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Sir Kay~Brother Of King~第二章<10>




   第二章「変わりゆくもの」<10>

 ※今回のお話には、近親相姦的表現が含まれています。直接的な表現  はありませんが、その事を合意の上でお読み下さい。



 窓の外から、少しずつ月とは異なる光が差し込んできている。もうすぐ朝が来たようだ。
 早朝独特の爽やかな空気が醸し出されてくるが、部屋の主・ケイの気分は最悪極まりなかった。うつ伏せの体勢になり、薄目で窓の外を凝視している。
 アーサーが去った後、ベッドに寝転がったものの全く一睡も出来ずに夜が明けてしまったのだ。それも無理はない。目を瞑ると、瞼の裏に浮かんできてしまうのだ。
 自分に縋りつくように悲痛な表情をした、アーサーの姿が。
 今またそれを思い出してしまい、心の奥、芯の部分に小さく棘が刺さったように痛んでくる。
 自らの出生に傷つき、主従の関係になっても尚、自分と兄弟でありたいと願った彼を拒絶した。そのことに後悔はない。その筈なのに反面、これで良かったのかと自問自答してしまう。それ程に今の自分の気持ちが全く見えてこなかった。
 何度か追いかけようかとも考えた。だが、追いかけたとして自分に何が言えるというのか。そう考えては思い直すを繰り返し、最後は逃げるようにベッドへ潜り込んだ。これ以上の最善の道などなかった、と自分に言い聞かせて。
 それなのに。
 枕に埋めた顔を更に深く沈め、シーツを握る手に力を込める。だが、モヤモヤとした気持ちは消えていかない。
 何故、こうも決断に迷ってしまうのだろう。そんな自分に腹が立ってしょうがない。
「……クソ!」
 苛立ちを振り払うように、勢いよく体勢を仰向けに変える。天井を見上げようとバッと目を開いた、その時。
「怖い顔ね」
「!」
 頭上に逆さの女の顔が浮かんでいるのが突如視界に入ってきて、ケイは声も上げられない程驚愕した。
 反射的に身体が飛び起きようとしてしまい、シーツで手が滑ってベッドから転がり落ちてしまった。
 ドシン、と鈍い音と共に背中から床に叩きつける。咄嗟に受け身を取っていたのか、頭を打つことは免れた。
「大丈夫?」
 目を開けると再び女……モルガンの姿が視界に入った。ベッドの上に立っているのか、今度は顔が横になっている。
「な……な……」
 口を開くが、パクパクと魚が空気を求めるようにしか動かず、言葉が出てこない。それを見てモルガンはクスリと笑ってベッドから降りた。
 ふわふわと空中に浮かびながら。
 ケイは見開いた目で隣に立った彼女を見上げた。
 何故、彼女がここにいるのか。否、そもそもどうやってここに入ってきたのか。ドアが開いた気配はなかった。窓も元々開いていた分以上から動いていない。ならば、どうやって……駄目だ、ここで焦ってはこの女の思うつぼだ。
 疑問ばかりが支配していく頭を、半ば無理矢理落ち着かせてゆっくりと立ち上がる。二歩三歩後退して距離をとると、改めて彼女を視界に移した。
「あんた、どうやって……」
「どうやって中に入ったかって?」
 ようやく絞り出せた声で、それでも焦燥を気付かれないように問いかけると、モルガンは察知していたのか、途中で言葉を被せてきた。
 両手をそれぞれドアと窓に向けて上げる。窓から入ってくる風が、彼女の黒い髪とドレスを靡かせ、その妖美さを引き立たせている。
「ドアや窓なんか使わなくても入れるわよ。だって魔女だもの、私」
 知っているでしょう、と言ってモルガンは無邪気に笑った。
 少々予測はしていたが、思った通りの答えにケイは眉を寄せる。なら、何でも魔女だということで片付けられるというのか。常人以上の力を持つのが魔女の由来であるが、今いち納得がいかない。
