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Sir Kay~Brother Of King~第二章<5>




   第二章「変わりゆくもの」<5>



 逃げるように屋敷を出たケイは、庭園とは反対の湖へとやって来た。特にそこへ行こうと思ったわけではない。とにかく人のいるところから離れたいと考えていたら、ここに来ていたのだ。
 湖は、この世界で海と並ぶ神聖な場所の一つである。海は国と国を繋ぐ。そして、湖は『別世界への入り口』だと伝えられている。湖の場合は伝承のみで、現実に別世界へ行けた者がいるとは聞いたことはないが。それでも人々、特に古きものを敬い信仰するログレスの人間はこれを大事にし、不必要に近付くことは良しとされていない。
 しかし、ケイにはそんなこと関係なかった。それどころか来て後悔したぐらいだ。
 何故なら、ケイにとって湖は、忘れていたい思い出を甦らせる場所だからである。ドラゴンと対峙した時にも死を感じた走馬灯の中で思い出していた、初恋の少女に縁ある場所なのだ。
 あの時思い出したのは少しだけだったが、今はこの景色も相まって、頭の中でより鮮明に浮かび上がってくる。少女の笑顔も、涙も、そして怒りに満ちた表情も。
 今から四年前、十三歳の時だ。ケイは一人の少女への初恋を体験した。
 名前はブランゲーネ。ケイより一つ年下で、金髪の巻き毛が似合う、とても美しい少女だった。
 父親同士の交流が元で知り合ったその瞬間から、ケイは恋に落ちていた。今では考えられないことだが、正に一目惚れだったのだ。
 容姿端麗、しかも器量好しのブランゲーネは、他の騎士見習い達からも大人気だった。毎日必ず誰かが彼女に愛を告白し、必ず誰かが玉砕していると噂があったほどだ。
 そんな競争率が高い中、ケイは父が馬術槍試合に参加した際、父親と共に来ていた彼女に想いを伝えた。
 心臓ははち切れんばかりに脈打ち、顔は火が出ているのではないかと思うくらいに熱かったのを今でも覚えている。あの頃の自分はまだ純真な心を持ち合わせていた。
 だから、彼女の返事に予想以上に衝撃が大きかったのだろう。
「私はあなたの弟が好きなの」
 ブランゲーネは、はにかんだ笑顔でそう言った。振られたことよりも彼女が想いを寄せているのがアーサーだということの方がケイにはショックだった。これが元で、以降自分の性格はどんどん歪んでいくこととなったのだ。
 あの時思い出したのはここまでだった。しかし、今はこの先のもっと思い出したくない記憶までが浮上してきていたのである。ここまででも十分自分にとって苦い記憶だが、この先の事を思えば、まだ生ぬるかったかもしれない。それほどに嫌な記憶なのだ。
 人生で最初の失恋を経験したケイは弟への敗北感から、その後、幼少からの卑屈な性格が更に輪を掛けて酷くなった。元から少なかった友人がどんどん減っていき、最終的に自分の傍にはルーカンとベディヴィア、そしてアーサーだけが残った。
 そんな状態になった自分の元に、彼女が再びやって来たのだ。驚いたのはいうまでもない。しかも彼女はもっと驚くべきことを言ってきたのである。
「私、やっぱりあなたと一緒にいたいの」
 最初は耳を疑った。その言葉は、つまり、一度は拒絶した自分の想いを彼女が受け入れてくれたということだからだ。
 今だったら、それを不審の念を抱いただろう。しかし、あの頃の自分はまだ純真だったのだ。彼女からの告白に舞い上がり、何のためらいもなく、あっさり承諾してしまったのである。
 それから二人は密かに逢瀬を重ね続けた。会う場所は決まって、今自分が佇んでいるような湖の畔でだった。
 ログレスの人間は、湖を神聖な場所としているためあまり近付かないが、その頃のケイにとっては尤も好んでいた場所だった。滅多なことでは人が来ることはなく、一人になりたい時はよく来ていたのである。
 そこを逢瀬の場所にしたのは正解だった。誰に邪魔されることなく、二人きりの時間を堪能出来る。本当に幸せなひと時だった。それが偽りの幸せであると気付いていなかったから……。
