スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

Sir Kay~Brother Of King~第二章<7>




   第二章「変わりゆくもの」<7>



 ケイが邸に戻ってみれば思っていた通り、最初に目に飛び込んできたのは、沈痛の表情をしたアーサーが飛びかからん勢いで駆け寄ってくる姿だった。
 部屋に見舞いへ行ってみれば当の本人の姿がないことに驚き、その後ルーカンから話は聞いたものの心配でたまらず、邸中を捜し回っていたらしい。さぞかし血相を変えていたであろうと容易に想像出来て、ケイは溜息を吐きたくなった。こんな気分になるのは、今日で何度目だろうか。
 身体の具合を何度も確認してくるアーサーの後ろで、いつも通りの涼しい顔をしているルーカンとベディヴィアを睨む。もっと上手く説明しておいてくれれば良かったものを。でなければせめて邸内を走り回っていたであろうアーサーを止めてくれるくらいして欲しかった。確かにこちらも行き先を告げてはいなかったのだが。
 尤もこれらのことは軽いことだ。一番問題なのは、自分達四人を少し離れた場所から見ているグィネヴィアである。平静を装っているように見えるが、瞳に不機嫌さが宿っているのがここからでもわかった。間接的にとはいえ、明らかにアーサーとの庭園デートを邪魔されたことを怒っている。もう溜息も出てこない。全てこちらの予想通りの結果となってしまった。頭の痛くなる思いだが、今はあの魔女のことを話さなければならない。
 部屋に連れて行こうと急かすアーサーを止め、魔女・モルガンについて聞くと、確かに庭園でグィネヴィアと別れた後、それらしき女性と出会ったという。いくつかの質問の中にケイのことが入っていたことに不審を感じ、急いで戻ってきてみたら本人がいなかったので焦燥に駆られたらしい。ようやくモルガンの言っていたことに確証を得たケイは、自分も彼女に出会ったことを報告した。マーリンの弟子であり、気を付けろと忠告されたことも。
 魔女が出現したという事実、しかもその魔女がマーリンの弟子であることは、少なからず四人に衝撃を与えた。他国からの侵略者達との戦も控えているのだ。これからはより慎重に事を運ばなければならない。すっかり冷静さを取り戻し王の顔となったアーサーに注意を促され、三人も頷く。
 ただ、ひとつ疑問は残っていた。モルガンがアーサーを昔から知っていたということである。話の最中に感じ取れたのだが、アーサーの方は彼女を知らなかったようだ。庭園での出会いが初対面だったのだろう。では、何故彼女はアーサーがエクスカリバー抜き、未来の王として名を馳せる以前から知っていたのか。その疑問だけは解消されないままでであった。とはいっても、解明してくれる本人が行方知れずである以上、現時点ではどうすることも出来ない。とにかく今は目の前のことを一つずつこなしていくしかなかった。
 数日後。ケイとベディヴィアの怪我が完治したため、一行はようやくキャメロットへ帰還し、ここまでの経緯を報告した。ドラゴンとの遭遇。ベディヴィアの右腕消失。魔女との出会い。また伝えはしなかったが、ケイ個人にはグィネヴィアとの確執もあった。結局レオデグランス卿の邸に滞在している間、彼女とはまともに話も出来ず、関係修復は失敗に終わってしまったままなのだ。ケイにとっては大きな痛手だった。
 しかし、持ち帰ったのは悪い知らせばかりではない。当初の目的であったレオデグランス卿の力を借りることは成功したのだから。しかもお互いの気持ちを確かめ合ったアーサーとグィネヴィアが婚姻の約束を交わしたのである。これは最大の驚きであり、最高の喜びでもあった。戦乱を集結させ、アーサーが名実共に王となったら、二人は正式に夫婦となる。このことは、ログレスの希望に満ちた未来を誰の胸にも抱かせてくれた。グィネヴィアとの仲が芳しくないケイ以外には。
 色々あったが、今回のことで騎士達の士気はより高まり、結果は上々であった。皆が平和を夢見、一丸となって侵略者達との戦いに備える騎士達は、溢れんばかりの熱気に包まれる。これもケイ以外だが。
 だが、これだけではなかった。更なる朗報がキャメロットに舞い降りたのだ。
「ロット卿の使者が?」
