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Sir Kay~Brother Of King~第二章<9>




   第二章「変わりゆくもの」<9>



 ケイがようやく今日の仕事を終えたのは、月が大分傾いた頃であった。
 今朝の事もあったせいか、いつもよりどっと疲れた気がする。自室に戻ると、剣を壁に立て掛けて、鎧だけを脱ぎ捨てた姿でベッドに倒れ込んだ。
 アーサーが王となり、キャメロットに移ってから、この部屋を自室として使用するようになってもう数ヶ月が経つ。しかし、今もここにあるのは、このベッドと、その他の必要最低限の家具だけだ。
 そもそも、かつて住んでいた邸の方の自室も殺風景なものだった。元々、模様替えといったことには、一切興味がない。生活に不自由しなければ十分なのだ。
 だから、この部屋にも調度品や美術品と呼べる物はほとんどなく、せいぜい壁に掛かっている一枚の絵ぐらいだ。その絵も元からこの部屋にあったものなのだが。
 寝返りを打って仰向けになり、随分と見慣れた天井を見つめながら、ケイは今朝の事を思い返した。
 湖で出会った魔女・モルガン。
 亡きロット卿の妻・モルゴース。
 常人とは異なる妖美さを持ち合わせたこの二人が、まさか姉妹だったとは。
 モルゴースの息子・アグラヴェインから聞いた衝撃の事実に、少なからず動揺していた。同時に不安も募る。
 何故、あの姉妹は同時期にアーサーへ接触してきたのだろうか。あまりのタイミングの良さから、偶然とは思えない。まるで最初から図っていたかのようだ。モルガンは言わずもがな、夫の遺言を果たすのを理由にキャメロットへ参上したモルゴースとて腹の底では何を考えているのか。
 彼女らが、ゆくゆくはアーサーに、ひいてはキャメロットに災いをもたらす。そんな気がしてならないのだ。
 城全体が戦勝モードの中、自分だけが暗い淵に取り残されてしまった気分だ。だが、それもあの姉妹の事を知ってしまった者として、仕方がないのかもしれないが。
 嫌な予感を振り切るかのように、勢いよく起き上がる。頭を掻きむしりながら顔を上げると、丁度正面奥の壁に掛かっている、この部屋唯一の美術品の絵が目に入った。
 思えばここに来てから多忙な毎日であったために、今までしっかりと鑑賞したことがなかった。興味もなかったせいもあるだろう。
 穂が五本に分かれた槍のような武器を持った眩い光と、額に大きな黒子のある漆黒の闇がぶつかり合っている。絵にはそんな風景が描かれていると思われる。思われる、という感想になってしまうのは、抽象的過ぎて断定出来ないのだ。
 もっと近くで見た方が分かるかもしれない。そう思い、ベッドから立ち上がる。
 その時。
 コンコン、と外からドアを叩く音が部屋に響いた。
 こんな真夜中に誰だろうか。訝しく思いながらも、ケイはとりあえず絵の事は忘れてドアを開ける。
 次の瞬間、外に立っていた人物に目を見開く。
「陛下……!」
 そこにいたのは、何とアーサーだった。ケイは思わず驚きの声を上げる。
「夜分遅くに済まないな」
 アーサーが申し訳なさそうに謝ってくる。その姿に、半ば茫然自失だったケイはハッと我に返り、平静を装う。
「何かあったのですか?」
 王自ら側近の部屋に来るなど、通常では有り得ないことだ。まさか、あの姉妹がついに何かしら謀をめぐらしてきたのだろうか。少々、緊張した面持ちで問いかける。
 しかし、アーサーの返事は想像していたものとは違っていた。
「いや、少し話をしたいんだ。……入って、構わないか?」
 躊躇っているような口振りに、ケイは今朝のもう一つの出来事を思い出す。
 アグラヴェインと話している最中に現れたアーサー。二人だけになった時に感じてしまった気まずい空気。それから逃れるように、共に散策をしようという彼からの誘いを断り、その場を走り去ったことを。