 ブランゲーネとの逢瀬を始めてから一ヶ月後。いつもの場所へと行こうとしたケイをルーカンが呼び止めてきた。
「君、ブランゲーネ殿とお付き合いしているんだって?」
 驚きを隠せなかった。何故ルーカンが知っているのだ。逢瀬の場所は人の近付かない湖で、ちゃんとばれないようにいつも心掛けていたはずだったのに。
「皆、知っているよ。何せ、彼女本人が情報源なんだから」
 思いがけない答えに、驚きはより大きくなった。そして同時に謎が深まる。何故彼女がそんなことを周囲に言って回ったのだろう。そもそも、皆には内緒にしようと言い出したのは彼女からだったのだ。それなのに、何故……。
 困惑する自分の様子から、何も知らなかったことを覚ったルーカンは、更に信じがたい事実を教えてきた。
「じゃあ、彼女がアーサーに想いを拒絶されたことも知らないのかい?」
 一瞬、目の前が真っ暗になった。何を言われたのか理解出来ないでいる自分に、ルーカンはひとつずつ丁寧に説明していく。
 簡略化すると、こうだ。ブランゲーネはアーサーに自らの想いを伝えたが、アーサーからは受け入れてもらえず、それから少しして兄のケイと逢瀬を重ねていると周囲に言い出したらしい。その話に時期を当てはめると、アーサーに想いを伝えたのは、ケイの告白から数日後。そして、ケイに「一緒にいたい」と言った前日だったのだ。
 そんなはずはない、とケイは思った。否、そう思うとしたのが正解か。しかし、一度膨らんだ疑惑は簡単には消えてくれない。
 彼女は、自分を利用したのではないか。アーサーに拒絶された腹いせに、兄である自分と逢瀬を重ねていただけなのではないか。
 違う、彼女はそんな子じゃない。
 そんな純粋な想いを完全に信じられることは、ケイにはもう出来そうもなかった。
 その後、湖で待っていた彼女にすぐ問いつめた。今思えば、あのまま知らないふりをする選択もあったかもしれない。だが、自分に嘘をついてまで彼女といられる覚悟もそんな気もなかった。
 ケイが真実を知っていることを知ったブランゲーネは驚き、そして涙ながらに語りだした。以前、ケイが告白した時に言ったように、アーサーに想いを寄せていたこと。その想いを打ち明けたこと。アーサーに拒絶され、とても悲しんだこと。それをきっかけにケイの気持ちに応える決心をしたこと。皆に話したのは、ケイといることで幸せを感じ始めた心の内を誰かに聞いて欲しかったからだということを。
 彼女は更に言った。最初は確かに寂しさからだったのかもしれない。でも、あなたと一緒にいることが楽しいのは本当で、今は確かにあなたを想っている。決してあなたを利用した訳じゃない、信じて欲しい、と。
 太陽によってキラキラと光る涙を流し、悲痛な表情で懸命に気持ちを伝えるその姿は、恐らく他の者なら愛おしいと思ったに違いない。
 しかし、ケイはその全てに違和感を感じた。先程の驚きも、今の悲しみの表情も。涙を流しながら訥々語られた言葉も、あらかじめ用意してあったようにしか見えなかったのだ。
 否、見えないのではない。ケイは気付いてしまった。彼女のそれら全てが演技でしかないことに。
 やはり、自分は最初から利用されていただけだった。アーサーに想いを拒絶された腹いせを、ちょうど良く告白してくれていた兄の自分と逢瀬を重ねることで晴らしていたのだ。皆に話した理由も嘘だろう。もしかしたら、自分とのことをアーサーの耳に入れることで、嫉妬でもさせようと考えていたのかもしれない。
 彼女は、何の感情もなく涙を流し、そして平気で嘘を語るような人間だったのだ。
 事実を目の当たりにして、残っていたわずかな希望や彼女への恋情が一気に冷めていくのがわかった。自分が見ていたのは、彼女の表面だけ。その美しい仮面の裏に隠されていた素顔に全く気付きもしなかった。何て情けなくて、恥さらしなことだろうか。
 こちらの心境の変化に全く気付いていないブランゲーネは、どんどん嘘を重ね続けている。ケイはそれを半分聞き流しながら、この時間が早く終わることだけを願った。