 王の間にアーサー驚く声が響く。傍にいたケイもその名を聞いて驚いていた。
「はい。是非陛下にお目通り願いたいとのことです」
 知らせに来たルーカンも、普段よりやや興奮気味な表情をしているように見える。後ろのベディヴィアもまた同様だ。
 ロット卿とは、レオデグランス卿と並ぶ有力な騎士であり、アーサーを王として認めない反乱軍を率いた者の一人だった。実に豪胆な性格で、随分苦戦を強いられたのを今でも鮮明に覚えている。しかし、その反乱軍も既に制圧され、ロット卿自身もアーサーとの一騎打ちで敗北した時の怪我が元で、先日逝去されたと聞いた。
 その亡き彼の使者が果たして何用であろうか。
「使者の数は?」
 疑問に思い、ケイはルーカンに質問する。
「ロット卿の奥方であらせられるモルゴース様を筆頭にその御子達四名。全員で五名だ」
「奥方と御子達が自ら使者として来たのか……」
「ああ。もちろん護衛の者も共にだがな」
 確かにこちらもレオデグランス卿の元には、王であるアーサーが自ら使者として参じたのだから、ないことはない。だが、まだ安心するには情報が少な過ぎる。
「何の用かってのは、聞いたのか」
「それが『亡き夫の遺言を果たしに参りました』としか口にしないんだよ」
「遺言?」
「何度も尋ねたが、陛下の御前でないとその内容までは話せないの一点張りだ」
 アーサーの前でないと話せない、ロット卿の『遺言』。果たしてそれはどう捉えたら良いのだろう。よほど大切な事なのか、あるいはアーサーに会うための口実か。
 ケイは湖でのマーリンの言葉を思い出す。これから先、アーサーには危険が及ぶことになる、とあの老人は言った。モルガンの件も加えれば、何か陰謀が巡らされているのではないか、と思ってしまう。とにかくここは慎重に動くべきだ。
 そう、ケイが発言しようとしたが、それまで黙っていたアーサーが突然椅子から立ち上がった。
「会おう。通してくれ」
 きっぱりと言い放たれた言葉にケイは焦り留める。
「陛下。しかし、何か策を講じている可能性も……」
 しかし、アーサーは首を横に振った。
「いや、ロット卿の遺言の元に参られたのなら、それはない。私との一騎打ちで勝敗が決した際、あの方は潔く負けを認めた。そのような方の遺言が私を貶めるものである筈がない。何よりも、遺志の元に参った方を会わずに帰すなど騎士として恥ずべき行為だ」
 その言葉には一寸の迷いも感じられない。真っ直ぐなアーサーらしい考え方である。だが、そんな簡単に信じていいものだろうかとも思う。アーサーが信じやすいのか、それとも自分が疑い深いのか。そんなことはわからないが、おいそれと賛同出来かねるというのが本当のところだ。
 ケイが返答に困っていると、エクターが割って入ってくる。これが決定打となった。
「陛下のお望みのままにせよ。それが陛下の御意志なれば。奥方達をここへお連れしろ」
「はい」
 ルーカン達は一度頭を下げてから王の間を出ていく。
 父にまで言われてしまえば最早ケイには口出すことは出来ず、承諾せざるをえない。やはり自分にアーサーの傍らは無理があるのではないか、とここにはいないマーリンに悪態をつきたくなってしまった。アーサーに助言を与えている老人が今いないことは、さして珍しいことではない。元々あれは伝えたい事がある時だけフッと現れて、終わればまたフッと消えてしまう。神出鬼没というか、自分勝手な老人だ。今現れないということは、今回の使者について特に危険はないと考えていいのだろうか。不信感のあるケイにとっては来ようが来まいが同じことなのだが、全面的にあの老人を信用しているアーサーは無意識の内にそう捉えているのかも知れない。だから、あんなにも決断に迷いがないのだろうか。
 あれこれ考えていると、再び扉が開かれた。ルーカン達が使者を連れて戻ってきたのだ。
 亡きロット卿の妻・モルゴースであろう、ルーカンと男の子達の間を歩く女性の姿が目に映った瞬間、ケイは思わず息を呑んだ。
 彼女の容姿は、あの魔女モルガンによく似ていたからである。
 年齢自体はモルゴースの方が些か上ではありそうだが、長く艶やかな黒髪にもうウェーブをかければ同一人物と言えるほどにそっくりになるだろう。自分だったら見分けがつかないと断言出来てしまう。