 あの姉妹の事を考えていた時とは違う意味で気持ちが沈む。
 大体、今朝の事もあったというのに夜中まで何の話があるのだろうか。わざわざこちらの自室にまで来て。
「お話でしたら別の場所でも聞けます。何もここでなくても」
「ほんの少しでいいんだ。頼む」
 今朝よりもやんわりとした口調で拒否するが、アーサーは怯まずに食い下がってくる。その態度も今朝とは異なっていた。それどころか、よく見てみると、何か決意を固めたような表情をしているではないか。
 これは、ちょっとやそっとでは首を縦に振らないだろう。どうやら、こちらが折れるしかなさそうだ。
「……わかりました。どうぞ」
 ドアを開き、中へ促す。アーサーはありがとう、と微笑みながら礼を言って入室した。そのまま窓の方へと歩み寄っていく。
「今日は空気が澄んでいるな。星がよく見える」
 静かにドアを閉めて振り返ると、アーサーは窓から空を見上げていた。
 一日中城内にいて、自室に戻った後もすぐにベッドに飛び込んだせいで気付かなかったが、今夜は満月らしい。大分傾いているが、窓から眩い光が差し込んできている。
「綺麗だな。二人で一晩中、星空を眺めていたのを思い出す」
「陛下……」
 ケイの方から声をかけるが、アーサーは返事をせず、そのまま話し続ける。聞こえていない筈はないのに。
「ああ、けれどあの時は、誘った私の方が先に寝てしまったのだったな。それで、結局流れ星を見ることは叶わずに……」
「陛下」
 今度は少し強めに声をかけると、振り向きはしないものの話し声は途絶えた。ケイは気付かれないように溜息を吐く。
 突然訪問してきたかと思えば、昔話をし始める。一体、アーサーは何をしたいのだろう。自分に話があったのではないのか。
 彼の考えていることは、こちらの頭では計りかねる。しかし、このままでは埒が明かないのは確かだ。
「明日も早う御座います。ただでさえ陛下は、毎日お身体を酷使しておられるのです。差し出がましいようですが、私にお聞きした事があるのなら、なるべく手短に……」
「そのような物言いは止めていただけませんか」
 少々、きつ目な忠言を、アーサーはやや低い声でピシャリと抑えた。口調も以前のものに戻っている。
 思いがけないことにケイは口を半開きにしたまま、身体が固まってしまう。
 振り返った彼は、沈痛な面持ちをしていた。窓から降り注ぐ月の光に包まれたその姿は、この場に似つかわしくない程神秘的に見える。
「皆の前ならともかく、今は私と兄上の二人だけなのです。せめて、この一時だけでも以前のように接して下さい」
 その言葉にケイは驚く。今まで自分に兄弟としての態度を取って欲しいという思いを彼から感じることはあったが、ここまで露骨に言ってくることはなかったからだ。そうしなかったのは、私情を重視しないという、王としての立場や心構えを尊ぶがゆえであったのだろう。
 だとしたら、今目の前にいる彼にはどんな心境の変化があったということだ。それが何かは分からないが、自室にまで来る理由になったのかと思うと、正直微妙なところである。皆が寝静まる真夜中、警備をする騎士の目を盗んでまでするようなことではない。
「そのようなことは出来ません」
「何故、何故ですか!」
 きつい物言いはそのままで拒否すると、アーサーは一歩前に出てきた。次第に言葉が感情的になっている。それが逆にケイの頭を冷静にさせた。
「今の貴方は、私の主だからです。たとえ皆の前でなくとも、あの頃のような態度を取ることなど許されません」
「主君と側近である前に、私と兄上は兄弟の筈です!」
 こちらが客観論を述べれば、向こうは感情論で攻めてくる。だが、こういう諍いで優位に立つのは、大抵客観論だ。それは、ルーカンとのやり取りで経験済みである。その時は、自分が感情的でルーカンが客観的なのだが。
