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Sir Kay~Brother Of King~第二章<8>




   第二章「変わりゆくもの」<8>



 翌日。ケイは一人、庭園へとやって来ていた。思ったより早く目が覚めたので、会議までの時間をつぶしに来たのである。
 何故、時間つぶしに庭園選んだのか。理由は、ある人物が来ているかどうかを確かめるためであった。
 キャメロットの庭園は、広さはレオデグランス卿の邸と比べれば小さい方である。しかし、城が建設されてから数百年。王不在時に手入れをされなかったこともあるにも関わらず、花は枯れることなく、年中咲き誇っていたらしい。そのため、この庭園ひいてはこの城は、何かしら神秘的な力に守護されているのではないかという噂もある程だ。それが表面に一番現れているのが庭園なのである。
 緑に溢れた一面に、所々で鳥達のさえずりが聞こえ、実に風情だ。ケイはどちらかといえば夜型で、早朝に目が覚めるのは珍しい方である。だから、今までもこのように散策に出たりすることは少なかった。しようとも思わなかったのが正解か。しかし、やってみると実に心地良い。これからは時折早起きするのも良いかもしれない、とさえ思えてくる。尤もその時は、誰にも知られないようにしなければならない。そんな爽やかな光景、自分にはとても似合わないことがわかっていたからだ。特にルーカン達に見つかったら、またからかいのネタにされてしまう。それだけは避けなければ。
 そんなことを考えながら奥に進んだところで、ケイは足を止める。
 目当ての人物は、庭園の端にいた。そこは、尤も陽が当たらず、花も育ちにくい場所だった。それでもいくつかの種類の花が咲いてはいるが、どれも名もない野花に近いものばかりだ。その花々を、目当ての人物はただじっと見下ろしている。
「よお、アグラヴェイン」
 声をかけると人物・アグラヴェインはハッとした顔で振り返った。すぐにいつもの不機嫌な表情へと戻ったが、特に気にしない。
「やっぱ、来てたのか」
 ケイは歩み寄ってアグラヴェインが見ていた花壇にしゃがみ込んだ。
「こんなところよりもっと綺麗な花がたくさんあるだろう。それともこういう地味なやつが好きなのか?」
 アグラヴェインは答えない。ケイも昨日の経験で予測がついていたので、振り返らないまま花壇に視線を向けたままだ。
 しかし、何故こうもこの少年と関わろうとするのだろうか、とケイは今更ながら不思議に思う。自分は、アーサーのようなお人好しでもなければルーカンのように人との交流が趣味というわけでもない。むしろ、他人の揉め事には巻き込まれたくない方なのだ。モルゴースとモルガンの関連性を知りたいというなら、他の兄弟に関わった方が情報も得やすくて楽の筈だ。否、そんなことを聞きたくて接触しているのではないことはわかっている。
 ただ、この少年と話してみたいだけ。それが自分らしくなくて不思議なのだ。
「……から」
「へ?」
 背後から聞こえた何かに振り返ってみると、少し顔を逸らしているアグラヴェインが目に入った。
「あまり、派手なのは好きじゃないから……」
 今度は、はっきりとそう口に出す。初めて聞いた、昨日のような叫びのようなものではない、少年の声。
「……そっか。俺も好きだぜ、こういうやつの方が」
 何だか嬉しくなって、自然と顔を綻ぶ。アグラヴェインも少しだけ表情を緩めたような気がした。
「あんた、変わってる」
「どこが?」
 ケイは立ち上がり、顔だけ向ける。
「何でオレに話しかけてくるんだよ」
「別に、理由なんてねぇけど」
「嘘つけ。あいつからオレの事聞いたんだろ」
 アグラヴェインの和らいでいた表情が、再び不機嫌になり、声音にも怒りが滲み出る。
 あいつ、というのが誰のことかは聞かないでも見当が付いた。昨日出会ったばかりだが、この兄弟の確執が相当のものだということはもう確実だ。その理由も何となく推測出来る。
 ふと、昨日のガウェインとの会話を思い出して、ケイは一つ確かめてみたくなった。
「ああ、聞いた。嫌な奴だな」
「だったら……」
「お前の兄貴」
 アグラヴェインが弾かれたように顔を上げる。