 終わればもう彼女と会うことはない。自分から別れを告げて、この虚しい恋もさっさと捨ててしまおう。そんなことを無表情で考える。
 しかし、彼女の次の言葉にケイの表情は一瞬にして変わった。
「私、今ではアーサーに拒絶されて良かったと思っているの。あなたの言っていた通り、アーサーなんて少し優しいだけで他には何の魅力もなかったわ」
 皆、彼に騙されているのね、とブランゲーネは無邪気に笑う。確かに彼女の言うとおり、ケイは普段周囲にアーサーの悪口ばかり話していた。当たり前のように何度も口にしたことがある。彼女はそれに同調しただけにすぎない。
 ただ、それだけの筈なのに……何故かその言葉を彼女の口から聞いた瞬間、ケイの心には熱い炎が芽生え、気付いたら、手を、彼女の頬に向かって振り上げていた。
 パシン、という音が静かな湖に響く。
 手がジンジンと痛み出してくる。緩やかに、じわじわと。
 痛みが強くなった時点で、ケイはようやく自覚した。自分が彼女の頬を叩いてしまったことに。
 何故こんなことをしたのか。ケイ自身、わからなかった。婦女子に手をあげてはならないという騎士の心得を幼少の頃から学んできた。そして、その教えを常に胸に刻んでいた。騎士としての才能がない分、せめて教えは誰よりも守っていこうと固く心に留めていたというのに。なのに、あの炎を感じた瞬間、何も考えられなくなってしまった。
 ああ、そうだ、と頭の冷静な部分が理解する。あの炎は『怒り』だったのだ。利用されていたと知った時ですら、湧き上がることのなかった、『怒り』という名の炎。何故怒りが湧いたのかまではわからなかったが。
 叩いた手を凝視して、次に彼女に視線を移すと、目を見開いて赤くなっている頬を抑えているのが目に映った。
 お互い口を開くことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くす。側の木に止まっている鳥たちのさえずりが、やけに騒々しく耳に入ってくる。
 と、突然ブランゲーネがその美しい顔を恐ろしい形相へと変貌させたではないか。瞼はひきしまり、鼻孔は広がり、口は水平に広がって歯を見せ、唇は押され、顎が食いしばる。
 ケイは驚きの声も出なかった。驚くことさえ忘れていた。彼女のこんな表情は見たことがない。あるとも思っていなかった。
「この私の顔を叩くなんて……。お父様にもされたことないのに! あなたなんかに私の貴重な時間を割いてあげてたのよ。綺麗なドレスも宝石も甘いお菓子もない、こんな退屈なだけの場所でも我慢して、感謝されても足りないくらいだわ。アーサーの代わりなんかにならないって最初からわかっていたけどやっぱりね。比べものにならないわ。あなたに弟より優れているものなんて何もない。皆に馬鹿にされて当然よ。同じ空気を吸っているだけで最悪だわ!」
 激しい勢いで、ブランゲーネは次々とケイを罵る。罵声という罵声を浴びさせていく。
 その姿に、ケイはただ思った。何て醜いのか。
 人間は、元来醜い生き物だという。それでもここまで醜くなれるのだろうか。ましてや、彼女はこんなにも美しいのに。
 否、美しいからこそ醜さがより反映するのかもしれない。特に彼女のような『女』は。生まれた時から両親に溺愛されて育ち、成長すれば周囲の男達にちやほやされる。そんなことをされ続ければ、本人も自然と自覚するだろう。「私は美しいのだ」と。
 だとしたら、外見が美しい女ほど心が醜いものなのかもしれない。
 彼女が正にそうではないか。美しかったはずの顔を歪ませている姿は、見るも無惨だ。
 もう何もかもたくさんである。今すぐこの場から走り去って、二度とその顔を見ないようにしたい。
 だが、こちらが動く必要はなく、彼女の方から終止符を打った。
「お父様に言いつけてやるわ。あなたの騎士としての道を全部壊してやる!」
 その言葉の通り、湖から去った後ブランゲーネは自分の父に今回のことを報告した。全面的にケイが悪いという説明の仕方で。
 愛娘が湖に無理矢理連れていかれた上に理不尽に叩かれたと、その愛娘本人から聞かされた父親は案の定、烈火の如く怒り、ケイ一家の屋敷へ怒鳴り込んできた。