 いつもこんな風に、自分に接していたのだろうか、とルーカンの気持ちはわかってくる気がした。
「血は繋がっておりませんよ」
「……! ですが、ドラゴンと対峙した時は、兄として私に命じたではありませんか」
 ケイは眉を顰める。その話が出てくるのは、実に予想外だった。しかし、一方でこの話を出すということは、アーサーも切羽詰まっているのかもしれないとも思う。
 滲み出てくる動揺に気付かれないよう、腕を組んで虚勢を張るように答えた。
「あの時は……ああでもしないと貴方が逃げようとはしなかったから、仕方なくそうしたまでです。お分かりだったでしょう?」
 アーサーが言葉を詰まらせる。図星だったようだ。
 あくまでも冷たい兄の言葉に意気消沈する今の彼は、王となってからの彼とは正反対だ。むしろ、昔に戻っている。
 王になる前の、自分の弟だった、あの頃に。
 それは、昔を懐かしがっている所以であろうか。そうさせてしまったのは、もしかするとこれまでの自分の中途半端な言動が原因なのだろうか。だからこそ、この数ヶ月で唯一自分が兄としての態度を取ったあの時に縋りついてしまっているのかもしれない。
 ならば、これ以上はもう曖昧にすべきではない。彼の為にも、自分の為にも。
「陛下。良い機会ですから、この場ではっきり申し上げます」
 アーサーが顔を上げたのを確認して、ケイは腕を組んだままで話し始める。
「確かに私と貴方は十五年という月日を、兄弟として共に過ごしてきました。それは紛れもない事実。ですが、今や貴方は全騎士の頂点に立つログレスの王。王者の剣・エクスカリバーに選ばれた勇者なのです」
 先程よりも柔らかく諭すように喋る。アーサーはその一言一言を沈んだ表情のまま黙って聞いている。
 ケイは更に続けた。
「いや、そもそも私達は立つ場所から違っていた。先王ユーサー・ペンドラゴンの実子という、神聖な生まれである貴方と、一介の騎士の倅でしかない私とでは」
 これまで思っていたことを洗いざらい打ち明ける。同時にケイは、自分の中で燻り続けた迷いが徐々にかき消えていくのを感じた。
 やはり、自分達はこれまでの関係を終息させ、主従として新たに歩んでいくべきなのだ。そうすれば、こんな風にアーサー自身を惑わせることもなくなる。
 アーサーは由緒正しい王家の後継者として国を治め、ケイは彼を主とする騎士として仕えていく。それが一番いいのだ。
 今まで悩んでいたのが嘘のように、そんな答えが頭を占めた。悩みの原因だった本人の前で話したことで、実質的な決意表明になったのかもしれない。
 アーサーは、ずっと口を閉ざしたままでいる。彼も迷っているのだろうか。ならば、迷っている内に踏ん切りをつけさせた方がいい。
「……もう、お帰り下さい。これ以上のお話は無用です」
 ケイは背を向けて、決定打を放った。
 これで、今までの全てが終わる。
 その筈だった。
 だが、肝心のアーサーからの返事がない。背を向けてしまったから表情を見ることも出来ないため、急に心配になってくる。だからといって、また振り返るのも少し格好悪い。
 妙な間が流れる時間が長く感じてしまう。それでも後ろからの返事はないままだ。
 これ以上は耐えられない。そう思ったケイは、もうこちらから振り返ってしまおうと身体に力を入れた。
 その時だった。
「ユーサー・ペンドラゴンの血……。それが私を神聖な者と祭り上げるのですか」
「え?」
 あまりに小さいつぶやきで危うく聞き逃しそうになってしまった。丁度力を入れていたので、それに身を任せて振り返る。
 雲が覆ってしまったのか、満月の光が消え去っていく。一気に部屋が闇に包まれてしまったために、アーサーの表情を確かめることも出来なくなってしまう。先程の言葉も、何とか聞き取ることは出来たものの、意味は謎のままだ。