 しかし、これが逆に自分のペースを取り戻すきっかけになったようだ。
「その魔女様が、俺の部屋に何の用があるんだ」
「だからそんな顔しないで。私、貴方とは仲良くしたいの」
 腕を組んで睨みつけると、モルガンは両手を合わせて頬にあて、上目遣いで茶目っ気にそんなことを言ってくる。大抵の男なら、それで心を奪われるだろう。だが、美人嫌いのケイにはむしろ逆効果だ。
「あいにくと、あんたみたいな美女は信用出来ない質なんでね。お友達にはなれないな」
「淋しいこと言うのね。昔、好きだった女の子に振られたことを思い出しちゃうのかしら」
 得意げに皮肉ったつもりだったが、思いがけない返答に顔が引きつってしまう。
「な、何でそんなこと……」
「あら、ひょっとして正解だったの? 単に勘で言ってみただけだったのに」
 おおげさに驚いて笑う彼女に、ケイは自分がはめられたのだと知った。見る見る表情が焦燥から怒りへと変わる。
「もう、怒らないで。貴方にちょっと伝えたいことがあったから来たのよ」
「伝えたいこと? 俺に?」
 モルガンが苦笑しながら言ったことにケイは訝しむ。
 伝えたいこととは何だろうか。わざわざ自室に忍び込む程、重要な話を持ち掛けられる価値が自分にあるとは思えないが、向こうから情報を提供してくれるのなら好都合だ。これを皮切りに、モルゴースの事や目的を聞き出さねば。
 ところが、こちらより先にモルガンが口を開いた。
「そう。でも、その前に……」
 妖しく微笑んで、くるりと一回転すると、その姿が一瞬にしてかき消えてしまう。
「……!」
 ケイは驚きのあまり、声も出なかった。初めて湖で出会った時も同じ事があったが、人一人が突然消える現象に早々慣れるものではない。
 一体どこへ行ってしまったのか。顔を右へ左へと激しく向けてその姿を捜す。
「こっちよ」
 すると、声が聞こえてきたので、そちらの方向に振り返ってみる。
 彼女は、絵の前に立っていた。あの不可思議な絵の前に。
「これ、気になっていたでしょう」
 モルガンは、指でトントンと軽く叩きながら絵を指した。
 何故、自分がその絵を気になっていたのか知っているのかは疑問だったが、恐らく聞いたところで『魔女だから』と答えられる可能性が高い。だったら、話にのった方がより情報を得られる。興味を持っているのは確かなのだから。
「知ってんのかよ、その絵の意味」
「貴方には何に見える?」
 質問を質問で返されてしまった。仕方なく、ケイはありのままに答える。
「槍を持った光と、額に黒子のある闇が戦っている絵か?」
「黒子じゃないわ」
 モルガンは笑って、今度は自分の額を指で指した。
「眼よ」
「眼……?」
「そう。『邪眼』という名の眼。フォモール族の王・バロールが持つ魔の瞳」
 モルガンは指を額から、再び絵に戻す。
「この絵は、ダーナ神族とフォモール族の戦いを描いているのよ」
「ダ……フォ……何だ?」
 意味不明の単語がいくつも出てきて、ケイの頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。説明をされても全く把握出来ない。だが、彼女もこちらがそうなることを分かっていたようだった。
「知らないのも無理ないわ。この二つの名を知っているのは、今では限られているもの」
 一度絵の全体像を見渡してから、モルガンは視線をケイの方へと向けた。
「ダーナ神族とフォモール族。遠い昔、この地にやって来た異種族のこと。神とも呼べるわね。全ての生物の祖先でもあるのよ」
「全ての?」
 こちらが首を傾けると、モルガンが頷く。
 彼女の話によればこうだ。
 遙か昔、この世界はひとつの大きな大地だったらしく、そこには人と動物がお互いの領域を侵さずに暮らしていた。
