留まるべきだったのだ。そんなことがアーサーに分からない筈もないのに。
「人間は理屈では動けない生き物なんだよ。特に恋愛事に関しては、ね」
 まるで自分の考えを読み取ったかのように、ルーカンが口を開いた。諭す口調がひどく腹が立つ。
「だから結婚前に他の女と夜を共にしたり、女房以外の女を作ってもいいってのか」
「前者はいいが、後者は今の君の問いとは関係ないと思うのだが」
 反論をすれば反論される。全く意見が一致しない。
 それもその筈。自分とは正反対にルーカンは恋愛に対して非常に寛大なのだ。
 恋愛は心を豊かにする。だから、人間はより多くの者と恋に落ちるべきだ、と。腐れ縁で長い付き合いだが、この考え方は好きになれない。
 それでもこのことが話題になって口論になるのはしょっちゅうだった。いつもなら、互いに言い合った後、最終的には流してしまうのだ。
 しかし、今のケイには聞き流せる余裕はなかった。
「たとえ複数の相手を愛したとしても、どちらもちゃんと愛していてそれを相手にも理解してもらっているなら、何の問題もないだろう」
 余裕のない、今のケイには、その言葉は怒りしかもたらさない。
 カッとなって何も考えられなくなり、気付いたら無意識のままに口走っていた。
「お前の親父と一緒にすんじゃねぇよ!」
 ほんの少しだけ、ルーカンの表情が固まった。後ろに立っていたベディヴィアも無表情のままだが、顎を上げている。
 そんな二人をしばらく見つめて少ししてから、ケイは自分の口にした言葉の意味にようやく気付いた。思っていても口にしてはいけなかったことに。
 怒りが一気に収縮され、心は焦りと後悔に苛まれていく。
「……そうか。分かったよ」
 トーンの下がった調子でそう言うと、ルーカンはこちらの弁解も待たずに背を向けて里の方へ戻ってしまう。ベディヴィアも後を追う。
 ケイは二人を止めることは出来なかった。何と声をかけてもいのか分からなかったし、止めることが出来たとしてもその先の言葉も思い付かない。
 遠ざかっていく二人を見ることさえ辛く、ケイもまた背を向けた。髪を掻きむしり、地面を見つめて先程勢いで口に出した言葉を思い出す。
 ルーカンとベディヴィアの父。エクターの友人でもある彼が、幼少の頃からケイは嫌いだった。彼は、妻子がある身でありながら、たくさんの愛人を持っていたからである。性格だけなら決して悪い人間ではないが、そのことを隠しもせずおおっぴろげにしているのが信じられなかった。
 しかし、もっと信じられないのは、彼の妻も、そして息子であるルーカンとベディヴィアも、そのことを何とも思っていなかったことだ。愛人の元から帰ってくる彼を暖かく出迎えては、また共に生活をしていく。それが彼ら家族の『普通』だという。
 ケイにはそんな家族関係が今でも理解出来ない。出来ないが、それを口にしていたのは気遣いを知らない子供の頃までである。たとえ、自分からしてみれば異常だが、彼ら家族の問題だ。他人の自分がとやかく言えることではない。それは分かっていた筈なのに。
 自分は心に余裕が持てなくなってしまっていると、ケイは改めて感じていた。あの日以来、常に苛立ちが蔓延し、普段なら聞き流せる事も癪に障ってしまう。そのせいでいつも以上に周囲と揉めてしまったり、今のように多少気心の知れた相手にも突っ掛かってしまう。こんな男がいてはさぞかし皆迷惑だろう。
 重々は理解しているつもりである。平静を失ってはいけないとも思う。だが、頭ではそうしようとしてもふと気付くと当たり散らしてしまっている。
 一体自分はどうすれば良いのだろうか。そう深く思い悩んでいると、背後から足音が聞こえてきたことに気付く。こんな所に来る者は他にはいない。戻ってきたのだろう。いつも二人で行動しているのに足音がひとつなのには疑問に思ったが。
「……何だよ。俺は謝らねぇぞ」
 つい、いつもの癖で悪態を突いてしまい、しまった、と思うが、後には引けなかった。
「そりゃ、少し言い過ぎだったかもしれねぇけど、間違っちゃいないだろ」
 心の中で浮かぶものとは正反対の言葉ばかりが口から出てくる。悪いとしても素直に謝れないのが、自分の欠点だった。それは、二人のどちらかなら理解してくれていると思うのだが。
 しかし、背後からの返事はない。気配はするのだから、すぐ近くにいるのは確かである。なのに何の返答もない。
