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景時さん謎シリーズ・父梶原景清編

紀子様が男の子をご出産されたそうですね。めでたいことです。いつの世でも新しい生命の誕生は希望に満ち溢れていますね。健やかなる成長を心からお祈りしています。
さて、今回は親子繋がり(?)ということで景時さんのお父さんの梶原景清さんについて考えてみました。



景時さんのお父さんの景清さんは、史実によると梶原党三代目党首だったようです。ちなみに景時さんは四代目。これは遙かでもそうなのかな。
景時さんがお父さんのことを語るのは無印五章の福原前だけですのでどういう人となりだったのかまでは判別出来ませんが、景時さんとお父さんの仲が微妙であったことがよくわかります。景時さんを武士として大成しないと見限ったというお父さん。最初聞いた時は「随分ひどいお父さんだなあ」と感じたものですが、景時さんが家族を非常に大事にしていることとか六章鎌倉での親子三人の仲良しっぷりを見ると、実際のお父さんは違う感じの人だったのかもしれません。
景清さんは、景時さんとは正反対で無口な人だったんじゃないかなと思います。武士らしく無骨で、今の言葉でいえば『ガンコ親父』といったところでしょうか。もしかしたら少し頼朝さんに似ていたのかも。冷酷という意味ではなくて、自分の感情をあまり表に出さないという意味で。そんなお父さんだから景時さんも緊張してしまって本音が言えず、お互いどんどんすれ違っていってしまったのかもしれません。家族だからこそ言葉のコミュニケーションて大事といえますからね。家族を、梶原郎党を守ることを第一に考える、責任感に溢れた方だったという印象も予想しています。そんなお父さんを見て育ったから、景時さんも家族思いの人になった可能性があると思うからです。そして、景時さんが暗殺に手を染めてまで家族を守ろうとしたのは、景時さん自身が大事だと思っているだけでなく、それが武士としても陰陽師としても中途半端だった(と本人は思い込んでいる)自分が、亡き父に対して出来る唯一の親孝行だったからなのかもしれません。たとえ、やり方が間違っていたとしても。そもそも正しいとか間違っているとかにこだわっている場合ではないですもんね、景時さんの立場は。きっと草葉の陰から見守っているであろうお父さんがそんな息子の想いを理解してくれていると良いなあ、と思います。見限ったのも若干は景時さんの勘違いであるといい。景清さんは父親より党首としての立場を優先させなければならなかったでしょうから、その辺で誤解を生んでしまったとか。いつか父親になった景時さんが自然とそれがわかるようになればいいですね。もちろんお母さんは望美v
そういえば、遙か3では「父と子」という関係が他にもいくつかありますよね。将臣くんと清盛の疑似親子やヒノエくんと湛快さん。彼らのような良好な親子関係もあれば、泰衡さんと秀衡さんや、もっと言ってしまえば頼朝さんと義朝(頼朝さんと九郎さんのお父さん)のような微妙な間柄のものもあります。義朝さんは戦で逃げる最中、頼朝さんを見捨てたんでしたっけ。それが原因のひとつで頼朝さんは自分の中の源氏の血を憎むようになったとか。でも大団円ルートだと政子さんが「父を見捨てた京を憎んでいた」とか言っていたので、実際は父親のことも源氏の血もそんなに憎んでいるわけではないのかもしれません。そう考えると景時さんと似ている部分があるといえるでしょう。……何か最後は頼朝さん語りっぽくなっちゃった。
余談ですが、景時さんてお父さんのこと「親父」って呼ぶんですね。お母さんは「母上」だったので、多分本人の前では「父上」と呼んでいたとは思いますが。くだけた言い方が景時さんらしいですよね。結構この「親父」呼びに萌えましたv

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[ 2006/09/06 23:41 ] 遙かなる時空の中で | TB(0) | CM(0)
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Author:春菜
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2006年5月16日開設

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