 そこに現れたのが、ダーナ神族とフォモール族だった。彼らの目的は戦を始めることで、それが元で大地は現在のようないくつもに分断された形となった。
 戦の勝敗は、ダーナ神族の長・ルーがフォモール族の邪眼王・バロールを討ったことで、ダーナ神族の勝利となり、ルーは『聖杯』という神器から流れ出る水と自らの涙で切り離された大地を繋げた。それが『海』になったという。
 その後、ダーナ神族は、戦の為に犠牲になった人や動物の生き残りと交わり、彼らの滅亡を阻止した。また、フォモール族も彼らと交わることで、自らの血を残した。
 その子孫達が、今の人間や妖精、更には魔物だという。
 そこで話は終わったが、
モルガンが語った話のひとつひとつに、ケイは驚きを隠せなかった。
 神と呼ばれる存在があるのは知っている。その存在を崇拝する教会は、この世界の所々に建てられており、自分もそこで開かれる礼拝には可能な限り参加していた。しかし、神の具体的な名を聞いたこともなければ肖像を見たこともない。そんなものはないと勝手に思い込んでいたのだ。
 驚いたのは、神の存在が浮き彫りになっただけではない。自分達人間の血にその神の血が混ざっていること。しかも、妖精や動物、魔物までもが同じであることは、神の存在以上の衝撃だ。彼らと祖先が一緒などと誰が考えられようか。
 無論、あくまでも彼女の口から聞いただけなので真実とは限らない。だが、何故か自分には今の話に嘘があるとは思えなかった。
 上手く言えないが、身体の中の何かが騒ぐのだ。
 「全て事実なのだ」と。
 自分の中に流れるその神の血が、教えているのだろうか。本当のところは分からない。
 何を言えば良いのか迷っていると、彼女はああそうそう、と人差し指を立てて話にもう一つ付け加えた。
 人間はダーナ神族とフォモール族、二つの血を受け継いでいる。その点では片方の血しか受け継いでいない妖精や魔物とは進化が異なっているらしい。時が経つにつれ、その血も大分薄くなっていったが、今でも稀にどちらかの血の影響を強く受けて生まれる者もいるとのことだ。
 その話にケイは、一つの推測を立てた。
「じゃあ、あんたの額の目もどっちかの血が濃い証ってわけか」
 湖で出会ったあの時。モルガンの額に第三の瞳を見た。
 そして、フォモール族の王・バロールには、邪眼と呼ばれる第三の瞳があるとのこと。
 この二つのことから、フォモール族の血が濃い者には額に第三の瞳を持っていると考えられると思う。
 しかし、彼女はその推測をあっさりと否定した。
「これは血の濃さとは関係ないわ。後天的なものだもの」
「後天的?」
 つまり、生まれつきのものではなく、後から何かしらの要因で身につけたということか。額に第三の瞳を付ける要因などというものが、簡単に転がっているとは到底思えないが。
「ふふ。これ以上は、秘密よ」
 疑問が顔に出ていたのか、モルガンは微笑んで人差し指を自らの口に近づけた。いわゆる、内緒の姿勢だ。それが妙に人を小馬鹿にした態度に見えて腹が立ってくる。
「ほら、また怖い顔をする。じゃあ、もう一個だけ教えてあげるわ」
 その言葉で、知らず知らずの内に眉間の皺がより深くなっていたことに気付く。モルガンは、絵の光と闇を交互に指で指しながら説明する。
「この絵の光がルー。闇がバロール。ルーは、バロールの孫でもあったのよ」
「自分の祖父さんを殺したってことか」
 新たな事実に目を見開く。しかし、先程とは違って衝撃よりわだかまりの方が強かった。
神々の争いという、一見壮大な神話の結末にしては正直、後味の良い話とはいえない。
「いいじゃない。身内の不始末は身内で決着つけなきゃ、ね」
 身内、という言葉がモルガンの口から聞いたことでケイはハッとする。