 しかし、声をかけようとすると口が動かなくなる。身体が自分の意志通りに働かない。
 暗闇の中、見えるのはアーサーの身体の輪郭だけ。それが何故か寒気を感じさせた。
 否、実際、徐々に部屋の温度が冷たくなってきている。まるで闇という魔物に呑み込まれてしまったかのように。
「たとえ……不実の愛で生まれてきたとしても」
 低く響いた声にケイは身を震わせる。聞き慣れているはずなのに、誰のものなのか一瞬頭が理解しなかった。出来なかった。
 その声は、常とはあまりに違う、卑屈さに満ちていたからである。
「欲望を抱いた女を手に入れるために魔術で欺き、己の子を産ませた卑劣な男。そんな男の血を引く私が神聖なる血筋の者だとおっしゃるのですか?」
「陛……下」
 喉がカラカラと乾いて上手く言葉が出てこない。背中は冷や汗でびしょ濡れだろう。
 呪いの言葉でも吐いているかのように喋り続ける目の前の男は、一体誰だ。
 そんな馬鹿な事を考えてしまうくらい、今の自分は混乱していた。
「私からしてみれば、兄上の方がよほど神聖な血筋の方だ。騎士としても人としても敬愛出来る父と、慈愛に満ち溢れた母の血を受け継いでおられるのだから」
 さあ、と部屋が再び眩い光に包まれる。覆っていた雲が流れていったようだ。
 しかし、その光でさえ最早ケイの寒気を取り除くことは出来なかった。むしろ、より一層心を凍り付かせてしまう。
 浮かび上がったアーサーの顔は、卑屈な言葉をそのまま表したように歪んでいのだ。こんな表情、赤ん坊の頃から知っている自分でさえ見たことがない。似た顔の全く知らない人間と話しているのではないかと錯覚してしまう。
 それでも何とか騒ぐ気持ちを落ち着かせて、言葉を紡ぐ。
「その魔術で欺くという一計を案じたのは、マーリン殿です。それに、どのような生い立ちであろうと、貴方が王の子であることに違いはないではありませんか」
「王の子?」
 アーサーは小さく鼻で笑うと、ゆっくりこちらに歩み寄ってきた。その姿に尻込みをしたケイは近付いてきた距離分、後退る。
 ケイの身体が壁にぶつかったところで、二人の足は止まったが、互いの距離は身体一つ分程に縮まっていた。
「王の子であることに一体何の意味があるのです。確かに話を持ち掛けたのはマーリンでしたが、どういう事なのか分かっていながらそれに乗ったのはあの男の意志だ。しかも、彼女との間に生まれた息子を交換条件に出すなどと、身勝手なことだと思いませんか」
「それは……」
 ようやく出た言葉も、今のアーサーには何の歯止めにもならなかった。どうすれば良いのかわからない。そもそも、何故彼がこんな変貌を遂げてしまったかもわかっていないのだ。
 アーサーは笑っている。いつもの純粋な微笑みではなく、自嘲気味に。
「ですが、マーリンにはむしろ感謝しているのです。譲り受けた私を父・エクターの元に預けて下さったのですから。兄上の弟にもなれた。そう考えれば、ユーサー・ペンドラゴンが卑劣で身勝手な男で良かったのかもしれませんね」
「アーサー、お前……」
 もうケイには、今自分がとっているのが兄としての態度なのか、従者としてのものなのか、考える余裕さえ持てなくなってしまっていた。いつの間にかアーサーを名で呼んでいることにも気付かない。
 またそれは、アーサーも同様であった。
「不思議ですか、私がこのように思っていたことが。けれど、これが私の本音ですよ」
 自嘲気味な笑みを見せると、アーサーは顔を横に逸らした。その姿はどこか寂寥としているように感じる。
 彼の変化にも驚いていたが、出される言葉の一つ一つも、こちらの予想を遙かに超えていた。まさか、アーサーが実の父親をそんな風に思っていたとは。もちろん、可能性はなくもなかった。だが、自分が知っていた彼の純粋で素直な性格を考えると、今いち想像が付かなかったのである。