「暑苦しいし、馬鹿力だし、こっちの嫌味には気付かねぇ。しかも悪気がないってのが尚更質が悪い。お前も大変だな。ああいうの兄貴に持っていると」
 どういう反応を示すのか気になり、ケイは敢えてガウェインの悪口を並び立ててみる。これまでの言動を考えれば兄同様、こちらの言葉に賛同するように思えるが。
 アグラヴェインは黙ったままで何も返してこない。不思議に思い、ちらりとその顔を盗み見てみると、目を細めてきゅっと下唇を噛み、眉間に皺を寄せている。少年はそんな表情をしていた。
 明らかに怒っている、といった感情が現れている。とはいっても、今までのような嫌悪や憎悪から滲み出てくるものではない。
 同じ怒りでも今のは、何というか、微笑ましく思えてくるのだ。何だか可笑しくなって、ケイは思わずアグラヴェインの頭を撫でた。
「わっ! 何すんだよ!」
 突然髪をグチャグチャに掻き回され、アグラヴェインは慌てたような、怒っているような声を上げる。それがまた子供っぽく見えてより微笑ましくなる。
 どうやら、この少年は思っていたよりも。
「可愛い奴だな、お前」
「何訳の分からないこと言ってんだよ! 放せ!」
 不満も聞こえんばかりにケイは頭を撫で続ける。払い除けようとする力にも全く意に介さない。けれど、当のアグラヴェインも徐々に今までとは違う表情になっているのがわかった。本気で嫌がっているというより、照れているといった感じだ。
 散々掻き回してから、ケイはようやく手を頭から離す。アグラヴェインがキッと睨みつけてくるが、その瞳にはこれまでの鋭さはなかった。ふん、と顔を背けて再び花壇へ視線を戻す。
「本当に好きなんだな、花」
 聞かなくても真剣な瞳からそれが手に取るようにわかってはいたが、何か理由でもあるのかと思って尋ねてみる。軽い気持ちであったのだが。
「汚くないから」
 その返答は思ってもみないものだった。というより、理解出来ない。こういう時は『綺麗だから』というのが普通の表現である。それを何故敢えて『汚くない』という表現を使うのだろう。一体、どういう意味なのだろうか。そう、こちらが首を傾げていると、アグラヴェインは更に続けた。
「人間みたいに平気で誰かを見下したり、騙したり、嘘を付いたりしないから」
 そう言うアグラヴェインの目には、嫌悪感が宿っている。嫌な人間の顔でも思い出したのだろうか。だとしたら、それはあの兄か、はたまた別の誰かなのか。こちらでは、何とも判断し難い。
 ただ言えることは、この少年はこれまでの短い人生の中で人間の嫌な部分を相当見せつけられてきたのだろう、ということだけだ。それは、自分もたくさん経験してきたから。
 ああ、とケイは少しだけ答えを見つけたような気がした。何故、自分がこの少年を気にかけるのか。
 似ているのだ、この少年は。少し前の自分に。弟と比べられ、見下され続けてきた自分に。
 きっと、アグラヴェインも兄と比べられて育ってきたのだろう。もしかしたら、そこには弟達も含まれているのかもしれない。
 アグラヴェインの能力がどの程度かはわからないが、彼と兄弟達の表情の違いを見れば、そんなことは一目瞭然だろう。
 そして、もう一つわかったことがある。花が好きな理由だ。
 昨日、落ちてきた花瓶から助けた時、アグラヴェインはこちらの手を乱暴に払い除けた。まるでゴミでも扱うかのように。
 更に少年はこう言った。「汚い手でオレに触るな」と。
 『汚い手』と、花が好きなのは、『汚くないから』という理由。
 それらを踏まえて感じた。アグラヴェインは、かなりの潔癖性なのだろう。しかも、人間に対してだけの。
 アグラヴェインにとって、人間とは皆汚いものなのだ。恐らく、世界中のどんなものよりも。それに怒りを覚える少年は、ある意味純粋ではないだろうか。堕落を許さない、と感じているともいえるのだから。
 人間は醜い。それはきっと外れてはいない。自分もそう思うからだ。尤も、自分はそのことに今更怒りを覚えたりはしない。所詮、人間とはそういう生き物なのだ、と諦念の域に達したふりをするだけである。それでも、自分と少年には共通する部分が多い。
 だが、一つだけ自分はこの少年と異なるものがある。自分は知っているのだ。純粋で汚れることのない、唯一の存在を。
「そうかもしれないな。けど、俺はそうじゃない人間を知っているぜ」