 騎士を志す身でありながら、婦女子に手をあげるなど言語道断。連綿と受け継がれてきた血脈を汚す行為である。貴殿の息子には騎士になる資格はない。
 もっともな事を捲し立てているが、単に娘が評判の良くない少年に叩かれたことが許せないだけだというのは、見え見えだった。しかし、言っていることは外れていない。たとえどんな理由があるにしても婦女子に手をあげることは、騎士の世界では御法度なのだ。それは十分にわかっている。
 だが、エクターの隣でブランゲーネの父の怒声を上の空で聞いているケイは、それが納得出来なくなっていた。
 確かに騎士の心得では、婦女子に手をあげてはいけないことになっているが、それが何故なのかまでは教えられなかった。そもそも理由などない。それが当然だからである。
 だとしたら、どんなに心根の腐った者だとしても、婦女子であったら許されるのだろうか。こちらが受けた痛みなどわかろうとせず、次もまた同じ事を繰り返していくのか、それさえも許容されるというのか。何とも理不尽な話だ。そう考えると、騎士の心得そのものがとても馬鹿馬鹿しく思えてくる。
 ちらりと隣の様子を窺う。エクターは普段の厳かな表情を全く崩さず、時折ブランゲーネの父に謝罪の言葉を申し立てる以外は、黙って彼からの罵声に耳を傾けている。
 そんな父の姿にもケイは苛立っていた。詫びているということは、父も自分が全て悪いのだと思っているということではないか。自分の息子は、何の理由もなしに婦女子を殴るような輩だと。
 不出来な息子である自覚は、子供の頃からあった。父からもそう思われているだろうとも。しかし、騎士としての心得はこれまで固く守ってきたつもりだ。それが父には伝わらなかったのだろうか。ケイにとっては、そちらの方が落ち込むことだった。
 散々罵声怒声を述べたブランゲーネの父は、最後にケイ本人からの謝罪の言葉を求めてきた。ケイはそれを拒否する。自分のしたことは騎士として間違っていただろう。けれど、無意識とはいえ彼女を叩いたことに後悔はない。ここで謝罪しなければ騎士の道を閉ざされるのなら、それでも構わない。
 自尊心を守ろうとしていたわけではなく、どうせ父も自分を信じていないのだという想いによって些か投げやりになっていただけだが。
 当然ブランゲーネの父は激怒した。そして、エクターに無理矢理頭を押さえつけてでも謝らせろ、と請求してくる。
 もう溜息を吐きたい気分だ。父は要求に応えるかもしれない。それにまで抵抗するのも何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。いっそのことそれで謝ってしまおうか。一応、自分から謝ったことにはならないし、この下らないやり取りも終わらせることが出来る。それもいいかもしれない。
 しかし、事態は思わぬ方向へと動いた。
 エクターが要求を拒否したのだ。
 これにはブランゲーネの父だけでなく、ケイも驚きだった。父は自分を信じていないと思っていたから。
「息子のしたことは確かに騎士としては許されぬことだ。だが、謝罪を述べるのを拒否するのは、息子にも考えがあってのことだ。私はその意志だけは尊重したいと思っている。したがって、貴殿の要求をのむことは出来ない。代りに父である私が何度でも詫びる。それで納得してはくれぬか」
 その毅然とした態度に、果たしてどちらが有利な立場なのか、ブランゲーネの父はわからなくなってしまったようだ。先程までの怒りはどこへやら、後はしどろもどろになるだけで足早に屋敷を去っていった。
 姿が見えなくなるまで頭を下げ続ける父を、ケイは複雑な表情で見つめた。
 父は、自分が婦女子を理由もなく叩いたのではないと信じていたのだろうか。ならば何故、ブランゲーネの父に詫び続けたのだ。信じていてくれたのなら、最初から詫びることなどないではないか。父の考えていることが全くわからない。
 ようやく姿が見えなくなると、エクターは屋敷に中へと戻ってきた。二人だけになってもエクターは何も聞いてこない。だから、ケイの方から尋ねた。