 憎しみや軽蔑に満ちた、アーサーの姿など。
 そんな、有り得ないと思っていた彼を目の当たりにしてしまった自分には、もう何も言えなかった。口に出来る言葉さえ思い付かない。
 しばしの沈黙が流れた後、アーサーが再び口を開いた。
「……マーリンから聞いたのですが、私には三人の姉がいるそうです」
 先程より、幾分穏やかになった声だ。しかし、その新たな話題は、更に衝撃的なものだった。
「母・イグレーヌと、前夫のゴルロイス卿とのお子達ですよ。つまり、私に異父姉弟あたります」
 ケイにとってそれは初耳だ。アーサーには自分以外に三人も姉弟がいたというのか。否、自分を入れるのは筋違いだろう。自分は兄であることを止めたつもりなのだから。
「尤も、私が生まれた頃には既にお三人とも親元を離れておられたようですが。それでも……彼女達はさぞ私を恨んでおいででしょう。父を死に追いやり、母を奪った男の血を引く者を許す筈がない」
 父親は違えど彼女達は実の姉だろう、と言おうとして寸前で呑み込む。彼の兄であることを否定した自分が口に出来ることではない。
「私に彼女達を『姉上』と呼ぶ資格はない。けれど貴方を……『兄上』まで失いたくはないんです!」
 アーサーは、叫ぶかのように声を張り上げた。落ち着いたかと思えば、今度は急に激昂し始める。こんなにも彼は不安定な人間だったろうか。
 あんなにも太陽の下にいることが相応しい筈なのに、今は月の光に包まれているせいか妖しささえ感じてしまう。
 しかし、その言葉はとても悲痛だ。心からの願いなのだと実感させられる。
 アーサーの表情も同等のものに変化し、縋りつくようにケイを見た。
「突然、お前は王だと言われ、戸惑いながらも受け入れることが出来たのは、父上と兄上が変わらず傍にいてくれると誓って下さったからです。けれど……兄上はあの日から私と距離を置くようになってしまった。それが私には辛い」
 これまで語ることのなかった胸の内を、アーサーは初めて明かしていく。その一つ一つをケイは黙って聞いている。何も言えなかったというのが正しいか。
 戸惑っていたことは、当時の彼の様子から明らかだ。自分が距離を置いたことを切なく思っていたことも。王になることを決意したきっかけが父と自分だったというのには驚いたが。
 とはいえ、これまでは全てこちらの推測の域でしかなかったので、あまり気に止めていなかった。だが、こうして本人の口から出てしまうと、少なからず責任を感じてしまう。
 整理し切れていない頭で何かを口にしようとしたが、その前にアーサーが再び表情をやや歪ませて言った。
「それとも、もう私という『弟』は必要ありませんか。新しい『弟』が出来たから」
「……? 何の事だ?」
 言っている意味が全く分からず、ケイは眉を寄せる。新しい弟とは何のことだろうか。そんな者はいないし、作った覚えもない。
「昨日出会ったばかりだというのに、随分気にかけていましたね。いつもの兄上らしくない」
「気にかける……? ひょっとして、アグラヴェインの事を言っているのか?」
 眉の皺が更に深くなる。何故この場であの少年の事が話題に上るのか、全く理解出来ない。彼とその『新しい弟』とやらが何の関係があるのだろうか。
 ひとつも要点がわからないままだったが、次の言葉で合点がいった。
「あの子がいるから、もう古い弟は必要ないということですか」
 思わずケイは絶句してしまう。一体、何を言っているのか。大体、何故そんな考えが浮かび上がるのか。あまりの根拠のなさにカッとなり、声を荒げてしまった。
「そんなわけねぇだろ! どこをどう取ったら、そうなるんだ! 俺はそんなつもりであいつに近付いたんじゃない!」
「だったら!」