 ちらとアーサーを盗み見るが、その表情には変化は見られない。彼もモルガンに出会っているのだから気付かないわけはない筈だ。だとしたら、気付いていて表には出さないようにしているということになる。
 その冷静さにケイは少し違和感を感じた。元来、アーサーは感情がすぐ顔に出てしまう方である。王としての自覚が芽生えてきてもそこはあまり変わらなかったというのに。
 否、今はそんなことを考えている場合ではない。
「お目通りを叶えていただき感謝いたしますわ、アーサー王。私が騎士ロットの妻・モルゴースに御座います。そして、こちらは私の子供達。上からガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレスです」
 子供達を横に並ばせ、モルゴースは跪いた。子供達もそれに倣う。アーサーはそこで表情を崩した。
「モルゴース殿、どうか顔をお上げ下さい。私はまだ真の王となったわけではありません。貴女の前にいるのは、ログレスの平和を願うただの騎士に過ぎない」
「まあ、流石はアーサー様。亡き夫のおっしゃった通りの方ですわ」
 希望通り顔を上げたモルゴースの赤く熟れた唇が弧を描く。その様さえ、モルガンと酷似している。モルガンの方は童女のような微笑みで、モルゴースは妖艶といった感じだが。
「はるばる遠方から来ていただいたばかりで申し訳ないが、話してはいただけないか。……ロット卿の遺言の事を」
 アーサーの申し出にモルゴースは頷き、全てを語り始めた。
「生前、夫はアーサー様に敗北したことに後悔はない、とよくおっしゃっていました。頑固な方で負けを認めることを何より嫌がっていらしたのに……」
 モルゴースが苦笑をもらすと、アーサーが目を細める。一騎打ちの事でも思い出しているのかも知れない。
「反乱軍を率いていた夫でしたが、アーサー様と実際に剣を交えて『この方こそ未来の王となられるべき方』と確信なさったそうですわ。そして、こう言い残しました。『私が死した後は、息子達をアーサー王に仕えさせよ』と」
 モルゴースの子の一人が前に出て跪く。長男のガウェインだ。
「今はまだ長男のガウェイン以外は幼くお仕えすることが出来ませんが、どうかこのガウェインだけでも陛下のお側でご奉仕を。これが亡き夫の遺言に御座います」
 彼女らがキャメロットに来た理由がこれで解明された。忠義篤い騎士であったロット卿らしい考え方である。反乱が収束してすぐに使者を寄越さなかったのは、己の死を待っていたのかもしれない。己の決意をより確かなものにするために、遺言として。
 アーサーが前に歩み寄るとガウェインは跪いたまま顔を上げる。
「ガウェイン」
 アーサーが微笑む。
「はい、陛下」
 ガウェインは力強く応える。
「年はいくつだ?」
「十六になります」
「そうか、私よりひとつ上だな」
「年が上かなど何の意味もありません。陛下のお噂は常に耳にしておりました。仮に父が『仇を討て』と遺していたとしても、私は陛下に生涯お仕えする道を選んでいたでしょう。陛下のためならこの命、いつ何時でも捨てる覚悟に御座います」
 燃え上がっているのかと思えてしまうくらいにガウェインの眼差しは熱い。そして、アーサーはそれを難なく見つめ返す。
「貴殿の志はとても嬉しい。だが、そんな簡単に命を捨てるなどとは言わないでくれ。戦いの道を進んでいるが、私は望んで人の死を求めてはいない」
 優しく諭すようなアーサーの言葉にガウェインは己の思い上がりを恥と感じたのか、顔を下げてしまう。
 しかし、アーサーの手が肩に置かれたのにハッとしてまた顔を上げる。
「……それを約してくれるのであれば、貴殿の忠誠を心から歓迎しよう」
 微笑みと共に投げかけられた言葉に、ガウェインは目を輝かせて「はい!」と威勢良く応える。
 この何だか熱いやり取りを、ケイは終始シニカルな思いで見つめていた。昔からこういう雰囲気には、周囲が高まれば高まるほど気持ちが冷めていく方であった。
 二人の表情からまだ続きそうなので、ふと、ガウェインの後ろにいる彼の弟達に視線を移した。その中でも次男のアグラヴェインに目が留まる。年は十歳前後といったところか。彼は、兄や弟達と比べて随分きつい表情をしている。顔立ちは全員よく似ているのだが。