 何故、彼に謝罪し続けたのか、と。
「ケイ。何故、婦女子に手を挙げてはならないのか、わかるか」
 疑問を疑問で返された。それは自分も考えたが、答えはまだ出ていなかったので首を横に振る。
「婦女子にさえ手を挙げる者は、何事も力で解決するようになるからだ。言葉で説得することを忘れ、殴り痛めつけ、相手を服従させることしか考えない。そのような人間になってしまうからだ」
 父の静かな、それでいて揺るぎない意志を感じる声だけが響く。その言葉のひとつひとつに、荒れていたケイの心は水を流されたように潤される。
「それゆえ、たとえどのような理由があろうとも婦女子には手を挙げてはならない。言葉で相手を説き伏せることを覚えるのだ。ケイよ、全てを力で解決するような人間にだけはなるな」
 ああ、とケイは全てを理解した。父は、息子が不条理なことをしでかさないと最初から信じていたのだ。そして、騎士の子としての罪からも目を背けることなく、受け入れていた。だから、ブランゲーネの父に謝罪し続けたのである。
 先程までの苛立ちが、嘘のように消えていたことに気付いた。父は、決して心の奥底に入ることはせずに息子の心を救ったのだ。
 やはり、この人には敵わない。足下にさえ及ばない。
 こんな騎士の鑑としての人の息子が自分であることが、とても申し訳なかった。だが、それと同時にこの人の息子で良かったと思う。この人の血を半分受け継いでいることが、今何よりも嬉しかった。
 ケイは頭を下げて、はい、と一言だけ応える。それだけでこちらの意を汲み取ったのか。父はただただ微笑みかけてくれたのだった。



 父のおかげで、かろうじて騎士の道から踏み外さずに済んだ。
 ブランゲーネとも結局、あれ以来会っていない。父親が屋敷へ来たすぐ後に遠くへ引っ越してしまったのだ。以前から決まっていたのか、それとも事件が原因だったのかは定かではないが、とりあえずこの問題はそこで片が付いた。
 しかし、噂というのは実に広まるのが早い。この出来事は、すぐに周囲の知るところとなり、元々悪かったケイの評判はますます下がっていった。卑屈で実力もないのに尊大な上に、何の罪もない美しいブランゲーネを殴りつけた不届き者。彼女の真実を知らない者達から、口々に罵られた。
 ルーカンとベディヴィアは、何も聞かずとも感づいたようだった。おかげで先程のようにからかわれることとなったが。アーサーは、自分が事件のきっかけになったことなど露知らず、優しく兄を気遣うばかりだった。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、あまりにも甲斐甲斐しいその態度に辟易して、いつもの皮肉さえ出ずじまいであった。
 そして、この事件がきっかけでケイは女、特に美女と呼ばれる部類にすごい苦手意識を持つようになった。美女を見ると、どうしてもあの時の彼女のように心はひどく醜いのではないかと考えてしまうのだ。
 それは、グィネヴィアに対しても同じだ。彼女はブランゲーネよりも遙かに美しい。否、彼女ほど美しいといえる存在は見たことがないだろう。だから、余計に彼女へ苦手意識を持ってしまう。もしかしたら、知らない内に態度に出ている可能性もある。わざわざルーカン達が昔の事を引き出してきたのは、単にからかうためではなく、忠告の意味もあったのだろう。
 これからのことを考えて、ケイは大きく溜息を吐く。水面を覗きこむと、いつもより眉間の皺が寄っている顔が映される。それを見てもうひとつ溜息をついた。
 アーサーとグィネヴィアの関係がこのままうまくいけば、彼女とはこの先長い付き合いになるだろう。そうなった時、自分はまた何かが原因でカッとなってしまうかもしれない。短気な方ではないと自分では思っている、相手にもよるけれど。だが、人間というものはいつどこで感情が爆発するかわからない生き物である。今度は、グィネヴィアに対して同じ事件を引き起こしてしまう可能性がないとは言い切れないのだ。
 そこで、ふと、ある疑問がケイの頭をかすめた。
(そういや、何であの時カッとなったんだっけ……?)