 更に大きな声でアーサーが怒鳴り、ケイはそれ以上何も言えなくなってしまう。怒鳴られたことにではなく、その苦痛なまでの表情に言葉を失ってしまったのだ。
「だったら……私の兄でいて下さい。せめて、二人でいる時だけは……」
 怒鳴りつけたような声が、懇願するものに変わる。涙混じりに聞こえるのは気のせいではない。
「兄上、私の言っていることは、我侭ですか……?」
 か細く、今にも消え入りそうな声でアーサーはケイに答えを求める。
 自身の中では、まだこの世でたった一人の『兄』に。
 ケイは迷っていた。今最良の方法は、アーサーの望む通りにしてやることであろうが、だからといって簡単に頷くことは出来ないのである。
 別に一度決めたことを覆すことに抵抗があるわけではない。そこまでの自尊心など持ち合わせていないのだから。
 では、何故駄目なのか。
 アーサーの兄でいること。それが何の意味を持つのかわからなくなってしまった。
 そう、自分には兄でいることがアーサーの、キャメロットの、そしてログレスの未来にどう役に立つのかが、何一つ想像出来ないのだ。
 確かに兄でいることで、今のアーサーの心に平穏を与えられる。だが、それはこの先も必要なものなのか。
 今のアーサーは、ある意味孤独なのだ。どんなに敬われ、崇められてもそれは王としての彼でしかない。だからこそ、兄という存在の自分を求めてしまう節があると思う。
 しかし、次第に自分やルーカン達とは違う、友と呼べる存在が出来つつある。戦が終われば名実共に王となり、妻を持つ。そして、やがては子を授かることだろう。
 その時、兄とはいえ血の繋がりのない自分は、何の意味もなくなってしまうのではないか。
 何より兄でいては、きっと自分はアーサーに嫉妬心と劣等感を持ち続けてしまう気がする。それは、彼に仕えていく者としてやはり許されることではない筈だ。
 散々悩み抜いた末……。
 ケイは顔を背け、一言だけ返した。
「……お帰り下さい」
「兄上……!」
「お帰り下さい!」
 それがケイの答えだった。言葉の意味を理解したのか、アーサーは押し黙ってしまったようだ。彼から顔を背いたまま、瞳を閉じる。
 強い、縋るような視線を肌で感じたが、決して開きはしなかった。
「……わかりました」
 長い沈黙の末、アーサーの暗く沈んだ声が耳に入ってくる。同時に彼の気配が遠ざかっていくのがわかった。
 気配は静かにケイの横を通り過ぎていく。次にカチャリとドアが開く音がする。
 きい、と軋む音になったと同時に瞳を開いた時には、もうアーサーの姿はなかった。
 ドアの閉まる音が、やけに大きく耳に響く。その後もしばらく、ケイはアーサーが去っていったドアを見つめていた。
 さぞ悲しませてしまったことだろう。けれど、それも今だけだ。やがて来る未来に辿り着けば、今この時感じた悲しみなどすぐに忘れる。アーサーの為にも自分の為にも、これが一番良い決断なのだ。これで煩わしい嫉妬や劣等感に苛まれる必要はなくなるのだから。
 だが、それでも本当にこれで良かったのだろうか、という思いが拭いきれないのも事実だった。ここでアーサーを拒絶してしまったことが、果たして良いことだったか、と。
 今更思い悩むのは卑怯だろうか。しかし、これが隠しようのない本音である。
 どれが正しい答えなのかなど、自分でも分からないのだ。
 月の光は相変わらず部屋を包んでいたが、淀んだケイの心までは照らすことは出来なかった。

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[ 2006/10/07 23:53 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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