 そうだ。こんな話をしている場合ではなかった。これまで知り得ることの出来なかった人間の根源を知ったことで、危うく忘れてしまうところだった。自分は彼女にもっと聞かなければならないころがあったではないか。
「それで、俺に伝えたいことって何なんだ」
 話を最初の部分に戻すと、今度はモルガンの方が驚いたような顔になった。
「あら、もうその話に戻っちゃうの? 貴方とは、もっとたくさんお話ししたいのに」
「あんたはしたくても俺はごめんだ。魔女なんかと関わりたくない」
「酷い言い方するのね。傷ついちゃうわ」
 目を潤ませて如何にも悲しい、といった表情をすると、モルガンはケイに背を向けた。顔を項垂らせ、背中からは哀切を感じさせる。大抵の男なら、後ろから抱きしめて慰めているところだろう。だが、ここにいるのは再び言うが美人嫌いのケイだ。
「傷つこうがどうしようが知ったこっちゃねぇ。大体、何で急に俺やアーサーの前へ現れた。モルゴース殿と何を企んでいる」
「モルゴース?」
 彼女の声は、実に平静としていた。先程のが全て演技であったことは明白だ。
「とぼけてんじゃねぇ! あんたらがどんな関係か、知らないとでも思ってんのか」
「そう、知っているの。……私達が姉妹だってこと」
 彼女の声から無邪気さが消えたのを感じて、思わずケイは身構える。
 クルリと踊るように回転してモルガンはこちらを向いた。
「それで私達を疑っているのね」
 両手を後ろに組み、上体を前へ逸らす。上目遣いで見上げてくる様は、客観的に見ても非常に蠱惑的だ。尤も、ケイにとってはそれも嫌悪感を抱くものでしかない。
「当然だ。奇妙な姉妹が同時期に別々で接触を図ってきた。しかも、片方は魔女……いや、姉貴の方も可能性はなくはないが。この状況をおかしくないなんて言えないぜ」
「酷いわ。私達、何もしていないのに」
「まだ、何もしていないだけだろう。……話してもらおうか、あんたらの企みを」
 ケイはモルガンが後ろを向いている間に、壁に立て掛けておいた剣をこっそりと取っておいた。いつものように腰に差したそれに手をかける。
 それでも彼女は全く動じていない。
「う~ん、でも、貴方の話には一つだけ欠けているものがあるわ」
 上体を起こしたモルガンは、不思議なことを言ってきた。意味が分からず、ケイは訝しむように彼女を見つめる。
 モルガンは微笑んだまま、話を続けた。
「私の上にはもう一人姉がいるの。つまり、私達は三人姉妹」
 この時点では気が付かなかった、彼女の言葉の意味を。否、理解していなかった方が正解だろう。
「三人姉妹? へえ、あんた達みたいなのがもう一人いるってこ……」
 ケイの言葉が徐々に小さくなり、不自然なところで止まった。
 頭の中で彼女の言葉が何度も繰り返される。エコーがかかったように響くそれを、どうしても理解することを自分は拒否している。
 理解することは、一つの信じがたい答えへと結びつけてしまうからだ。
 しかし、最後にアーサーの言葉が甦ってきたことで、目の前が弾けて光が飛ぶ。
『私には三人の姉がいるそうです』
 窓から強い風が入り、部屋の中で巻き上がるも、その涼しさを感じる余裕は、最早ケイにはなかった。
 頭がガンガンと痛み出し、心臓がバクバクと激しく波打ち、汗がブワッと噴き出してくる。身体の全てが異変を訴えていた。
 それでも、意志だけは脳裏に浮かんだ答えを否定したがる。
 違う。そんな筈はない。あまりのも出来過ぎた話ではないか。
(そうだ。単なる偶然だ)
 だが、思った通りであれば、これまでこんがらがっていた糸が一気に解けるのだ。
 彼女達が現れた理由が。
「どうしたの?」
 目線を上げると、モルガンが歩み寄ってくるのが見えた。
「顔色が悪いわ。気分でも悪いの?」
 こちらを心配する言葉が妙に空々しい。徐々に縮んでいく距離に息苦しさを感じてくる。