 人間は醜いと自分も思っている。そういうものだと半ば諦めているところもある。それでも完全に思い切らないのは、彼の存在が自分にはあるからなのかもしれない。
 しかし、先にその名を口にしたのはアグラヴェインの方だった。
「……陛下も同じだ」
 ケイは怪訝そうな顔をした。自分が言ったのがアーサーである、とわかったのかも不思議ではあるが、それよりもその言葉の意味の方が気になる。
 視線で疑問を投げかけると、アグラヴェインは答えた。
「だって、陛下は不義の子じゃないか」
 ドクリ、とケイは胸が騒ぐのを感じる。顔も目を見開いて驚きの表情になる。今、その話が出てくるなど考えてもいなかったのだ。
「オレ、知ってるんだぞ。陛下のお父上は、敵だった人の奥方を騙して、それで陛下が産まれたんだって。そんな生い立ちの人のどこが綺麗だっていえる……」
「おい」
 自分でも思った以上にどすの利いた声が口から出た。ビクリとアグラヴェインが肩を震わせるのが見えて、しまったと思う。だが、どこで誰が聞いているか分からないのだから、不用意に話されては困るのだ。頭がカッとなったのは、一瞬の内にそれを考えたからだろう。
 今の話はログレスでは有名だ。特にアーサーがエクスカリバーを抜き、マーリンによって彼がログレスの新たな王となる、と公言された時は大変だった。不義密通によって誕生した子を王とは認めぬと、このことが問題となり、反乱が起こったほどだ。
 親の不始末を子供に受け継がせるなど。ケイからしてみれば理不尽としか思えないが、世間とはそういう偏見の固まりだともいえる。アーサーもそれを理解していたからこそ、自らの存在意義を行動で示そうと奮闘してきたのだ。今はその頑張りを誰もが認めていることは彼の努力の賜物であり、言うなれば当然の結果だろう。
 しかし、いくら有名な話だからといってこんな子供の口から出てくるとは。
「そんな話、誰から聞いた。この城の騎士達じゃないだろうな」
 平静を装っているつもりだが、アグラヴェインはまだ少し怯えているようでどこかオドオドしている。
「……違う。叔母上が、話してくれた」
「叔母上?」
 思いがけない人物の登場に、ケイはわずかに目を見開く。
 その叔母というのは、モルゴースの姉妹だろうか。ロット卿の血筋の可能性もあるが、ふと、先日出会った魔女の姿が脳裏に浮かんでくる。まさか、いくら何でもそれは上手く出来過ぎではないだろうか。そうは思っても一度頭を掠めた推測は、そう簡単に消えてはくれない。嫌な予感はするが、ケイはその叔母について聞いてみることにした。
 すると。
「やあ。お早う」
 響いた声にケイもアグラヴェインも驚く。慌てて振り向くと、そこには今話題となっている人物が立っているではないか。
「陛下!」
 ケイは驚きの声を上げる。アーサーがここに来たこともそうだが、今の話を聞かれていたのか、という焦りの方が大きかった。
 自らの出生の秘密について、アーサーの方から何か言ったことはない。こちらからも敢えて話題にするのはどうかと思い、彼がいない時でも会話に出すことはなかった。
 だから、今アーサーが自らの出生についてどう思っているのかもわからない。王として戦に赴く際は、「亡き父の遺志を継いで勝利を収める」と口にしてはいるものの実際はどうなのだろうか。エクスカリバーを抜いた時。初めて己の秘密を知った時の動揺は流石にすごかった。自分は騎士エクターの子だと叫んでいた姿は今でも覚えている。尤も、あの時はこちらも驚いていたので、その奥底の心情までは計り知れないが。
 あれから数ヶ月。元々心根の強い男だ。その間に気持ちの整理をつけたのかもしれない。それが王としての態度に現れているとも考えられるが、正直、最近のアーサーの表情からは何も読み取れないのだ。昔からの感情的な面を見せる時もあれば、突然冷静になる時もある。モルゴース達が来た時などが一番身近な例だ。あまりに違うので、たまに何を考えているのかわからなくなってしまうことさえある。やはり、己の出生に多少なりとも傷ついているのだろうか。
 だから、出来ればあの話題はアーサーの耳には入れたくはないのだ。もし、聞かれていたとしたら……。
「二人で何のお話かな? 良かったら、私も混ぜてくれないか」