 一言でいうなら、荒んでいるのだ。二人の弟はアーサーと兄のやり取りを尊敬や憧れな眼差しで見ているが、彼からそれは全く感じられない。むしろ憎々しげといった方が正しいだろう。何が彼をそうさせているのか、ケイはひどく気になる。何の理由もなく他人に興味を示すのは珍しいことだった。
 その後、アーサーとガウェインによる熱いやり取りが終わると、この訪問は滞りなく終了した。長男のガウェインは、このままキャメロットでアーサーに仕え、モルゴースと他の兄弟達は後日領地へと帰還することとなった。また、ロット卿の下に付いていた騎士達も侵略者との戦いに力を貸してくれるという。これでログレスの騎士の粗方がアーサーに忠誠を誓ったことになる。いよいよ戦の終わりが本格化し始めてきた。
 しかし、今のケイにはそれよりも気になることがある。
「やあ、お疲れさん」
「ん……ああ」
 王の間から出たところでルーカンに声をかけられ、生返事をする。それを不思議に思ったのか、ルーカンは眉を寄せた。
「どうした。まだモルゴース殿には他意があると感じるのかい?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど」
 確かにモルゴースがモルガンに似ていることは気がかりだったが、今はそれより気になる人間がいる。
 そこでケイの視界に興味の対象の姿が入った。やや焦ったようなルーカンの声も無視して近付く。
「よお」
 声をかけると興味の対象、アグラヴェインは弾かれたようにこちらを向いた。横目で少年が見ていた台を見る。そこには色とりどりの花が飾られた花瓶が置かれていた。
「花が好きなのか?」
 問いかけるも応えはない。アグラヴェインはこちらを睨んだまま黙っている。
「庭園にはもっと綺麗な花がたくさんあるぞ。明日にでも見に行ってみればいい」
 ケイにしては優しく声をかけているつもりだったが、アグラヴェインからの反応は全くない。睨んではいるが、そこからは感じるのは怒りなどではない。むしろ、うっとうしいという思いが込められている。慣れないことをしている上にそんな目つきで睨まれたことで、何だか少しムッとしてきた。背後にルーカン達が寄ってくるのにも気付かなかった。
「何だよ。何とか言えって」
 多少の苛立ちを含めて再度話しかけようとするもアグラヴェインの態度は変わらない。ついにはその場から駆け出そうとしたが、その拍子に花瓶を置いていた台に身体がぶつかってしまった。振動でよろけた花瓶が、アグラヴェインの頭上に向けて傾く。
「おい!」
 ケイの叫び声が上がった直後、ガシャンという花瓶の割れる音が大きく響いた。破片が飛び散り、床に広がる。
 アグラヴェインに怪我はなかった。落ちる、と思った瞬間、ケイが咄嗟に少年の手を取って自分の元に引き寄せたのだ。
 床の破片と少年を交互に見やり、ケイはほっと安堵の息を吐く。
「ったく、気を付けろよ。危ねぇじゃねぇか」
 安堵といつもの癖でつい説教口になってしまう。アグラヴェインはやはり応えず、顔を伏せたまま動かない。
 怖がっているのかと思ったルーカンがすかさずフォローに出る。
「そんな言い方するなよ、ケイ。大丈夫かい? 怪我は……」
 言い終わる前に、アグラヴェインはケイの手を振り払った。
「触るな……」
「は?」
 つぶやくような少年の初めての言葉に、ケイは思わず間の抜けた声を出してしまう。
 聞こえなかったわけではない。言わんとしていることが理解出来なかったのだ。
 アグラヴェインは顔を上げ、ケイを睨みつける。そこには確かな嫌悪と怒りがあった。そしてそれを吐き出すかのように叫ぶ。
「汚い手でオレに触るな!」
「なっ……!」
 あまりのことにケイは絶句してしまう。嫌われるのには慣れていたが、そんなことは言われたことがなかった。ケイからは見えないが、後ろのルーカンとベディヴィアも驚いた表情をしている。
 自分の手は見た限り別に汚れてはいない。ならば何故『汚い手』呼ばわりされなければならないのか。この少年の考えている事が全くわからない。仮にわかるとすればこちらにすごい嫌悪感を抱いているということだけである。興味を持って珍しく自分から接してみたことが、とんだ災難になってしまった。
「アグラヴェイン!」
 きりっとした声がこちらに向けて響く。兄のガウェインが騒ぎを知って駆け寄ってきたのだ。