 長い沈黙が続き、耐えきれなくなったのはケイの方だった。
「何とか言えって……!」
 振り向いた次の瞬間。ケイは言葉だけでなく、身体も固まってしまった。
 自分の背後に立っていたのは、ルーカンでもベディヴィアでもない。何と、父・エクターだったのだ。
「ち、父……上……」
 あまりの驚きで喉が張り付いたように上手く言葉が出てこない。そんな息子の様子に気付いているのかいないのか、エクターはいつもの冷静な口調で一言口にした。
「ルーカン達ならあちらへ行ったぞ」
 顔で方向を指し示される。知っているということは、ルーカン達に会ったのだろう。こちらの居場所をエクターが聞いたのか、ルーカン達の方から言ったのかは分からないが。どちらにしてもケイは去っていった二人を恨めしく思った。
「ケイ」
「は、はい!」
 名を呼ばれたので急いで返事をする。父と目が合い、全身に緊張が走った。普段は全く緊張しないケイだが、尊敬と畏怖の念が父の前だけでは別だ。
「ケイ。私の目をしっかりと見るのだ」
「も、申し訳ありません」
 思わず視線を下げてしまったことを注意されてしまう。父はいつも話す際に目を見ることを求めてくる。アーサーも同じところがあり、その辺は血の繋がった自分よりも親子だと思う。
 緊張は消えないが、意志を総動員して視線を合わせる。そこでふと疑問が浮かんだ。そういえば父は何故自分の元に来たのだろう。ルーカン達のようにいなくなったのを心配して、なんてことはまずない。ならば、アーサー達を見送ったときの態度を諫めに来たのだろうか。
 不思議に思っていると、エクターの方から口を開いた。
「お前は、何故アーサーに仕える?」
「……は?」
 何の脈絡もなく問われたことで、瞬時に理解出来なかった。質問を理解した後もその意図までは全く謎のままである。何故、父は突然そんなことを聞いてきたのだろうか。
 だが、それはエルフの長との謁見の時から自分の中に燻っていた疑問でもあった。そして、今の自分にはこの答えしか思い浮かばない。
「……父上が、おっしゃったのではないですか。俺に、アーサーに仕えよ、と」
「それが理由か?」
「他にどのような理由があるというのですか」
 父は表情ひとつ変えることなく、こちらの言い分に耳を傾けている。
 自意識がないように感じられるだろうが、事実である。アーサーに仕えることとなったのは、父がアーサーにそう願ったからだ。息子である自分を側近として登用してほしい、と。だから、自分はあの時アーサーの前で膝を折った。
 父の意向のために。父の望みのために。
 父が自分にアーサーの騎士として生きることを望むならば、邪魔になる感情は捨ててしまおう。その考えに辿り着いた時、やっと分かった気がした。何故、自分があれほどに、アーサーの兄としての自分を消し去ろうとしていたのか。
 不出来な息子が父の為に出来る唯一の親孝行。それがアーサーの騎士として生きることだったのだ。
 そんなこちらの想いが、今の言葉で伝わっただろうか。
 エクターはしばらくケイを見やった後、そうか、とつぶやき、そして言った。
「ならば、もう良い」
「え?」
 先程以上に言葉の意味が理解できなかった。否、今回は理解したくなかったの方が正しかったのかもしれない。
 戸惑いを察知したのか。父は、より明確に宣言した。
「これ以上アーサーに仕える必要はない。好きに生きよ」
 言葉の意味は理解したが、そのせいで頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。フリーズの魔法で凍らされてしまったかのようだ。
 その場で固まっていると、父が立ち去ろうとしているのが目に入り、ハッと我に返る。
「ま、待って下さい!」
 慌てて呼び止めると、エクターは足を止めたが振り向きはしない。構わず、ケイは言葉を続ける。
「何故、そのようなことを急におっしゃるのですか! 納得のいく理由をご説明下さい!」
 本人は意識していないが、ケイは今にも捨てられる子猫のような眼差しをしていた。しかし、そんな息子への父の返答は冷たかった。
「言っただろう。必要がないと。それが理由だ」
「そんな……」
 縋るようなこちらの言葉も短く切り捨てられてしまい、心の動揺はますます広がっていく。
 焦りと戸惑いと怒りと苛立ちと。様々な感情が綯い交ぜになり、冷静さは完全に失われた。