 突然、心に怒りの炎が燃え上がったのは覚えている。しかし、それは何故だったんだろうか。
 平気で嘘をつき、簡単に涙を流すブランゲーネの姿を見てもそんなもの全く沸いてこなかった。むしろ冷えていったぐらいだ。では、それ以外の事が原因か。あの時、彼女は他に何と言っただろう。確か、アーサーには何の魅力がないと……。
 ほとんど無意識に頭を横に激しく振る。出ようとした結論をすぐさま否定した。そんなわけがない。それではまるでアーサーの悪口を言われたのに腹を立てたみたいではないか。そんなこと、自分がするはずがない。
 もっと他に理由があるはずだ、と瞳を伏せ、頭を抱えて考え込む。そうすればするほど水面に映る顔の眉間の皺がより一層深くなっていったが、本人には見えるわけがなかった。
 すると……。
「そんなに近付けたら、落っこちちゃうわよ」
 耳元で囁かれ、驚いたケイはビクリと肩を震わせると同時に目を開いた。何と、水面の自分の背後に見知らぬ美女の顔が映っているではないか。
 バッと勢いよく振り返ると、水面と同じ顔の女が立っていた。ウェーブのかかった長く黒い髪に、これまた黒いドレスを身に纏っている姿は、どこか他とは違う雰囲気を感じさせている。
「やだ。そんな顔することないじゃない」
 驚いているケイを見て、女は無邪気に笑う。まるで童女のようだ。ケイより二、三は上に見えるのだが、その醸し出している雰囲気のせいで断定出来ない。
 普通の人間ではない、と本能的に覚る。否、人間かどうかさえ怪しいが。
「誰だよ、あんた」
 気持ちを落ち着けて冷静に質問する。妙な緊張で背中が汗でベットリしているのを感じた。
「湖は別の世界へ誘う場所よ。どこかへ行きたかったの? ここではないどこかへ」
 隣に並んできた女は、こちらの質問を無視して全く脈路のない話題を振ってくる。随分と自分本位な女だと少し苛ついた。
「いや、だから、人の質問に」
「私だったら、口うるさい人がいない世界に行きたいわ。お説教は大嫌いなんですもの」
「おい!」
 自分勝手に喋り続ける態度に、思わず声を荒げてしまう。女は笑いながらこちらを向いた。その表情からわざとであることは明白だ。
 更に文句を言おうとしたその時、女がとった行動に驚愕する。
 何と、湖の水面に足を突っ込んだのだ。
 沈む、と咄嗟に思って手を伸ばすが、女はヒラリと身を翻して避けた。
 次の瞬間、ケイはより驚かされることとなる。
 女は水の上に浮かんでいた。そのままどんどん歩いていくという信じがたい光景に口を半開きにして呆然としてしまう。
 水の上に浮かんだまま、ようやく足を止めた女は、まるで踊っているかのように優雅に振り返る。そして、両手を広げて高々と天を仰いだ。
 水が彼女を中心に円を描いていく。それは徐々に大きな渦巻きに変化し、激しい音と共にいくつもの水柱が立った。
 もう言葉さえ出てこない。
「これでわかるでしょ」
 水柱は消えたものの、空中に浮かんだままの女はまた無邪気に笑う。その姿にケイはひとつの結論に達した。
 外見から判断して彼女は人間だろう。そして、肌を刺すようなこの感覚。
 膨大な魔力の波。
 だとしたら、彼女の正体はわかりきったようなものだ。
 古来より、この世界で伝わる伝承のひとつ。
 人の身で、人を超えた者。

「あんた……『魔女』か……?」
 ケイは口の中がカラカラになりながらも、己の結論を言葉にする。
 女はそれを聞いて笑みに艶やかさを加えた。

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[ 2006/09/09 23:09 ] オリジナル小説連載 | TB(0) | CM(0)
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Author:春菜
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2006年5月16日開設

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