「それとも……受け入れがたい真実に気付いてしまったのかしら」
 ゴクリ、と生唾を呑み込む音が耳に大きく響いた。
 ついに目の前へと来た彼女が、口に笑みを浮かべて見上げてくる。意味ありげなそれに、ますます頭痛が酷くなってきた。
 聞きたくない、これ以上は。それが本音である。だが、聞きたくはないが、知らなければならない。
「あんた……あんたらは、あいつの……」
「ああ、そうそう」
 カラカラな口と同様に乾いていた声で何とか聞き出そうとするが、モルガンはそれをあっさり遮った。ポン、と手を叩いて思い出したように話し始める。
「もう一人、忘れていたわ。末に弟がいるの」
 ケイの意識は彼女の唇に集中する。赤く熟れた唇。そこから引き出されているというだけで、まるで呪詛でもかけられているように感じてしまう。
 しかし、次の言葉は、正しく呪詛そのものだった。
「アーサーという名前の、父親が違う弟が……ね」
 目の前を飛んでいた光が消え失せ、真っ暗になる。奈落に叩き落とされた気分だ。
 決定打を出された今でも信じたくない。
 アーサーと彼女達が姉弟であること。自分とは違う、血の繋がった本当の家族であるなどと。別に嫉妬しているとかではない。姉弟であるなら、彼女達の目的はひとつしか考えられないからだ。
 それは、アーサーの未来の治世を揺るがすものとなる可能性が最も高かった。
「……復讐か?」
 ケイがつぶやくが、モルガンは答えない。
 もう一度、今度はハッキリと口にする。
「復讐の為に俺……アーサーに近付いたのか」
「そうねえ。少なくとも私達にはそうする義務があると思うわ」
 当然の如く、モルガンは言った。その態度にカッとなり、激しく詰め寄る。
「馬鹿言え! あんたらの親父を殺し、お袋を奪ったのはユーサー王じゃねぇか。息子だからって、あいつに何の責があるっていうんだ!」
 激情に任せてベッドを強く叩くと、ギシギシと音が鳴った。
 両親を奪われた怒り。奪った者への恨み。それは完全でないにしろ、分かるつもりだ。しかし、それは奪った張本人へと向けられるべきものである。その子供まで責めを負わなければならないなど理不尽の何ものでもないではないか。
 冷たい考えかもしれないが、それは事実の筈だ。
「勘違いしないで。あくまでも義務があると言っただけで、その為に貴方達の前に現れたわけじゃないわ。……私はね」
 自分の目的は復讐ではない、とモルガンは念を押してくる。だが、それでケイの不安が消えるわけがない。
 彼女は違ったとしても、では、彼女の姉は……モルゴースはそうだというのか。
「姉さんが何を思ってここに来たのかは、私も知らないわ。でも、姉さんは責任感が強い人だったから、可能性はあるかもしれない」
 そこで一旦言葉を止め、耳元に唇を寄せてきた。
「彼が傷心の今なら、容易いかもしれないわね」
「……!」
 囁かれたそれに、ケイは心臓が止まりそうになる。自分とアーサーのやり取りを見ていたことなどにはもう気に掛からなかった。
「これが、私が貴方に伝えたかったこと。気を付けてね。それじゃ」
「……! おい!」
 こちらの制止も聞かず、モルガンは微笑みながら手を振ると一陣の風を残して消失してしまった。
 ケイは舌打ちをするが、消えてしまった彼女よりも重要なことがある。自室を飛び出し、息せき切ってアーサーの元へ走り出した。



 アーサーの自室へ行く途中、城内が奇妙な空気に包まれているのを感じた。まず、おかしいのは普段ならいる筈の夜番の騎士達の姿が一向に見当たらない。他ならまだしもアーサーの自室へ続く扉の前にいないのは明らかに不審過ぎる。
 しかし、今はそちらに目を向けている暇はなかった。一刻も早く、アーサーに会わなければ。そして、無事を確かめなければならない。