「勝手な事言うなよ!」
 自分の中にある全てをぶつける思いで、ケイは叫んでいた。アーサーやルーカン達にはよく怒鳴りつけるが、敬愛する父に対してはこれが初めてだ。
 その切羽詰まった様子にエクターも身体を少しだけこちらへ向き直した。ケイは眉一つ動かさない父の顔を睨みつけるように凝視する。
「貴方が俺に言ったんだぞ! 貴方が言ったから、だから、あいつに下げたくない頭も下げたんじゃないか! だのに、今更必要ないだって。ふざけるなよ!」
 ケイは必死に感情のまま叫んだ。それは、あの時からずっと、心のどこかにあったものだったのかもしれない。
 父の望みのため、アーサーに膝を折った。兄としての自尊心をかなぐり捨てて。
 それなのにそれを当の父はあっさりと切り捨てた。これまでの自分を全否定されたような気分に陥るのも無理はないではないか。
 しかし、父は息子の心情を全て見抜いていた。本人が敢えて目を背けていた部分さえも。
「ケイよ。だからこそ、今のお前がここにいても意味がないのだ」
 冷静に、説き伏せるように父の言葉。その表情は、自分が初恋相手を殴ってしまった時に言われたのとよく似ていた。
「お前には、アーサーに仕えるという自らの意志がない」
 水を得た魚のように暴れていた感情が落ち着きを取り戻す。途端に父を睨んでいた眼力も弱まる。
「そんな者が傍にいてはアーサーの、ひいてはログレスの為にはならぬ。邪魔になるだけだ」
 ケイは何の反論も出来ない。する気さえ起きなかった。父の言葉は、全て本当のことであったから。
「己がここにいる意味を今一度考えるのだ。それでも私の言葉故以外の答えが見つからないのであれば、去れ」
 そう最終通告をして、今度こそ父は去っていった。後には茫然自失のケイだけが残される。まるで死刑宣告でもされたかのような気分だ。
 何故、こんなことになってしまったのだろう。父の望みに応えるため、今までやってきたというのに。
 否、違う。単に自分がそう思いたかっただけだ。全ては父の為なのだ、と。
 現にそうではないか。本当に父への孝行のためならば、たとえ本人に否定されたとしても気持ちが揺らぐことはない筈。それだけで意義を失ってしまうということは、そういうことなのだ。アーサーに仕える自分の意志がないから、父の為などという大義名分を欲したにすぎない。
 兄弟としての感情を捨てようと思ったのも同じ事だ。それが国の為、ひいてはアーサーの為になるなんて大義名分を盾にすることで主体性のない自分に蓋をし続けていたのである。国の為でも、父の為でも、アーサーの為でもない。全て自分の為だったのだ。それを父に思い知らされた。自分が如何に小さい人間なのだということを。
 だが、それももう終わりだ。唯一の拠り所であった父の言葉ももうない。
 つまり、これで本当にここにいる意味を失ってしまったということだ。正に今の自分は捨て犬も同然なのである。
 そう考えたら、沸々と理不尽な怒りが沸いて出てくるのを感じだ。それは愚かな自分へのものなのか。それとも周囲へのものなのか。分からないが、ただ怒りだけが込み上げていく。
「……ちっくしょう!」
 その怒りのままに茂みから半分はみ出ていた岩を思い切り蹴りつける。と、次の瞬間。
「あいだー!」
 岩が痛みを訴えるように叫んだではないか。予想外の出来事に目を丸くする。
 ごそごそと茂みを揺らして岩が立ち上がった。大層な顎髭を蓄えた二つ目を持った岩。いや、岩ではない。
「何すんじゃい、こんガキ!」
 それは、地にうつ伏せで寝転がっていたドワーフの老人だったのだ。

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[ 2006/12/16 23:25 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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Author:春菜
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2006年5月16日開設

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