 そんなこちらの焦りにも気付いていないのか、アーサーはいつもの爽やかな微笑みを絶やさずに歩み寄ってくる。それは、とても自然なものだった。
「あ、いえ、大した話ではありません。ちょっとした世間話ですよ」
 ケイは少し戸惑いがちに答える。同時に安堵もしていた。どうやら聞かれていなかったらしい。アグラヴェインもまさか本人の前で話しはしないだろう。とりあえず、アーサーの耳に入らなくて良かった。
 だが、アーサーが近付いてくると、今度はアグラヴェインが彼らから離れようとし始めたではないか。
「オレ、失礼します」
「あ、おい!」
 慌ててケイは走り去ろうとするアグラヴェインを呼び止める。肝心な事を聞き忘れてはいけない。あの魔女とモルゴースの関係をはっきりさせておくためにも今聞いておかなければ。もちろん、アーサーの出生の話をしていたことは伏せて尋ねる。
「お前、モルガンって名前の女、知っているか?」
「モルガン? モルガン叔母上のこと?」
 先程口にした叔母の名前が、ケイから出たことにアグラヴェインは少々驚いているようだ。
「その、モルガン叔母上は、お前の母君の姉妹なのか?」
 アグラヴェインが頷く。
「そう、母上の妹にあたる人だよ」
 ああ、やはりそうなのか。ケイは自分の推測が全て当たっていたことを知った。見ればアーサーも目を見開いているのがわかる。
 モルガンとモルゴース。やはり二人には接点があったのだ。姉妹だったというのは、アグラヴェインから叔母の存在を聞くまでは考えていなかったが。
 否、考えたくなかったの間違いかもしれない。その推測は自分達、引いてはこのログレスに暗雲が立ちこめる可能性があるからだ。出来ればそうであってほしくないと無意識に願っていたのだろう。
 だが、当たってしまった。戦の勝利を誰もが確信している今の状況でも、それらが全てをこれから悪い方向へと引きずり込んでしまうのではないか。ケイはそんな風に酷く暗い気持ちになった。
 悔しいが、マーリンの言っていた通りだ。たとえこの先戦に勝ったとしてもそれで混乱がなくなるわけではない。味方が増えれば増えるほど縁も増える。しかし、その縁がアーサの国造りに良い影響を与えるとは限らない。今回の二人の女の存在が、こちらにどのように差し響くのかわからないが、とても良くなるとは思えなかった。
 果たしてどうすべきか……。
 その時、ふと視線を下ろすと訝しげにこちらを見ているアグラヴェインに気付き、ハッとする。
 つい、考えに耽ってしまって呼び止めていたことを忘れていた。
「そっか。悪いな、呼び止めて。もう行っていいぞ。じゃあな」
 慌てて挨拶を返すと、アグラヴェインは首を傾げたが、一度頭を下げて今度こそ走り去っていった。
「今のはガウェインの弟か。アグラヴェインという名だったな」
 遠ざかるアグラヴェインの背中を見ていたアーサーが話しかけてくる。
「ええ……」
「共に散策をしているとは、随分仲良くなったのだな」
 その物言いにケイは少しだけ不思議に思う。気のせいだろうか、何か刺々しさみたいなものを感じたのだ。だが、そんな言い方をするような会話は一つもしていない筈である。第一、アーサーはそんな言い方をしたりはしないだろう。やはり、聞き間違いか。
「いえ、たまたまここで会って話をしていただけですよ」
「そう、か……」
 正直に答えると、アーサーは今度は妙な表情をした。嬉しいような悲しいような、どの感情を表したいのかよくわからないといった風だ。
 一体どうしたのだろうか。気にはなるが、今は伝えておかなければならないことがある。
「それより、モルゴース殿には少し注意をされた方が良いかと。亡き夫の遺言で我々に力を貸してくれるとはいえ、あの魔女と姉妹である以上、油断はしない方がよろしいでしょう」
「そう……だな。協力者を疑うのは心苦しいが、用心に越したことはない」
 こちらの忠言に頷くアーサーの顔はいつものに戻っている。どこも妙なところは感じられない。多分、妙だと思ったのは、こちらの勘違いだっただろう。
 そう結論づけたところで、自分達が二人きりなのを今更気付いた。すると次の瞬間、周囲は気まずい空気が流れ始めてしまう。