 そうこうしている内にアーサーの自室へと辿り着いたケイは、息を整える間もなくその扉を叩いた。
「陛下、私です。ケイです。どうかここを開けて下さい」
 早朝だが、大声で必死に呼びかける。中から気配を感じるので他の場所にいることはない筈である。先程こちらから拒絶したことなど考えてはいられない。
 だが、アーサーの返事は全く返ってこなかった。
「陛下、陛下……!」
 いくら呼びかけても中からの返答はない。ケイの心に焦りが溜まっていく。
「アーサー! ここを開けろ!」
 次第に口調が荒くなっていくのにも気付かず、扉をより強く叩いていく。でなければ、頭の中が嫌な予感で埋め尽くされてしまう。
 すると願いが届いたのか、ようやく扉が開いた。ゆっくりと引かれていく扉を見て、ケイは安堵でほっと息を吐く。
 しかし、その先にあったのは、正に悪夢だった。
「まあ、こんな朝早くにどうなさったの?」
「……!」
 扉を開けたのは、アーサーではなく、女性だった。少し乱れた黒髪に、気怠げな雰囲気。服装を整える姿は、これまで以上に色香を漂わせている。
「モルゴース……殿」
 ケイは、彼女の名を口にすることを一瞬躊躇ってしまった。
「陛下はまだ眠ってらっしゃいますわ。もう少し休ませてあげて下さいな」
 モルゴースは、後ろを窺いながら小声で囁く。それが何を意味するのか、まだこれを現実であると認めたくないケイにとっては、問いただすことも苦痛であった。
「貴女が……何故、陛下のお部屋に……」
「あら、お聞きになさるの?」
 クスリと彼女は笑う。その様は妹と瓜二つだ。
「偶然廊下でお会いしたら、陛下があまりにもお辛い表情をなさっていたので、慰めて差し上げたのですわ」
「慰めたって……」
 どうやって、とは口に出せない。聞きたくない。
 モルガンの言葉から、彼女が何かをしでかすであろうとは思っていた。だが、この現実はあまりにも残酷ではないか。
「それもお聞きになりたいの? でも……それはここに来る前から、もうわかっていらしたのではなくて?」
「何……だと?」
 自分がここに来ることを知っていたというのか。ならば、廊下でアーサーと出会ったのも偶然などではないだろう。全ては計算の上だった。そして、その計算をしたのは目の前の彼女だけではない。
「あんたら、やっぱり……!」
 詰め寄ろうとすると、モルゴースが手でそっと口を覆った。
「今、その話をなさるのはどうかしら? 中に陛下がいらっしゃるのよ」
 その言葉にケイはぐっと言葉を詰まらせる。それを言われてしまえば、最早何も言えない。
「陛下をこれ以上傷つけたくないなら、何も言わないことね。特に陛下と、私やあの子との関係は」
 モルゴースは、妖しく微笑んでアーサーの自室から出てきて、ケイの横を通りすぎる直前で一度立ち止まった。
「勘違いなさらないで。夫の遺言を果たしたかったのは、本当の話。ただ、それ以外の目的があっただけだわ」
 そう言い残して彼女は去っていった。
 呼び止めることも後ろ姿を見送ることもケイには出来なかった。半分開いたままの扉をしばらく凝視したら、ゆっくりと残り半分を開け放つ。
 太陽の日差しが、窓から少しずつ入ってきている為か、部屋はやや明るかった。流れる風もとても心地良い。
 そんな爽やかな雰囲気とは裏腹な気持ちでケイは視線をベッドに移し、歩み寄った。そこには、アーサーが上半身を露わにしたまま眠っていた。寝顔はどことなくまだあの頃の幼さが残っているようなのに、何故か別人を見ている気がしてしまう。
 何も出来ず、ただ突っ立ったままぼんやり見下ろしていると気配を察知したのか、アーサーが目を覚ました。眠気眼で見上げてきた彼と視線が合う。
「あ……」
 アーサーはこちらに少なからず驚いたようで、毛布に身体を絡めたまま上半身を起こした。
「ケイ卿……」