「また何かやらかしたのか。何故お前はいつもそうなんだ!」
 有無も言わさず怒鳴るガウェインを、アグラヴェインはただ黙って睨んでいる。その目を見てケイは少しぞっとした。
 そこに先程の怒りや嫌悪を超える『憎しみ』を感じたからである。とても弟が兄を見る目つきではない。まるで親の仇を見ているかのようだ。
 一体何がこの少年にそんな目をさせているのだろうか。
 アグラヴェインはその目つきのまま今度こそ駆け出す。ガウェインが引き止めようとしたが聞かず、そのまま角の向こうへ消えてしまった。
「申し訳ない。弟が迷惑をかけてしまって」
 ひとつ溜息を吐いたガウェインがケイ達の方を向いて謝罪してくる。
「ああいや、これは単なる事故だから大丈夫だよ」
 ルーカンの説明にガウェインも事の詳細を理解し、素直に頷く。割れた花瓶の片づけを使用人に頼むと、四人はそこから少し離れた場所へ移動した。
「改めて名を申し上げる。私は亡き騎士ロットの長子ガウェイン。これからは共にアーサー王に仕える者同士としてよろしく頼む」
 礼儀正しく一礼するガウェインの姿にケイは思い出す。そういえば、王の間では彼らと話が出来なかったので、お互いまだ自己紹介をしていなかったのだ。
「これはご丁寧に。私はルーカンという。後ろにいるのは弟のベディヴィアだ」
 兄に紹介され、ベディヴィアは頭を下げる。続いてルーカンはケイを指した。
「で、こっちの目つきの悪いのが……」
「人を変に紹介するな。……ケイ、です」
 名を名乗り、同様に頭を下げる。しかし、その態度は随分とぎこちない。
 何故なら、ケイは初めて見た時から彼に対してやや苦手意識があったのである。熱い性格の人間とは、今まで一度も気が合ったことがない。無理に交流を持とうとしても最後には自分が相手を怒らせるか、呆れて去るかのどちらかで終わる。出来れば人生の中で極力関わりたくない存在だった。
「ケイ……卿というと、陛下の兄君の?」
「ええ、まあ、義理ですけど」
 苦笑いを浮かべて返事をしながら、心の中で舌打ちをする。自分に食い付いてくるのは予想外だった。しかも理由が理由だ。
「そうか、やはり! 前からお会いしたいと思っていたのだ」
 こちらの気持ちを余所にガウェインは、嬉しそうに顔を綻ばせる。それが非常に恨めしい。この手の性格で特に嫌なのは、相手も自分と同じ気持ちでいると思い込んでいるところだ。こちらが好いていれば相手も好いてくれている、と。
 そういうのを見るとつい楯突いてしまいたくなる自分の性格も気が合わない理由のひとつだった。
「私をご存じだったとは、噂でもお聞きになられましたか。さぞかしろくでもない話ばかりでしたでしょう」
「あ……いや……」
 案の定、ガウェインはケイの変化に戸惑ってしまう。普段ならこれで相手の方から引いてくれるのだが。
「ガウェイン殿、気にしないでくれ。彼はいつもこうなんだ。気に入らないことがあるとすぐ拗ねてしまって。全く困ったものだなあ」
 そうだった。今は自分と彼だけでないのをすっかり忘れていた。
 二人の間に入ったのはルーカンだった。気まずい雰囲気をかき消そうとするかのように戯ける。彼がいる時はこういう余計なことをされるのだ。
 ケイの気分は一気に不機嫌になった。
「誰が拗ねてるだ! 勝手なこと言うんじゃねぇよ!」
 叫んでしまってから、ケイはハッとする。差し支えなくこの会話を切り抜けようとしたのに、つい興奮して素が出てしまった。
 恐る恐るガウェインに視線を移す。彼は呆然とした表情でこちらを見ていた。どうすべきか、焦りながら考えあぐねていると……。
「ははは! ケイ卿はそのような方だったのか。安心したよ。これで俺も猫をかぶらないで済む」
 突然豪快に笑い始めたガウェインに、今度はケイが呆然としてしまった。どこか固く感じられた先程の態度とはかなり違う。一人称も変わった。
 彼もまた自分をよく見せようとしたということか。理由は同じではないだろうけど。
「何だ。どうやら我々は全員でかしこまってしまったようだな。けど、これでちゃんと紹介をし合えた。ケイがいいきっかけを作ってくれて良かったよ」
 にこやかに笑って、ルーカンがケイの肩を叩く。