 思えば、こんな風に二人きりになるのはどれぐらいぶりだろうか。最後は、恐らくまだアーサーと自分の関係が変わる前だった筈だ。つまり、今の関係になってからは初めてということになる。あの頃にはなかった気まずさを感じてしまうのは、そのせいなのかもしれない。兄弟として共に過ごしていた時には、全く流れたりしなかった息が詰まるような気まずさ。
 それは、暗に自分達がもう他人なのだと言われている気がしてしまい、何だか居たたまれない気持ちになってくる。
「申し訳ありません、私もこれで」
 そう言って一礼すると、アーサーの方も見ず、逃げるように駆け出す。
「……ケイ卿!」
 叫ぶように上げられた声に呼び止められ、ケイは足を止める。振り返ると。アーサーが困惑した表情をしながらも口元には笑みを作っていた。
「その、良かったら……共に庭園の花を見て回らないか……?」
 躊躇いがちに出された誘いにケイは一瞬驚いたが、言葉の意味を悟って、一気に感情が冷めていく。
「……それがご命令であれば、お聞きしますよ」
「違う。命令などではない」
 急に抑制のない口調になったケイに、アーサーは焦ったように否定してきた。その姿は、大事なものを無くすまいと必死に手を伸ばしているように見える。
「ただ、子供の頃、共によく散策をしたことを思い出して……」
「それならばお断りします。公務の用意もせねばならない時間でもありますから」
 思った通りの言葉を、ケイはやんわりと、だが断ち切るように遮った。目に見えて落ち込むアーサーに気付かないふりをして背を向ける。自分で感じるのはおかしいかもしれないが、今の自分はまるでナイフだ。何かを口にする度に、何か行動を起こす度に、後ろの王と呼ばれる少年を傷つけている気がする。それが分かっていても、こうするしかないのだ。
「失礼します。陛下も出来れば早くお戻りになって下さい。他の者には私から伝えておきますが、あまり遅いと皆心配しますので」
「ケイ……卿」
 名をつぶやかれたが、それには返答をせず歩き出す。側近してはあるまじき行為かもしれないが、今度は呼び止められても振り返ることはしない。
 分かっている。アーサーはただ自分と散策をしたかっただけだ。側近である自分ではなく、兄である自分と。
 しかし、ただでさえこれまでそのことに迷いがあった上に、あの空気を体感してしまったケイには到底そんな気分にはなれなかった。正直、一緒にいて何を話して良いのかも思い付かないのだ。
 そこで気付いた。自分が迷っている間にも自分達の関係は変わりつつあることを。
 このままいけば、十数年築き上げてきた兄弟という関係は、自然消滅してしまうだろう。それは、最悪な結末だ。とうに終わった間柄なのにどこかでその名残を求めるが、傍に立って感じ取れるのは、あの気まずい空気だけ。そんな関係が一生続くことになってしまう。それだけは避けなければならない。今までの関係を継続するにせよ、終わらせるにせよ、決断は迫られている。時は待ってはくれないのだ。
 しかし、それでもまだどうすべきか迷っている自分がいる。兄でいることも兄を捨てることも決められない自分が。情けない。何故こうも自分は、自分自身のことでさえ覚束ないのか。こんな自分が何故アーサーの傍らにいられるというのか。あの魔術師の老人の考えることは全く理解出来ない。そんなことをほざく暇があったら、今自分がどうすべきかを予知してくれればいいものを。肝心な時に役に立たない。
 ……馬鹿だ、と思う。その答えは自分で出さなければならないというのに。出せないからこうして逃げ出す。あの、純粋な眼差しから。
 アーサーの視線が背中に突き刺さるのを感じたが、ケイは振り返りはしない。
 徐々に昇っていく太陽が、やけに眩しく思えてならなかった。

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[ 2006/09/30 23:32 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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2006年5月16日開設

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