 名を呼ばれ、徐々に凍り付いていた感情が溶けていくのを感じた。
「お前……何してた」
 最初は静かに問いかける。アーサーは視線を逸らして口を噤む。
「モルゴース殿と何をしていたんだ」
 やや怒気を含めて、再び問う。
 それでもアーサーは答えなかった。
「お前……!」
 最後は、もう怒りを隠せなかった。アーサーの裸の肩を手で強く掴み、その勢いに乗ってこちらに振り向かせる。
「自分がとんでもないことしでかしちまったのわかってんのか!」
 婚約している身で別の女と夜を共にするなど。最低の極みでしかない。
 しかも、その女は、お前の異父姉だったのだ。
 感情的になっているとはいえ、どちらも口にすることは憚られた。特に後者は、決して言ってはいけない。
 モルゴースの口振りから、アーサーが彼女を姉であるとまだ知らないと見えた。当然だろう。でなければ、夜を共にすることなどしたりはしない。
 今更何を言っても、この過ちは事実である。だからこそ、それだけは知られてはいけないのだ。アーサー自身にも、他の誰にも。
 しかし、過ちは過ちだ。それ自体からは、目を逸らさせるわけにはいかない。
「……貴殿には、関係ないだろう」
 だが、アーサーの返事は実にそっけないものだった。悪びれていない態度についカッとなってしまう。
「何だよ、その態度は! 開き直るつもりかよ!」
「関係ないのだから、そう言って何が悪い!」
 怒鳴りを怒鳴りで返しながらアーサーは、ケイの手を乱暴に振り解いた。その剣幕に驚きを隠せない。こんなに怒りを露わにするアーサーは、初めてだったからである。
「これからは、私のすることにいちいち関わらないでもらおうか」
「何だと……!」
「貴殿は私の従者だ。私の言うことを聞くのは当然だろう」
 その言い方には聞き覚えがあったケイは、言葉が出なくなってしまう。アーサーは知ってか知らずか、更に言い募ってきた。
「……貴方も昔、私にそう言ったではないか」
 ああ、そうだ、とケイは妙に冷静に思った。
 まだ主従関係が反対だった時、自分もアーサーに全く同じ事を口にしたことがあった。まさかそのままそっくり返されることになろうとは。
 あの頃は、ほんの数ヶ月前の話だというのに、もう何十年も昔の出来事に感じる。それ程に変わってしまったのか。
 自分も。アーサーも。二人を取り巻く周囲も。
 怒りでも、憎悪でもない、ただただ激情を取り入れた瞳で睨みつけるアーサーには、数ヶ月前までの彼を感じ取ることはもう出来なかった。否、そもそも今日明日出会ったばかりの女性と夜を共にするなど今までの彼なら……自分の弟なら考えられないことだ。
 それとも、アーサーだけは自分が変えてしまったのか。あの時、拒絶したことが彼にこんな過ちを犯させてしまう原因となってしまったというのだろうか。
 分からない。もう自分には何もかも。
 アーサーの考えていること。自分が本当はどうすべきだったのかということ。何が最良の道であったのか。
 自分達を変えてしまった最大の原因が何であったのかも、全てが分からなかった。
 アーサーは何も言わず、こちらを睨みつけている。自分にはそんな彼を呆然と見つめることしか出来ない。
 間もなく朝がやって来る。しかし、その太陽の光でさえ、自分達の間に生まれたこの陰を照らすことは出来ないだろうと、ケイは心の片隅で感じていた。

 [第三章へ]

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[ 2006/10/14 23:35 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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