 お前とベディヴィアは明らかに素のままだったろうが、しかもそのきっかけを作る原因になったのはお前だ、とケイは声には出さず、心の中で毒づく。右手の握り拳に自然と力が入る。
「ああ。まあ、改めてこれからよろしくな!」
 言葉と共にガウェインはケイの背中を思い切り叩いた。あまりの強さにむせたケイは咳き込んでしまう。
 本当にどいつもこいつも自分の気持ちを考えもしない。内二名はわかっていてやっている者もいるが。
 だが、素を出したガウェインには先程より苦手意識を感じなくなった。意外と気さくなようで、これならこの先共にアーサーに仕えるとしても大丈夫だろうと思えてくる。
 何はともあれ、気まずい雰囲気が明るいものになったのでまあいいかと納得した。
「あと、アグラヴェインの事は本当にすまなかった。事故といっていたが、あいつにも原因があったのだろう」
「いや、本当に単なる事故だったんだよ。弟君を責めないであげてくれ」
 ガウェインとルーカンのやり取りで、ケイはアグラヴェインの事を思い返した。荒んだ表情、人が近付けば睨みつけ、触れると穢れたもののように扱う。そして、兄を見る憎悪の眼差し。何があの少年をそうさせたのか、非常に気になる。
「あいつって、いつもあんな感じなのか」
「まあ、な。昔から何かと問題を起こすんだ。俺達も参ってしまうよ」
 困っているといった表情からは、弟の眼差しに宿る憎悪に気付いているようには見えなかった。それは幸運だろうか、それとも不幸なことだろうか。こちらでは何ともいえない。
 しかし、さぞかし厄介事ばかり引き起こしているというのは、容易に想像出来る。そう思っていたら、それが自然と口に出てしまった。
「……確かにいい性格とはいえねぇな」
 言ってしまってからやばい、と思った。こんなことを言った後の相手の反応がわかっていたからである。
 だが、ガウェインの返答は、こちらの予想していたものとは違っていた。
「全くだ。ケイ卿が羨ましいよ。義理とはいえ、あんな素晴らしい弟君がいるんだからな」
 苦笑しながらそう言った彼を見て、ケイは自分の感情が冷めていくのを痛烈に感じた。苦手意識が蘇ったわけではない。まして嫌悪感を抱いたのでもなかった。
 ただ、心そのものが急激に冷めてしまったのだ。
 そこで他の騎士がガウェインを呼びに来たので、会話は終わりを告げた。それでは、と手を上げて去っていく姿はとてもさっぱりしているのに、ケイにはその光景が寒々しくさえ思えてしまった。
「どうした、ケイ」
「別に」
 ルーカンが呼びかけてくるのにも短く返すだけで、自分もまたその場から離れようと思った。それは、何かを振り切りたい気持ちに似ている。
 すると、彼は自分の背中に再び言葉を投げかけてきた。静かに、淡々と。
「ガウェインに悪気はないよ」
 ケイは足を止める。ルーカンは、自分の感情の変化をやはり察知していた。恐らくベディヴィアもだろう。そして、その理由も理解していた。
 確かに彼の言う通りだろう。ガウェインはアーサーによく似た性格だ。真っ直ぐで裏表がない。
 そんなことはわかっている。わかっているが。
「……だからって、あれはいただけねぇぜ」
 どんな兄でも弟をなじってしまうことはある。だが、周囲に弟がなじられれば、ついかばってしまうのもまた兄なのだ。
 だから、なじる周囲に賛同する兄などロク奴じゃない。そんな持論がケイの中にはあった。たとえ、ガウェインに次弟を嫌悪する気持ちがなくても、その言葉だけは許すことは出来ない。身勝手でもそれが事実である。
 ルーカンもこちらの言わんとしていることがわかっているのか、それ以上は何も言ってこなかった。そのままケイはその場を去る。
 アグラヴェインの心の荒みの原因が少しだけわかった気がした。

 <8>へ

 web拍手
 ↑よろしければ、押していただけると幸いです。

スポンサーサイト
[ 2006/09/23 23:16 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

春菜

Author:春菜
ニコジョッキーブログはこちら

2006年5月16日開設

ぬるいゲーマーです。

管理室

FC2カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。